第4話 プロトハブ60000


 ♠



「ジークベルト対策は追々考えるとして。問題は、もう1つの方さ。坊やの身体の変化についちゃ、ピンクちゃんか詳しく聴いたんだろう?」

「触り程度は」

「まだ、全部は伝えてません」

 ボクとピンクちゃんを見比べたゼニガタの兄貴は、頭を掻きながらヤレヤレ困ったなと首を振った。

「この屋敷全体が巨大なゲートの中だってのは?」

「それは知ってます」

「なら、話は速い」


 ゼニガタの兄貴の話によると、現在のボクは変異の途上にあるらしい。

 何故肉体の変異が起こるかというと、このボクらの世界がマルチバースネットワークに組み込まれるとしたら、それは多数の異世界へとつながる中継拠点のような役割を果たすんだとか。

 ハブ空港のようなものだね。

 だから便宜上の名称が《プロト・バブ》なんだとか。


 で、本来ならマルチゲートの中に長時間滞在することは無いそうで。

 そこは国際便の出入国ゲートで、長期間寝泊まりする人が居ないのと同じ理由だね。

 ボクのような状況はまれなんだとか。

 要するにボクは長い時間ゲートで生活したために、各異世界の影響をモロに受けてしまったんだとか。


 新陳代謝が十倍のスピードになったのは、その影響がまず内蔵の変化に現れるからだ。

翻訳機ほんやくき無しでオレと会話できるのも、その影響さ。脳の構造が変化してるのさ」

 紫煙を吐きながら、ゼニガタの兄貴が苦笑した。

 最初に言ってよね、そんな大切なこと。


「筋力と骨格も強化されてるぞ。だからグリフォンの一撃を食らっても無事だったのさ」

 ゾッとした。

 昔のボクなら、あの翼の一撃で頸が折れるか、背骨がバラバラになってたんだとか。

「ど、どうすれば良いの?」

「こんな例は珍しいんだ。普通の人間なら変異なんて滅多に起きやしない。こいつは何億人に一人の資質ってヤツさ。贈り物ギフトと想って受け入れるんだね」

「ギフトって、もしボクが管理人を辞めて、ここから出て行ったら」

「変異はそこで止まる」

「だったら」

「ただし中途半端な変異は結果的に寿命を大きく縮めることになる」


 え?


 どういうこと!?

 ボクは沈黙し、ゼニガタの兄貴の次の言葉を待った。

「代謝が十倍ってことは、それだけ老化が速くなるってことさ。それに見合うだけの精神力と肉体の強化がなされない限り、坊やの寿命は長くてあと、十年」

「十年⋯⋯」

 それ以上の言葉が出て来なかった。


「根気よくやるんだね。何も難しい事はない。完全変異を果たすまで、ここでいままで通りの生活をすりゃ良いだけさ」

 そう言ってボクを慰めるように、肩をポンポンと叩いてくれた。

 意外にも暖かな掌だった。

「こういう変異を起こした人って、ボク以外に誰かいるんでくか?」

「この世界で?」

 ボクは頷いた。

「この世界での報告例は坊やだけだな」

「じゃ、じゃあ他の世界では!?」

「俺が知る限りじゃプロトハブ59602出身のジェームズ・アイアンサイドだけだな」

 そう言い残してゼニガタの兄貴は片手を振って去って行った。

「ジェームズ・アイアンサイド」


 マイティ・サージェント!!


 ボクは、いま、サージと同じ経験をしてる。

 憧れの人と同じ経験を⋯⋯

 そう思ったら、何でだろう涙がな溢れて来た。



 ヤッタァァァァ!!



 ♠



 ボクらの宇宙は1つじゃない。

 幾重にも重なり合って、ほぼ無限大に存在する。

 最新の理論物理学で提唱された多次元宇宙論。

 それが現実である事を知った最初の人間の一人がボクだ。

 と、いうのもプロトハブ60000のゲートは、既に世界中に点在するからだ。


 誤って一般人が紛れ込まないように、ほとんどが高層ビルの最上階の隔離された施設に作られてるんだとか。

 そのほとんどは味気ない研究施設であり。

 こんな風にペントハウス風に作られた施設はほとんど無くて、こことカナダにもうひとつあるだけだとか。

 うん、そりゃ旅行気分でやって来たお客さん達は満足しないよね。

 物見遊山ものみゆさんでやってきたのに、身体検査だ、レントゲン撮影だ、採血だって⋯⋯

 各国の首脳が星々大使に会談を申し込んでも、断られ続ける理由がこれだ。


 友好条約を結ぶ為に下見に来てるのに、実験動物扱いされたら、お客さんは腹を立て怒って帰っちゃうよね。

 その報告は、当然星々大使の耳にも入るだろうし、印象は悪くなる。

 ハブ化どころか、マルチネットへの参入への瀬戸際ってのは、多分本当の事だろうな。

 ま、ボクがやきもきしても仕方のない事だけどね。

 自分に出来る事をやるしかないか。

 まずはジークベルト対策だ。

 いつやって来るか分からない異世界の殺し屋を相手に、どんな対策方法があるのか、全く想像がつかないけどね。


桐生きりゅうさん、よろしいですか?」

 マナさんがボクを呼んだ。

 ピンクちゃんは今日は不在のようだ。

「ジークベルト対策ですが、こちらに罠を張りたい思いまして」

 罠!?

 テレビや映画や小説なんかじゃ良く耳にする言葉だけど、実際に自分の口から発する事になるとは想ってもみなかった。

「罠ですか」

「はい」

 ピンクちゃんとは違う、落ち着いた雰囲気にちょっぴりドキドキしてしまう。

 やっぱり年上の女性に弱いな~、ボク。

 相手、金属生命体だけどさ。

 そこは変わらない。

「ゼニガタ捜査官がプロファイラーに依頼しては、ジークベルトの人物像を再検証しました」

 あ、やっぱり異世界にもプロファイラーっているのね。



 ♠




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