第3話


 ♠



「ほんとゴメンね拓海たくみくん。急な話なのに」

 オレの愛車の後部座席に座った瑠璃先輩が、何度目かの言葉を口にした。

「良いですって、オレはサラリーマンじゃないし。午前中は比較的に暇なんですよ」

 カナダに移住した創先輩から、緊急で帰国するって連絡があったのは一昨日おとといのことた。

 仕事の都合で三泊四日の弾丸帰国なんで、集められるメンバーはオレと和弥かずやとローリーだけになった。

 で、今夜ローリーのペントハウスに集まることになってる。

「和弥たちは、どーしてる?」

 創先輩が尋ねて来た。

「和弥は都内の美容室でカリスマ美容師なんてのをやってます」

「高校を卒業してすぐに就職したよな。続いてんだ」

「続けてますよ」

「中元くんは?」

さとるはサラリーマンやりながら、時々空手道場に通ってるみたい。なんか今度四段の昇段試験を受けるから応援に来いって」

 ふ~ん。

 と、創先輩が感慨深げな声を上げた。

「高城は多分二日酔いで、いまの時間は死んでると想う」

直志なおしか。あいつのショットバーにも顔を出さなきゃな」

「きっと喜びますよ。創先輩と瑠璃先輩がカナダから尋ねて来たんだもん」

「新井くんは、どーしてるかしら」

まこと? 誠は連絡がつかなかったんスよね」

「え!?」

「またどっかに、一人でキャンプに出掛けてるんだと想います」

「相変わらずだな、新井のヤツは」

 創先輩が笑うと、瑠璃先輩もつられて笑い出した。

 でも、二人とも肝心のヤツの名前を出さない。


 そりゃ気持ちは分かるよ。

 水泳と剣道を辞めた当時のローリーの姿しか、二人の記憶には無いからだ。

 心身共にボロボロになったローリーの姿は、オレだって思い出したくない。

 結局、あいつは卒業式も欠席して、そのまま東京の大学に進学したんだ。

 和弥が滅茶苦茶怒ってたのを覚えてる。

 その後、ローリーと和弥は東京で再会し、オレも後を追うように東京のスタジオに就職したんだ。

 高城もバーを開き、誠は日本中を転々としてる。

 で、時々集まってバカ騒ぎをしてるって訳だ。

「そういやこないだ。今日行くローリーの家でパーティーしたんですよ」

「ローリー?」

 瑠璃先輩が怪訝けげんな顔をした。

桐生きりゅうですよ。やだな忘れちゃった」

 冗談めかしてオレは言った。

「あいつ、いま前の仕事辞めて、すんげえデッカいタワーマンションの管理人してるんですよ」

暁人あきとくん?」

「なんだ、覚えてるじゃないですか」

「なんでローリーなんて」

「子供の頃からのあだ名ですよ。それも忘れちゃった?」

 オレはわざとらしく肩をすくめた。

「創くん、これって⋯⋯」

「拓海。変な事を訊くけど気にするな。暁人のフルネームは、桐生・ローレンス・暁人じゃないよな?」

「なんだ、覚えてるじゃないっスか。冗談やめてくださいよ二人して」

 バックミラーに写った瑠璃先輩の顔が、若干青ざめて見えたのは気のせいだろうか?



 ♠



「なぜ、そなたがここに居るのかや?」

 琥珀こはくが、獲物の喉元に食らいつく瞬間の狼ような険しい視線を向けた先に、河童小娘かっぱこむすめがいた。

「それはアタイのセリフだし。なんでアンタがここにいるのよ」

 負けず劣らずの険しい視線を送った河童小娘が、


 ベ~~っ


 と、ピンク色の舌を出した。

「ここは、わらわの家でもある」

「暁人の家だし」

「夫である暁人どのの屋敷なら、妻である、わらわの屋敷じゃ」

「アンタは妻じゃないし。暁人に違う、違うって言われたじゃん」

「あ、あれは、あのウロコ女の手前仕方なく⋯⋯、暁人どの優しさなのじゃ」

「へへ~んだ、一番ショックを受けてたのアンタじゃない」

「ええい、黙れ、黙れ。そなたは泥酔してたではないか、何を覚えているというのじゃ」

「違う⋯⋯」

 そう言うなり、琥珀がうなだれた時の顔真似を河童小娘がした。

「こ~んな顔して落ち込んだじゃん」

「うるさい、黙れ貧乳河童ひんにゅうガッパ

「貧乳河童だと。人の名前くらいしっかり覚えろ」

「河童語など、発音できるものかや」

「アンジェリカは発音できたぞ」

「妖怪同士仲の良いことで、結構な話じゃな」

「妖怪だと。差別用語だかんな、それ!!」

 河童小娘が頭の皿をさらして身構えた。

「やるかや貧乳河童!!」

「泣かしてやる。覚悟するし」

「手加減せぬからな」

 琥珀がスラリと刀を抜いた瞬間。



 ドォォォォォン


 と、地響きに似た振動が二人を震わせた。

「なんじゃ?」

 琥珀が左右を見回した。

「いまのアンタのオナラ?」

「なっ!! わらわを何と想うておる」

「違うのか。⋯⋯じゃあアキトだ」

 琥珀の顔から、サッと血の気が引いた。

 グリフォンの次は、殺人鬼ジークベルト。

 今度はなに?

 二人は無言で、全く同時に駆け出した。



 ♠



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