第21話 ロボット兵の残骸が散乱するマルチゲートのプラットフォームに一人残されたボクは、


 ♠



「なんだ、どーなってんだ⋯⋯」



 ボクは、その場に大の字に倒れた。

 倒れた拍子に、床に押された剣が、ズリュッと嫌な音を立ててボクの胸からスッポ抜けた。

 血が。

 大量の血が床を這い、ボクの背中を濡らすけど、もう胸を押さえる力も出ない。

 咳込んだ口から血の飛沫が飛び、ヘルメットのディスプレイが赤に染まる。


 あ~、こりゃ駄目かな。


桐生きりゅうさん」

 ピンクちゃんが慌てた様子で、ボクからヘルメットを脱がせた。

「待っててください、すぐに遺伝子マーカーを書き換えますから」

 そうか、また変異が起きたのか。

 それで遺伝子マーカーかエラーを起こしたの⋯⋯

「待って桐生さん。ダメよ。眠っちゃダメ。意識をしっかり保って」


 あぁ~、ここはなんだか凄く暖かいや。


「よし、これで」

 それに良い匂いがする。

「なんで、どおしてエラーが続くの。ダメよ桐生さん、眠っちゃダメ、起きて。暁人さん、暁人さん!!」

 お花畑かな、霧が凄くて良く見えない。

「落ち着きなさいピンク」

 海だ。

 海がある。

 海は広いな、大きいな~、か。

 違うよ。


 これ河だ。


 大河だな。 


「ねえさん!!」

「こんな時は、まず傷を塞ぐのよ」


 ん!?


「あなたは!?」



 祖父さん!?



「私は、マジェンタ」

 祖父さんが対岸で手を振ってる。

「マジェンタ!? マジェンタおばさま」

 叔母さんまでなにしてんの?

 なに。

 こっちへ来いって。

「心房細動よ。ピンク、まだ電撃は出せる」

 いや、この河を渡るのは、さすがに無理だよ。

「速く」

 なに、速く来いって。

 強引だな~

 祖父さんは、昔っから、ちょっと強引なんだよね。

「いまよ」

 今すぐ来いって言われてもな~

 あ、浅い。

 なんだ、これなら渡って行ける。

「よし、これで良し」

 あれ?

 後ろから声が聞こえる。

「暁人さん」

 ピンクちゃん?

「止血ジェルを」

 誰?

 あれ琥珀さまに、河童小娘じゃなくて、姫乃に、稟、アンジェリカも。

「これを使いなさい」

 なに、どーしたの!?

「これは!?」

「私が作った、ノンポータル転移装置よ」

「ノンポータル転移装置!!」

「彼は最終変異の途上にあるの。そんな時は何度遺伝子マーカーを書き込んでも、エラーを起こすものなのよ」

 そーなんだ。

「なぜ、これを私に」

「あなた達に死んでもらいたくないからよ」

「おばさま。どうして私の名前を?」

「顎人が彼を見続けていたように、私はあなたを見続けていた」

「なぜ?」

「私に似ているから」

「そのノンポータル転移装置を使えば、あなたと彼は安全な場所へ転移できるわ」

「一緒に行きましょう」

「顎人を置いては行けないわ。ピンク。あなたの決断は正しい。私には、その決断が出来なかった」

 祖父さんごめん。

 叔母さんも。

「えっ!?」

「彼の子を産みなさいピンク。そして彼と同じ時間を生きるのよ」

 せっかく迎えに来てくれたんだけど、みんなが待ってる。

「マジェンタおばさま」

「行きなさいピンク。彼を助ける為には、どこへ転移すれば良いか分かるわね」

「ハイ」

「さあ、お行きなさい」

 まだしばらく、そっちには行けそうに無い。

「マジェンタおばさま」

 ボクはピンクちゃんに抱きしめられ、マルチゲートから消えた。



 ♠



「マジェンタか」

「ええ」

「なぜ、残った」

 顎人のそばに腰を下ろしたマジェンタが、顎人の顔を真上から見下ろした。

「私があなたを見捨てると思って!?」

「見捨てれば良かったのさ。葵たちのように⋯⋯」

「彼女たちも、あなたを見捨てた訳ではないわ。ただ、あなたを変えたかっただけ」

 顎人が苦笑を浮かべた。

「僕が変わらない事は、お前が一番良く知ってるだろう」

「そう。だから私は、止めなかったのよ」

「僕を?」

「いいえ、葵たちをよ。彼女たち三人が力を合わせれば、アナタを止められると信じてた」

「でも、無理だった」

「そうね」

 パラパラと音を立てて、顎人の脚が灰に変わって行く。

 それを見たマジェンタが顎人の頬に触れた。

「あの日から、どれだけの月日が流れた」

「一万年よ」

「長いな~、長い。罰としても、長すぎる時間だ」

「幾つもの異世界を、アナタと二人さすらったわ」

「無限と思える時空の狭間で、暁人くんを見つけた時。やっと僕の望みを叶えてくれる相手を探し当てたと思った。だから彼を、マルチゲートに誘ったんだ。僕のように、変異を起こす事を期待して」

 マジェンタが顎人の眼を見つめた。

「アナタの望みは、叶えられたのかしら?」

「あぁ、やっと死ねる⋯⋯」

「そう。でも、それで私の望みは、永久に叶えられなくなった」

「お前の望みは、何だったんだマジェンタ?」

 マジェンタの唇の無い口が、顎人の唇に重なった。

「アナタの子供を生みたかった」

 顎人が困ったように微笑むと。

 マジェンタの流した涙が、灰に変じた肉体へと、静かに吸い込まれていった。

「最後まで、残酷なんだから⋯⋯」

 絶叫が湧き。

 星が一つ消滅した。



 ♠


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