第20話 やった、これで終わりだ。そう想ったぼくの予想に反して、顎人の暗い瞳がボクを見つめた。


 ♠



 凄い顔をしてるな。

 怒りでもなく。

 憎しみでもなく。

 嘲りでもなく。

 悲しみでもなく。

 その全ても内包した複雑な顔。


「⋯⋯やるな暁人あきとくん」


 顎人あぎとの左手がボクの右手首を掴み、その刃が、ボクの胸を再び貫いた。

「暁人どの!!」

 琥珀こはく⋯⋯

 ボクの背中から、血を絡めた刀の切っ先が飛び出した。

「残念だったな暁人くん。この程度の傷なら、みどりに斬られて経験済みだ。まだ、しばらく動くことができるぞ」


 冷たい。


 氷よりも冷たい刃が、グリグリとボクの胸を抉ってる。

 顎人の手がボクの右手を捻り上げた。


 ゴリッ


 と、鈍い音がしてアーマードスーツの中で手首が砕けた。

「あがっ」

 顎人がボクの手から落ちた織波瑠魂オリハルコンの剣を蹴り上げ、左手に握り、右の脇腹を貫いた。

 いい加減にしろよ、コノヤロウ。

 ボクの手が、顎人の刃を掴んだ。

 冷気と影が、蟻の大群のようにボクの腕を這い上がる。

「君には失望したよ暁人くん。君ならボクの望みを叶えてくれると想ってたんだけどな~」



 お前の望みだと⋯⋯



 そんなものボクが知るかぁぁぁぁぁ。

「アアアァァァァァァ」

「暁人どの!!」


 琥珀⋯⋯


 ボクは折れた右手を延ばした。

『アキトー』

 河童小娘。

 じゃなくて姫乃。

『暁人さまっ!!』

 稟。

『桐生さん。がんばって』

 ピンクちゃん。

『ローレンス・暁人。負けたら承知しないんだから』

 アンジェリカ。

 ごめん。

 ボクは、もう駄目みたいだ⋯⋯

「暁人どの!!」


 琥珀⋯⋯


 なにを泣いてるの?

 そんなに涙でグズグズになって、鼻水まで流して。

 可愛い顔が台無しじゃないか。

「さあ、最後の時だ暁人くん」

 ボクの琥珀を、ボクの琥珀を泣かせたなキサマ。

 ボクの琥珀を、ボクの琥珀を⋯⋯

 ボクの砕けた右手に触れるモノがあった。

「僕を失望させたんだ。君には、それなりの報いを受けてもらうぞ」

 いまだに動く小指と親指が、それをがっしりと掴んだ瞬間。

 ボクの四肢を灼熱が駆け巡った。

「おおおおおおおおおおおおお」

「なにっ!?」

 炎よらも熱く燃え。

「アポートだと!!」

 ボクの右腕までもが、太陽よりも眩しく耀き。

「ウォリャァァァァッ」

 無明の闇を払う朝陽のように、燦然と光を発した織波瑠魂のハンマーが、顎人の刀を真っ二つに砕いた。

 折れた顎人の刀が熱く燃えた。

「まさか!?」

 刀身を覆う影は打ち払われ、ボクの四肢を駆け巡った熱波が顎人へと送り込まれた。


 刹那。


 柄を握る顎人の手が、タバコの吸い殻のようにボロリと崩れた。

「はははははは」

 顎人が力無く笑い、その場に崩れ落ちた。

「最後の最後に、織波瑠魂に裏切られるとはな⋯⋯」

 独り言を呟くように、柳生が言った。

「まさか君が、そこまで用心深いとは思わなかった」

「何を言ってる」

 ボクは食いしばった歯の隙間から、声を絞り出した。

「心臓をよそに移して来ただろう。そうじゃなきゃ今頃、君は死んでいる」


 心臓を、よそに移す?


 へ!?


 何を言ってるの、この人。


「トドメを刺さないのか?」

 顎人に背中を向けながらボクは言った。

「ゴメンだね」

 ボクは人を殺さない。

 たとえ、それが、お前のような悪魔でもだ。

「琥珀」

 琥珀さまを拘束するロープ引きちぎっ⋯⋯

 って、切れやしない。

 なにこれ?

 なんで出来てんの。

 結び目、結び目は――

 なんだよ、この結び方。

 解き方が分かんないぞ。

 ボクは脇腹に突き刺さった織波瑠魂の刀を抜いて、ロープを切り払った。

「暁人どの。暁人どの、血が」

 琥珀さまが、ボクの脇腹を押さえた。

 血が止まらない。

 ボクの胸には、顎人の折れた刀が突き刺さったままになってる。

 いま抜けば出血死する。

 抜くのは、家に戻ってからだ。


「行こう。みんなが待ってる」

 ボクは脚を引きずるように歩き出した。

 正直、立ってるのもキツい。

 でも、いま座り込むと、立ち上がる力を失う。

 それは高校時代に経験済みだ。

 意地でも歩いて帰らなきゃ。

「暁人どの」

 琥珀さまが肩を貸してくれた。

 胸が。

 琥珀さまの胸が、ボクの手に当たってる。

 指先に触れる感触が、プルンとして気持ちいい。

 アアアアア、いつまでも触れていたい。

 もう良いや、触っちゃえ。


「ひゃん!!」


 と、小さな悲鳴を上げた琥珀さまが、見上げるようにボクを見た。

 でも、ヘルメットを被ってるボクの表情は見えない。

 じ~っと、ボクを見つめた琥珀さまの手が、ボクの手を包み込み、自分の胸に押しつけた。

 おおう。


 やわ、やわ、柔らか~い。


 あぁ~、なんだこれ凄いぞ。

 力が漲って来る!!

「嬉しや」

 え、なにが!?

「初めて呼び捨てにしてくれた」

 そこ!?

 いま、そこが大事なの!?


「暁人さま」


 稟。


「桐生さん」


 ピンクちゃん。


 ボクと琥珀さまを確認した二人が、駆け寄って来た。

「速く帰りましょう。この星は、もう保ちません」

 どーゆーこと!?

「コアが不安定なんです。このままだと十分と保たずに大爆発を起こします」

「大爆発だって?」

 最後の最後に、なんて罠を仕掛けてんだ。

 顎人め。

 やっぱりトドメを刺すべきだったかな。

「行こう」

 赤鬼さん達は先に退避したみたいだし。

「琥珀ちゃん」

「アンバー」

 上樹先輩とコーラルさんは残ってたのね。

 やっぱり家族だ。

 自分のマントを琥珀さまに羽織らせながら、

「大変!!」

 上樹先輩がボクの傷を見た。

「速く戻って、◎◑※‡º▷に傷口を塞いで貰わないと」

「ヤツは!?」

「暁人どのが倒したのじゃ」

 コーラルさんの問いに、琥珀さまが代わりに答えた。

 なんだか、ちょっと自慢気だ。

「君は⋯⋯、大したものね」

 初めてコーラルさんが誉めてくれた。

 死にかけてるけど、凄く嬉しい。

「さあ、転移するわよ」

 ゲートが開き、光がボクを包み、琥珀さまの手が、ボクの身体をすり抜けて行った。

「暁人どのぉぉぉぉぉ」

 琥珀さまの声が遠くから響き、ボクはロストバースに取り残された。



 ♠



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