第20話 やった、これで終わりだ。そう想ったぼくの予想に反して、顎人の暗い瞳がボクを見つめた。
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凄い顔をしてるな。
怒りでもなく。
憎しみでもなく。
嘲りでもなく。
悲しみでもなく。
その全ても内包した複雑な顔。
「⋯⋯やるな
「暁人どの!!」
ボクの背中から、血を絡めた刀の切っ先が飛び出した。
「残念だったな暁人くん。この程度の傷なら、
冷たい。
氷よりも冷たい刃が、グリグリとボクの胸を抉ってる。
顎人の手がボクの右手を捻り上げた。
ゴリッ
と、鈍い音がしてアーマードスーツの中で手首が砕けた。
「あがっ」
顎人がボクの手から落ちた
いい加減にしろよ、コノヤロウ。
ボクの手が、顎人の刃を掴んだ。
冷気と影が、蟻の大群のようにボクの腕を這い上がる。
「君には失望したよ暁人くん。君ならボクの望みを叶えてくれると想ってたんだけどな~」
お前の望みだと⋯⋯
そんなものボクが知るかぁぁぁぁぁ。
「アアアァァァァァァ」
「暁人どの!!」
琥珀⋯⋯
ボクは折れた右手を延ばした。
『アキトー』
河童小娘。
じゃなくて姫乃。
『暁人さまっ!!』
稟。
『桐生さん。がんばって』
ピンクちゃん。
『ローレンス・暁人。負けたら承知しないんだから』
アンジェリカ。
ごめん。
ボクは、もう駄目みたいだ⋯⋯
「暁人どの!!」
琥珀⋯⋯
なにを泣いてるの?
そんなに涙でグズグズになって、鼻水まで流して。
可愛い顔が台無しじゃないか。
「さあ、最後の時だ暁人くん」
ボクの琥珀を、ボクの琥珀を泣かせたなキサマ。
ボクの琥珀を、ボクの琥珀を⋯⋯
ボクの砕けた右手に触れるモノがあった。
「僕を失望させたんだ。君には、それなりの報いを受けてもらうぞ」
いまだに動く小指と親指が、それをがっしりと掴んだ瞬間。
ボクの四肢を灼熱が駆け巡った。
「おおおおおおおおおおおおお」
「なにっ!?」
炎よらも熱く燃え。
「アポートだと!!」
ボクの右腕までもが、太陽よりも眩しく耀き。
「ウォリャァァァァッ」
無明の闇を払う朝陽のように、燦然と光を発した織波瑠魂のハンマーが、顎人の刀を真っ二つに砕いた。
折れた顎人の刀が熱く燃えた。
「まさか!?」
刀身を覆う影は打ち払われ、ボクの四肢を駆け巡った熱波が顎人へと送り込まれた。
刹那。
柄を握る顎人の手が、タバコの吸い殻のようにボロリと崩れた。
「はははははは」
顎人が力無く笑い、その場に崩れ落ちた。
「最後の最後に、織波瑠魂に裏切られるとはな⋯⋯」
独り言を呟くように、柳生が言った。
「まさか君が、そこまで用心深いとは思わなかった」
「何を言ってる」
ボクは食いしばった歯の隙間から、声を絞り出した。
「心臓をよそに移して来ただろう。そうじゃなきゃ今頃、君は死んでいる」
心臓を、よそに移す?
へ!?
何を言ってるの、この人。
「トドメを刺さないのか?」
顎人に背中を向けながらボクは言った。
「ゴメンだね」
ボクは人を殺さない。
たとえ、それが、お前のような悪魔でもだ。
「琥珀」
琥珀さまを拘束するロープ引きちぎっ⋯⋯
って、切れやしない。
なにこれ?
なんで出来てんの。
結び目、結び目は――
なんだよ、この結び方。
解き方が分かんないぞ。
ボクは脇腹に突き刺さった織波瑠魂の刀を抜いて、ロープを切り払った。
「暁人どの。暁人どの、血が」
琥珀さまが、ボクの脇腹を押さえた。
血が止まらない。
ボクの胸には、顎人の折れた刀が突き刺さったままになってる。
いま抜けば出血死する。
抜くのは、家に戻ってからだ。
「行こう。みんなが待ってる」
ボクは脚を引きずるように歩き出した。
正直、立ってるのもキツい。
でも、いま座り込むと、立ち上がる力を失う。
それは高校時代に経験済みだ。
意地でも歩いて帰らなきゃ。
「暁人どの」
琥珀さまが肩を貸してくれた。
胸が。
琥珀さまの胸が、ボクの手に当たってる。
指先に触れる感触が、プルンとして気持ちいい。
アアアアア、いつまでも触れていたい。
もう良いや、触っちゃえ。
「ひゃん!!」
と、小さな悲鳴を上げた琥珀さまが、見上げるようにボクを見た。
でも、ヘルメットを被ってるボクの表情は見えない。
じ~っと、ボクを見つめた琥珀さまの手が、ボクの手を包み込み、自分の胸に押しつけた。
おおう。
やわ、やわ、柔らか~い。
あぁ~、なんだこれ凄いぞ。
力が漲って来る!!
「嬉しや」
え、なにが!?
「初めて呼び捨てにしてくれた」
そこ!?
いま、そこが大事なの!?
「暁人さま」
稟。
「桐生さん」
ピンクちゃん。
ボクと琥珀さまを確認した二人が、駆け寄って来た。
「速く帰りましょう。この星は、もう保ちません」
どーゆーこと!?
「コアが不安定なんです。このままだと十分と保たずに大爆発を起こします」
「大爆発だって?」
最後の最後に、なんて罠を仕掛けてんだ。
顎人め。
やっぱりトドメを刺すべきだったかな。
「行こう」
赤鬼さん達は先に退避したみたいだし。
「琥珀ちゃん」
「アンバー」
上樹先輩とコーラルさんは残ってたのね。
やっぱり家族だ。
自分のマントを琥珀さまに羽織らせながら、
「大変!!」
上樹先輩がボクの傷を見た。
「速く戻って、◎◑※‡º▷に傷口を塞いで貰わないと」
「ヤツは!?」
「暁人どのが倒したのじゃ」
コーラルさんの問いに、琥珀さまが代わりに答えた。
なんだか、ちょっと自慢気だ。
「君は⋯⋯、大したものね」
初めてコーラルさんが誉めてくれた。
死にかけてるけど、凄く嬉しい。
「さあ、転移するわよ」
ゲートが開き、光がボクを包み、琥珀さまの手が、ボクの身体をすり抜けて行った。
「暁人どのぉぉぉぉぉ」
琥珀さまの声が遠くから響き、ボクはロストバースに取り残された。
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