第10話 喜んでほしい

「それでは『天津飯勇者』最終巻の脱稿をお祝いして、いただきまーす!」


 同じ夢を見なくなってから一ヵ月後。

 大陸飯店にて俺と姫宮さん、そして田村の三人で、まだ作者あとがきが残っているそうだが、『天津飯勇者』完結の打ち上げを行った。


 メイン料理はもちろん天津飯。

 が、普通の天津飯じゃないぞ。

 なんと俺がこの一ヶ月、親父の特訓を受けて作り上げた特製天津飯なのだ!


「賢人が作るって聞いた時は不安しかなかったけど、意外と食べられるね」


「食べられる、とはなんだよ。素直に美味しいと言えよ。いや、言ってくれ。お願いします」


「うーん、でも、賢人のお父さんが作る天津飯と比べたらやっぱり……ねぇ、姫宮さん?」


 田村が対面に座る姫宮さんに意見を求める。

 おいおい、田村よ、訊いちゃうか、それを。

 姫宮さんのことだから「ふおおおおおっ、新垣君の作る天津飯、最高ですぅぅぅぅぅ」とスパークするかと思いきや顔を下げながら無言で食べ続けていて、正直、こっちはもうすでに申し訳ない気持ちでいっぱいだと言うのに……。


「……え?」


 しかも顔を上げた姫宮さんの両頬には涙が滴り落ちていた。


「うわあああああ、ごめんなさいごめんなさい! これなら姫宮さんも大満足だって調子乗ってました! 今すぐ親父に代わりの天津飯を作らせますから、どうか許してぇぇぇぇぇ!」


 すかさず油でぬるぬるの床に這いつくばって土下座する俺。

 ああ、やっちまった。喜ばせるつもりが、まさか泣くほど不味かったなんて……。


「あ、ち、違うんです、これは。その、新垣くんの作った天津飯があまりに美味しくて、つい感動のあまり涙が」


「へ? 美味しい?」


「はい。すごく。これまで私が食べたことのある天津飯の中でも一番美味しいです!」


 マジでか!?


「なるほど。これが愛情っていう隠し味ってヤツだね」


「愛情?」


「うわあああああ、田村、お前何を言いやがる!?」


 田村の発言に慌てて床から飛び上がろうとするも、足が滑って強かに頭を床へ打ちつけた。


「痛ぇぇぇ」


「ああ、ホント馬鹿だねぇ、賢人は。でも、だからこそ『これを食べる姫宮さんに喜んでほしい』って素直な愛情を料理に込められたのかもしれないね」


「食べる人に喜んでほしい……ですか」


「うん。姫宮さんも小説を書いていて『読んでくれる人に楽しんで欲しい』って思うでしょ? そういう気持ちこそが料理は美味しく、小説は面白くするんじゃないかな?」


「あ! ……うん、きっとそうだね。ありがとう、田村くん」


「だからお礼はそこでのた打ち回っている賢人に言ってあげて」


「ふふ。そうですね」


 打ち付けた頭が痛いやら、田村の話がクサくて恥ずかしいやらで悶絶する俺に姫宮さんがそっと手を差し伸べてくる。


「新垣君、ありがとう……」


「え? いや、それは違うぞ。美味しかった時は『ありがとう』じゃなくて『ご馳走様でした』だ」


 はい、照れ隠しバレバレな俺。甘酸っぱい十代まっさかりを舐めんな。


「うん。でも、本当にありがとう」


 だけど姫宮さんはただ「ありがとう」を繰り返すばかりで、その時の俺には彼女の真意がよく分からなかった。

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