第7話


 ♠



「何事かや!?」

 わらわは土埃を払いながら刀を抜いた。

 えれべーたーほーるの床が抜けておる。

 二階下のふろあまで陥没しておる。

 暁人あきとどのの一撃であろう。

 日に日に強くなっておられる。

 わらわの胸が、きゅ~んと切なく高鳴った。

 暁人どのこそ、わらわの婿に相応しき方よ。

 あれほどの殿方は、どの異世界を探しても他におらぬ。

「アキトー」

 貧乳河童ひんにゅうガッパが叫んだ。

 それだけにライバルは多いの。

 暁人どのは優しいから、無事なら貧乳河童の呼び声でも応えるはずじゃが返事はない。

「暁人どの」

 ええい、邪魔くさい埃じゃ。

 わらわは二階下のふろあに飛び降りた。


「鬼娘!?」


 わらわの足下で、鬼娘が延びでおる。

 命を失ったか。

 わらわがそなたの首を取るはずだったのに⋯⋯

 片手で拝み、開いたままの瞼を閉ざそうと手で触れた。


「生きておる」


 脈を取ったら、意外に力強い鼓動を感じた。

 着衣の裂け目から腹に触れた。

 腫れておる。

 峰打ちかや!?

 しかし、なんという破廉恥な格好をしておるのだ、こやつは。

 すけすけで、ほとんど裸同然ではないかや。


 ⋯


 ⋯⋯


 ⋯⋯⋯


 暁人どのは、こーゆーのが好みなのかや?

 わらわも着るべきかの。

 ただ、この格好になるのは、スッポンポンになるより恥ずかしい気がする。

 ええい、いまはそれより暁人どのじゃ。

 この鬼娘を手玉に取るとは、一体何者なのじゃ。


獅道しどう。下はどんな感じ?」


 貧乳河童め。

 わはわを呼び捨てにするとは、許せぬヤツ。

 まあ、今回は緊急事態ゆえ許してやるが。

「鬼娘が延びておる」

「えーっ、なに?」

「鬼娘がのびておる」

りんが」

 なんじゃあやつは。

 りんとは誰のことじゃ。

桐生きりゅうさん⋯⋯」

魔式裏ましきうらの桃色娘」

 抱き抱えようと想ったが無理じゃ、重い。

 こやつも妙ちきりんな格好をしておる。

 きっと、暁人どのの趣味じゃな。

 わらわも負けておれん。

「生きておったのかや」

「ハイ。あなたは?」

「わらわもは無傷じゃ。しかし、暁人どの姿が見えぬ」

「この先にいます」

 魔式裏の桃色娘が指さした。

「気をつけて。相手はアルファ級の脅威きょういです」



 あるふぁ級!?



 あるふぁ級じゃと!!

 わらわの背中を冷たい汗が流れ落ちて行った。

 あの恐るべき射鴉辺屠しゃあへんとですら、べえた級だというのに。

 この土煙の向こうには、あるふぁ級の怪物がいるというのかや。

 わらわは震える手で刀を握り直り、深い呼吸を繰り返して心から怖気おぞけを追い払った。

 あるふぁ級の敵とあらば、今の暁人どのとて敵うまい。

 あの鬼娘が手玉に取られる訳じゃ。

 わらわとて、ひとたまりもあるまい。

 死ぬるなら諸共もろともきましょうぞ暁人どの⋯⋯

 ただひとつ心残りがあるならば、せめて一度だけでも今生で契りを結びたかった。


 わらわは眼を閉じた。


 眼を開ければ土煙に惑わされる。

 この臭いでは鼻も利かぬ。

 耳も役に立たぬ。

 気じゃ、気を読むのじゃ。

 新月の暗闇のなかで、姉上に教わった通りに己の気配を断ち、敵の気配を探る。

 上のふろあに、まだ三体の気配がある。


 一体は貧乳河童のもの。


 残り二体は敵であろう。

 しかし、これは小物である。

 貧乳河童一人で切り抜けられる程度の敵じゃ。

 しかし、この土煙の向こうに潜む相手は⋯⋯

 大山の如く雄大で、大海の如く雄渾ゆうこんな、この気配は!!

 これが、あるふぁ級の気配なのかや。



 駄目じゃ、恐い⋯⋯⋯⋯



 次の一歩が踏み出せぬ。

 暁人どの、わらわに力を。

 わらわに力を与えてたもれ。

 土煙が晴れた。

 涙でにじむ視界の先に、喉元に刃を押し付けられた暁人どのの姿があった。



 ♠



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