第8話 わたしたちの田村くん

 俺たちの放課後会議はそれから毎日続いた。

 が、夢は一向に変化しない。

 それはすなわち、俺が集めてきたアイデアが全く役に立っていないことを意味していた。


 やっぱりプロのラノベ作家が必死になって考えても思い浮かばないのに、素人である俺たちが何か良いアイデアを思いつくなんてありえないのだろうか。


 こうも進展がないと弱気にもなる。

 それに俺の心にはもうひとつ、暗い影を落とすものがあった。


『天津飯勇者ってやっぱり次の巻で完結しちまうのか?』


 放課後会議の初日に尋ねたこの質問。

 姫宮さんはいつもの落ち着いた様子のまま、


「はい。次でおしまいです。それにもう小説は書かないと思います」


 と答えた。


「え? 小説家もやめちまうって何で?」


「私、理想の天津飯を捜し求めるアローナに自分の姿を重ね合わせて『天津飯勇者』を書いていたんです。でも、私は大陸飯店の天津飯を見つけてしまった。だからアローナも次で理想の天津飯を作りあげて、彼女の旅はおしまい。小説も『天津飯勇者』みたいに書きたいって思える題材が今の私にはないから、これを機に引退するつもりです」


『天津飯勇者』はそのうちアニメ化もありえる人気作だし、そんな作品を世に送り出した天津飯大好き先生のファンは俺も含めてたくさんいる。

 それが次の巻で『天津飯勇者』を完結させて引退だなんて、熱烈なファンとして到底受け止められるものではない。


 俺は懸命に思い直すよう姫宮さんを説得した。

 が、姫宮さんは頑なに首を縦に振らず、完結即引退の決意が揺るぐことはなかった。




「それでこれはどういうことか説明してもらえますか、新垣君」


 そんなある日の放課後会議。

 対面に座る俺を見つめる姫宮さんの目が怖かった。

 表情はいつもの温和な笑顔なものの、目が笑っていない。


「私、言いましたよね。私の正体は決して他人にばらしてはいけないと」


「はい」


「ばれたら焼き肉だと」


「はい」


「なのになんでばらしちゃうんですか!? もう!」


 あ、姫宮さんが天津飯モードになった。

 ぷんすか私怒ってますとばかりに両腕を上げて怒りを表現すると、俺の隣に座っている田村を指差す。


「田村君は一見すると草食男子のように見えますが、実はこういう人こそやたらと食べる肉食男子なんですっ。ああ、きっとまた焼き肉です。もういっそのこと新垣君が焼き肉になってしまえばいいのに」


「ちょっ! 俺が焼き肉って考え方が怖いわっ、姫宮さん!」


 それに草食男子と肉食男子の使い方間違ってるし。あんた、本当に売れっ子作家か?


「まぁまぁ、姫宮さん。落ち着いて」


 そこへ田村が笑顔を浮かべて話に割って入ってきた。


「僕、焼肉より断然天津飯の方が好きなんだけど」


「田村くん。私はあなたの参加を歓迎します。ようこそ放課後会議へ」


 姫宮さんがいつもの姫宮さんに戻った。

 さすがは『わたしたちの田村くん』、女の子の扱いに馴れてるなぁ。


「とにかく賢人から話は聞いてるよ。あ、でも勘違いしないでね。ここ最近、賢人が何か悩んでいたから、僕がしつこく問い詰めたんだ。賢人から姫宮さんの正体をばらしてきたわけじゃないからね」


 おまけに俺の立場を考慮して弁明もしてくれる。

 ホント、こいつはいい奴だ。


 正直なことを言うと、確かに田村から「何か悩み事?」と尋ねられた。

 が、しつこく問い詰められる前に、俺の方から「実は……」と打ち明けたのだ。

 それぐらい俺ひとりで抱え込んでいては、解決しそうにない状況にあった。

 田村は俺より頭がいいし、口も堅い。焼き肉を奢れなんて無茶も言わない。

 頼るには最適な人物だった。


「でね、肝心の問題についてだけど。僕から言わしてもらえば、解決の糸口は姫宮さんの目の前にあると思うよ」


「目の前、ですか?」


 田村の言葉に、姫宮さんは今まさに齧りついていたお月様バーガーに注目する。


「まさか、天津飯をかに玉じゃなくて卵焼きにしろと?」


 そんな神をも恐れぬ行為、出来るわけがないと恐れ戦く姫宮さん。


「違うよ。バーガーを一度下して、代わりに視線をもうちょっと上げてみて。何が見えるかな?」


「えっと、ワケワカンナイって顔をしている新垣君が見えますけど?」


「そう、賢人。彼が姫宮さんの求める答えそのものだよ」


 田村の答えに、姫宮さんもワケワカンナイって表情になった。


「やぁやぁどうもどうも、ワケワカンナイ同士、仲良くしましょう」


 とりあえず姫宮さんに挨拶なんぞをしてみる。


「賢人は姫宮さんと比べたら、呆れるぐらい凡人だよね。頭も普通だし、運動神経も平均的。特技らしい特技もないし、身長も体重も、おまけに顔も言ってしまえば平凡」


「なんだろう、今、俺すっごくバカにされてないか?」


「そんな一般人の賢人だけど」


 くそう、田村のヤツ、あっさり無視しやがった。


「なんでもひとりで出来ちゃう姫宮さんの為に、こんな真剣になって頑張っているのって凄いと思わない?」


「……あ」


 姫宮さんの顔が正気に戻った。

 え、ちょっと、待って。俺、相変わらず何がなにやら全然分からないんだけど。

 姫宮さん、俺を置いてひとりでワケワカンナイ同盟を抜けないでぇぇぇぇ。


「そっか、それがあった……ありがとう、田村くん」


「お礼なら僕じゃなくて賢人にしてあげて」


「新垣君、本当にありがとう! 私、ようやく気がついた。悪いけど今日はもう帰るね。寝るまでじっくりこの考えを脳に浸透させたいの」


 そして姫宮さんは立ち上がると、鞄を持って店を出て行った。

 後に残されたのはワケワカラナイ俺と、ニコニコ見送る田村と、一口だけ齧られたお月様バーガー。

 

「なぁ、このお月様バーガー、俺が貰っていいと思う?」


「せっかく上げた好感度を下げたくなかったら止めておいた方が無難かな」


 ですよねー。

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