第7話 笑いと爽快と感動の伝道師

「というわけで、結構色んなアイデアが集まったぞ」


 翌日の放課後、俺と姫宮さんはファーストフード店で落ち合った。

 姫宮さんは大陸飯店を希望したが、昨日の様子からして天津飯を食べながら真面目な話なんか出来るはずがない。

 そう、これからするのは極めて真面目な話。

 具体的には行き詰ってしまった『天津飯勇者』のこれからの展開について、だ。


「さすがはラ研の連中だな。『天津飯勇者』がこれからどうなるか予想を聞いたら、みんな様々な意見を出してくれたぞ。あ、ちなみに『ラ研』は『ライトノベル研究会』の略な。『ラ!研』になると、それはスクールアイドル研究会だから間違わないように」


「なにそれ意味ワカンナイ」


「お約束をありがとう」


 ノリのいい姫宮さんの返事に満足しながら、俺はノートに書きとめた有識者のご意見を姫宮さんに見せた。




 昨夜、あれから俺は姫宮さんに『天津飯勇者』の執筆を諦めないよう説いた。

 その中でつい「俺も協力するから!」と言ってしまった。

 

 一番てっとり早いのは夢の中で魔王となった俺のアドバイスを姫宮さんが真摯に受け止め、彼女自身がよく考えることだ。

 が、さりげなく「夢の中で魔王が何か言ってなかった?」と尋ねるも「魔王の甘言なんか聞いちゃいけません。私も昔、世界の半分をお前にやろうと言われてまんまと騙されてしまいました」と聞く耳を持たなかった。


 おまけにずっと夢プロットに頼ってきたから、目が覚めている時にいくら考えても自信が持てないそうだ。


 つまり起きている時は様々な情報アイデアを頭に詰め込み、それを元に夢プロットの変化を待つしかないらしい。

 姫宮さんは売れっ子小説家はみんなそうだと力説したけど、疑わしいことこのうえない。


 とにかく、だとすると俺に出来ることは色々なアイデアを姫宮さんに伝えることだ。

 とは言え、俺ひとりではたかが知れている。

 そこで田村や、ライトノベルに詳しいラ研の連中にも助力を求めることにした。

 

 姫宮さんが天津飯大好き先生だとバれないよう、延期が続いている『天津飯勇者』の話題を自然に日常会話の中に盛り込み「物語もクライマックスだけど、どんな展開が待っていると思う?」と尋ねてみる。


 すると出てくるわ出てくるわ、様々な予想を聞き出すことが出来た。

 もちろん、これらをそのまま使うわけにもいかないが、何かしらの刺激となって夢プロットが動き出す可能性もあるだろう。

 

 てなわけで『天津飯勇者』再開に向けての会議、スタートである。




「……」


 開始から二十分後。

 俺の差し出したノートを見終えた姫宮さんは一口オレンジジュースを吸い込んで、無言のまま目を閉じた。

 表情は穏やかで、普段の教室で見せるものと変わらない。

 ホント、天津飯さえ絡まなければ姫宮さんは清楚なお嬢様だ。


「新垣君」


「なに?」


「新垣君はこの中でどれが理想だと思います?」


 この中とは言うまでもなくノートに書き記したアイデアのことだろう。

 俺はしばし考えると、


「やっぱり一度魔王に負けた後、修行をしたり、強い武器を手に入れたりしてリベンジするのがいいんじゃないか?」


 一番無難だと思うヤツを挙げた。

 集めたアイデアの中ではアローナがいつものように力で魔王を捻じ伏せるってのが圧倒的に多かったものの、夢プロットの現状を知っている俺がそれを選べるわけがない。

 かと言って魔王と戦っている最中に真の力に目覚めるっていうのも無理があった。

 そして夢の中で俺が「少しは工夫しろ」と訴えてはいたものの、よく考えればアローナはこれまで作戦もなにもなく、ただただ自分の力で全てを捻じ伏せてきたのだ。魔王戦でいきなり策略ありきの戦い方をするのもおかしいだろう。


 というわけで、敗北→リベンジの流れをオススメしたんだけど。


「それではダメです。いいですか、新垣君。今の若い子たちは極端に挫折を嫌うのです。アローナが敗北なんかしたら、そこで若い読者の人たちの心はぽっきり折れてしまって、続きを読んでくれないのですよ」


 若い子たちって、俺も姫宮さんもまだ高校一年生なんですが。

 ま、それはともかく。 


「そうだな。でも、例えば敗北して続きは次の巻で、ってやられたら読者は離れるかもしれないけど、一冊で敗北→リベンジって流れを纏めれば、読者は一時的に嫌な気分になっても最後まで読んで最終的に満足してくれるんじゃないか?」


 読者に嫌がられる敗北も、上手く使えば物語を盛り上げるスパイスになる。


「だったらこれを読んでみてください」


 すると姫宮さんがなにやら紙の束を鞄から取り出した。


「これは?」


「『天津飯勇者』最終巻の、これまでに書き上げたところです」


 おおっ! なんと生原稿!

 しかもまだ世間に発表されていない話を読むことが出来るなんて!


「は、拝読させていただきましゅる」


 思わず興奮のあまり噛んじまったぜ。





「スゲェ!」


 さらにそこから二時間後。

 俺は差し出された原稿を読みきって感嘆していた。

 さすがは笑いと爽快と感動の伝道師・天津飯大好き先生! いや、笑った笑った、泣いた泣いた。


「ね、ここまでは完璧なんですよ。これに敗北→リベンジの流れを組み込んで一冊に纏めることなんて出来ると思います?」


「無理だな。仮に出来たとしてもそれは鈍器になっちまう!」


 たまにあるよね、これで頭を殴ったら死ぬだろうなってぐらい分厚いラノベ。


「ですから、今回は最終バトルを盛り上げるアイデアが欲しいのですが……」


 申し訳なさそうに言葉を詰まらせる姫宮さんの様子から、今回集めた意見の中に執筆欲を刺激するようなものがなかったんだと分かった。


「そうか。すまん」


「いえいえ、こっちこそ協力してもらっているのに偉そうなことを言ってごめんなさい」


「じゃあ明日はそのあたりのアイデアを集めてくるわ……ところでさ」


 俺は頭を下げる姫宮さんの顔を覗きこんで、少し気になっていたことを尋ねた。


「『天津飯勇者』ってやっぱり次の巻で完結しちまうのか?」

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