第2話 高嶺のフラワー

 俺は新垣賢人あらがき・けんと

 ごく普通の高校一年生。

 適当に勉強して、部活して、遊んで、時々親が営む中華料理屋でバイトする。そんなどこにでもいるような日本の量産型高校生だ。

 それでもただひとつだけ、みんなと違うところがあるとすれば……。


「やぁ。今朝も浮かない顔をしてるところを見ると、また例の夢を見たんだね?」


「ああ、聞いてくれよ、村人A」


「村人Aじゃないよっ。田村一重たむら・ひとえだって言ってるでしょ、新垣アホガキ君」


「お前こそ、その名前で俺を呼ぶなっつーの」


 朝の教室でお互いに罵り合うという親友ならではの挨拶をかわした田村が、俺の前の席に座って振り返ってくる。

 

 あどけない顔付きと柔らかい物腰でクラスの女の子たちから『わたしたちの田村くん』と大人気なこいつ。

 でも、何故だか俺と妙に話があって基本いつもべったりだ。

 おかげで俺たちの仲を嫉んだ女子から『アホガキ』っていうあだ名を付けられてしまった。下の名前と矛盾しまくるからやめてほしい。


「それで、いつもの夢を見たのはいいけれど、相変わらず決着しなかったの?」


「だってあの女勇者、マジでアホなんだよー」


 その田村を見上げつつ、自分の机に突っ伏す俺。


 そう、これといって何のとりえもない俺が毎晩、例の女勇者と戦う夢を見始めたのは高校に入学したばかりのこと。

 当初は不思議なこともあるもんだと面白がっていたけど、さすがに二ヶ月も同じ内容だとさすがに飽きてくる。

 魔王役の俺の姿は結構変わるけれど、女勇者は姿も戦略も変わらない。

 故にいつまで経っても夢に進展はなく、俺は女勇者を常に圧倒し続けるものの、決着はいまだつきそうになかった。


「でもひたすら力押ししてくる女勇者って、まるでアローナ様みたいだね」


「アローナ様ぐらい強かったら良かったんだけどな」


 田村の言うアローナ様とは俺たちが愛読しているラノベ『異世界でも美味しい天津飯を食べたいので勇者をやります』(略称『天津飯勇者』)の主人公にてヒロインのことだ。


 大好物の天津飯を食べている最中に異世界へと強制転移させられ、神様から世界の危機を救うよう命じられたアローナ。

 しかし彼女は世界の危機なんかおかまいなしに異世界でも天津飯を食べるべく、材料集めの旅に没頭するのだった……。


 なんでも作者も大の天津飯好きだそうで、どれだけ天津飯が好きなんだよっとツッこまずにはいられないが、持ち前の豪快さとハンパない強さで天津飯の具材を集めつつ、世界を救っていくアローナ様は最高に格好いいんだな、これが。


「ところでアローナ様と言えば『天津飯勇者』の最新巻、発売延期らしいよ?」


「マジか!? 天津飯最後の具材である『甘酢あん』のとろみとなる片栗粉の代用品『魔王の角』を入手すべく、魔王城へ向かうところで一年近く止まってるじゃねーか!」


「仕方ないよ、作者先生が受験生だっていうんだもん」


「でもよぉ、受験って言ってももう半年ほど前に終わってるじゃん」


「スランプ、なのかなぁ」


 田村の言葉に俺はますますだらーと机に上半身を投げ出した。


 まったく、変な夢を毎晩見るわ、楽しみにしているラノベの最新刊が延期されるわ、俺の高校人生、ここまで良いことがひとつも……。



「おはようございます」



 と、その時、俺の耳に可憐な声が飛び込んできた。


 挨拶は俺にかけられたものじゃない。

 それに教室の喧騒の前ではあまりに小さすぎる声で、事実、田村は気にした様子もない。

 が、俺は違う。

 絶対音感なんて大層なものは持っていないけど、彼女の声だけはたとえ十万人で埋め尽くされたスタジアムであったとしても聞き取ってみせる自信があった。


 俺は顔を机からあげて、ちらりと見やる。

 

 教室入り口付近の友達と少し言葉を交わした後、窓際の自分の席へと向かう彼女。

 ピンと伸ばした背筋に、腰まである奇麗な黒髪が映える。

 朝にもかかわらず大きな瞳は眠気を一切感じさせないほどシャキッと見開かれ、形の良い鼻梁と共によそ見などせずひたすら前を向く。

 席近くのクラスメイトたちと笑顔で挨拶を交わした後、スカートと長い黒髪に気をつけながら着席。

 そこで彼女はほっと一息つくと鞄から文庫本を取り出して、いつものように姿勢を正したまま読書の世界へと没頭していった。


 彼女は姫宮愛理ひめみや・あいり

 成績優秀で、趣味は読書。

 でも勉強のみならず運動神経も抜群で、さらに料理も上手く、裁縫もお手のもの。

 これで誰にも優しく、例えば読書中でも話しかければ迷惑そうな顔ひとつしないでにこやかに対応してくれるのだから、まさに完璧超人だ。

 

 なのにそんな彼女には特別仲の良い友達はいない。

 あまりに能力が傑出しているため、周りが萎縮してしまうからか。あるいは彼女自身ひとりで何でも出来てしまうので、周りの助けを必要としないからか。


 だから休み時間はいつもひとり読書をしている。

 騒がしい教室の中で、ただひとり静かに窓辺で読書をする彼女の姿は静謐そのもので、まるでそこだけ世界が違うようだ。


 ああ、今日も凛とした姿が神々しいなぁ、姫宮さん。

 平々凡々な俺にとって姫宮さんはまさに高嶺のフラワー。とても話しかけるなんて出来ないけれど、こうして隠れて見つめるだけでもここまで灰色な高校生活がぱぁと明るくなるような気がするぜ。


 まぁ、それだけに夢に出てくる件の女勇者が姫宮さんと同じ顔をしていることが訝しく、そして大変申し訳なく感じているんだけどな。

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