第8話 悲鳴を上げてるコーラルさんと、困惑気味のフランシスを見回して。申し訳なくなったボクは、思わず手を合わせて頭を下げた。


 ♠



 いや、まあ、気持ちは分かるよ。

 確かにフランシスは美男子じゃない。

 アンコウ顔で、牙が生えてる、全身ウロコだらけの半魚人だけど。

 悲鳴は無いよ。

 フランシスは紳士なんだから。


「フランシスよ、フランシス♥」


 あ、語尾にハートが見える。

「ブルーマンタのチーフアタッカーのフランシスが、なんでこんなとこにいるの!?」


 え、あっ!?


 ええええ!!


「あの?」

「なに!?」

「フランシスを、ご存知なんですか」

「知らない訳ないでしょう。ドリフトボールワールドチャンピオンリークで、五年連続でブルーマンタを最多勝利に導いた名選手よ」

「え、あ、はい」


 知らなかった。


「どうして、どうして、こんな所に」

 フランシスの言葉に耳を傾けたコーラルさんが、困ったように首を左右に振った。

「そんな訳ないじゃない。この色情狂に、そんな甲斐性あるわけないでしょう。アンジェリカも、うちの娘同様に騙されてるのよ」

 酷い言われようだ。



「その通り!!」



 この耳障りなバリトンボイス!!

「ジークベルト!!」

 って、へ!?

桐生きりゅう・ローレンス・暁人あきとは、ただの女こましよ」

 口を靴ひものようなモノで半分縫われたジークベルトの生首が、なぜか鳥籠のなかにスッポリと収まっていた。



 ♠



「あ~、もううるさい」

 ボクに向かって罵詈雑言ばりぞうごんを並べ立てていたジークベルトの口を、黒い手袋をはめた掌が覆い。

 靴紐ならぬ、口紐を引っ張って片手で器用にちょうちょ結びをすると、ジークベルトの口を無理矢理閉ざしてしまった。

「面白いかと想って、こんなのを作ってみたんだけどさ。ま~、口を開けば悪口雑言あっこうぞうごんれ流しでさ。参るよ。本当に」

 いや、そりゃ、ジークベルトじゃなくても頭を鳥籠の中に突っ込まれたら、悪口のひとつぐらい言いたくなると思う。

「おいジークベルト。彼か? お前が言ってた変異体ってのは!?」

「モゴモゴモゴ」

「なに? なんて言ってるか分からないぞ」

 鳥籠を乱暴に上下に振ってる。


 あ~、あ~


 ジークベルトの生首が、シェイカーのなかの氷のように、鳥籠の内側に打ちつけられてる。

 殺人鬼で、ストーカーで、変態だけど、なんか哀れだ。

「ダメだこいつ。のびてら」

 片手でぶら下げた鳥籠のなかで、ジークベルトの生首が前後左右にゴロンと転がった。

「マジェンタ」

 そう呟いた男の背後から、女性型マシキュランが姿を現した。


 ピンクちゃん!?


 いや、違う。

 このマシキュランはピンクちゃんのようなドレッドヘアーじゃなく、さらさらのストレートヘアーだ。

 それにピンクちゃんよりも明るいピンク色をしてる。

 身体つきも、どことなく違う。

 はっきりいって彼女の方がダイナマイトボディだ。


「彼か?」


 男が、ジークベルト入りの鳥籠を渡しながら訊いた。

「そのようです」

「サーチは?」

「済んでおります」

「結構。結果は!?」

「すでにベータ級に迫る域まで、変異が進んでます」

「凄いな。僕より変異のスピードが速いじゃないか」

「はい」

「あなた達、何者なの!?」

 上樹先輩が声を掛けた。

 何故か、刀の鯉口を切ってる。


 え!?


 この二人に、何かを感じてるの!?

 良く見るとコーラルさんも、剣の柄に手を掛けてる。

 り足で、相手に気づかれないように、一歩で刃の届く範囲まで間合いをずらしてる。

 完璧な両面攻撃の間合いだ。

「恐いな」

 アイウェアの奥で、男の眼が笑いの形に崩れた。

「この狭い空間にアルファ級の戦士が二人も、それも絶世の美女が二人だなんて。羨ましいよ暁人くん」

「ボクの名前を」

「知ってるさ。ジークベルトに色々と聞いてもいる。今日は人魚の婚約者フィアンセは不在のようだね」

 左右を見渡し、一歩後ろに退がった。

「幾ら僕でも、アルファ級二人を同時に相手にするつもりは無いよ。いや下の階の一人もいれたら三人か」

 三人ってことは、コンシェルジュさんもアルファ級ってことか。

 道理で、グリフォンを見ても動揺しない訳だ。


「あなた、何者なの?」


 もう一度、上樹先輩が訊いた。

「名乗っても良いんだけど、あまり意味は無いかな。君たちと再び会う訳ではないし」

「名乗りなさい。人の家に勝手に上がり込んで、好き勝手するなんて。失礼でしょう」

 コーラルさん、あなたが言いますか!!

「相変わらず気が強いな、あおいは。まず、そちらからどうぞ」

「私は、コーラル・ライオンロード」

「コーラル? ライオンロード!?」

 男が困ったように聞き返した。

「ほら、かあさん。全く通用してないじゃない」

「母さん?」

 男が確認するように尋ねた。

「彼女は、君の姉ではなく」

「母よ」

「姉です」

「なにを言ってるのよ、かあさん」

 上樹先輩が怒ったように喚いた。

「うるさいわね。いいでしょ別に」

「それにコーラルってなによ」

「ライオンロード家の頭首である私が改名したのよ。文句がある」

「頭首は、父さんでしょ」

「あんな宿六のこと、知らないわ。今日だって、娘の一大事なのに顔も出さないんだから」


 ぷん


 と、横を向いた。

 やっぱり親子だな。

 ねてる顔は、琥珀さまにそっくりだ。



 ♠


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る