第6話


 ♠



「あの瑠璃るり先輩」

「なに?」

「なんか凄っい警報が鳴ってるんスけど」

「そうね」


 そうねって。

 なんかもうスッゴい警報が鳴ってんのよ。

 エレベーターの箱のなかは、真っ赤なランプが明滅してるし、訳の分かんない言葉がスピーカーから流れてるし。

 これ多分っていうか、確実に警告だと想うんですけど。


「だから下で待ってろっていったろ」

 なんで、そんなに落ち着いてられんのはじめ先輩。

 瑠璃先輩は最初から変だし、創先輩は妙に腹を括ったような険しく顔してるし。

 もう、何がなんだか。

 って、

「瑠璃先輩。何してんスか」

「準備よ」

 洋服の上から襷掛けをし、長い髪を後ろに結んで、さらに鉢巻きまでしてる。

「はい、瑠璃』

 と、創先輩がスーツケースから取り出したのは。

「日本刀!? ちょっと何考えてんの瑠璃先輩」

拓海たくみくんは、創くんの後ろに隠れてて」

「いや、あの、ねえ、先輩」

「なに?」

「なにもローリーが水泳辞めて、卒業式にも出席しなかったからって、そんなに殺気走るこぁないと想うよ。二人の結婚式にはちゃんと出たし。大学も卒業して、立派に社会人してるしさ」

「それと、これとは話が別よ。私は確かめなきゃならないことがあるの」

「確かめるって、何を?」

「着くわよ」

「拓海。オレの後ろに隠れてろ」


 創先輩⋯⋯

 って、なに?

 そのドデカいシールド。


 半透明で、なんか瑠璃先輩が歪んで見えるって事は、何かの力場が発生してる。

「触るな拓海。指が無くなるぞ」

 やっぱりそうだ。

 力場シールドだ。

 って、何でこんなの創先輩が持ってるの。


 シューッ


 瑠璃先輩の鋭い呼吸の音が聞こえる。

 エレベーターの扉が開いた瞬間的、眩い光がオレを包み込んだ。



 ♠



 明かりの消えたエレベーターホールに駆け込んだボクの眼に、床で延びてるピンクちゃんの姿が飛び込んで来た。


「えっ?」


 マシキュランって気絶するの?

 なんて事を考えてるボクの目の前を、金棒を振りかざしたネグリジェ姿のりんが駆け抜けて行った。



「ウォリャァァァァァァ」



 陰が。

 長い髪をなびかせた黒い陰が、手にした刀を摺り上げの逆袈裟に斬り上げた。

 稟の金棒と衝突した瞬間。

 稟の巨体が真後ろに弾け飛んで来た。

 って、

「ウワァッ」

 壁に衝突する寸前に抱き止めた。


 危ねえ。


「稟、大丈夫か」

 声を掛けた。

 返事がない。

「よくもやったな~」

 眼の色が変わってる。

 鬼だ。

 鬼の眼をしていらっしゃる。

 金棒の一撃が、細身の刀に負けたのが許せないんだ。

 稟の瞳を見た瞬間に、それが分かった。

「トォリャァァァァァァ」


 ドォーン


「ダリャァァァァァァ」


 ドカーン


「ヌェリャァァァァァァ」


 パッコーン


「セイャャァァァァァァ」

 もう、やめよう。

 ボクは稟を羽交はがめにした。

「こんの~」

 鼻血を垂らしながら、まだ行こうとしてる。

「稟、もう大丈夫だから」

「止めないで暁人さま。こんなに楽しいの久しぶりなんた」


 喜んでる。


 喜んでいらっしゃる。

 黒い陰が暗闇のなかで笑ってるのが分かった。

 手招きしてる?

「ウォリャァァァァァァ」

 ボクの手を振りほどいた稟が、渾身の力を込めて金棒を振り下ろした。

「駄目だ」

 一気に間合いを詰めた陰が、がら空きとなった稟のお腹に向けて剣を⋯⋯

「やめろぉぉぉぉぉっ」

 ボクはハンマーを手に跳躍した。


 刹那。


 再び熱波が五体を駆け抜けた。

 炎のように熱く。

 太陽のように明るい。

 ハンマーが燦然と輝いて⋯⋯


 うっそ~


 空振りに終わったハンマーの一撃がエレベーターホールの床を撃ち抜いた瞬間に、コンクリートが砂利のように砕け。

 フロアーの床が崩落した。


「だああああああああ」


 破片が。

 握り拳大のコンクリートと鉄筋の破片がボクに向かって来る。


 よっ


 ほっ


 はっ


 ほっ


 おりゃ


 避けられるモノは全部よけて、直撃しそうなモノはハンマーで砕いて。

 何とか無傷で着地した、ボクの首筋にヒドく冷たいモノが触れていた。

 土埃でまともに見えなくても、それがなんなのかボクには分かった。


 刃だ。



 ♠



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