第3話 マヂ無理。っょぃ。勝てなぃ。
「……なぁ、マジでいい加減やめないか?」
「うるさい! 私は絶対お前を倒し、目的を果たすんだ!」
翌日もまた例の夢を見た。
相変わらず女勇者はバカで、当たりもしない攻撃を繰り返す。
対して俺は頭にふたつの角を持ったマンティコアで、ドラゴンと比べると少し格が落ちるものの、それでも女勇者がこれではとても決着が付きそうに無い。
そして案の定、何の進展もないまま
朝からストレスが溜まっていく一方だ。
(ああ、早く姫宮さんのお姿を拝見してストレスを吹き飛ばしたい……あ、そうだ!)
鏡に映る冴えない顔を見ながら歯磨きをしていた俺は、ふと名案を思いついた。
以前にちらりと見た、姫宮さんが読んでいた小説のタイトル。
しっかり頭の中の『姫宮さんデータベース』に収納したそれをいつか俺も読んでみようと思っていた。
なんせあの姫宮さんが読んでいたのだ、きっと名作に違いない。
それに教室で読んでいたら、姫宮さんが「あれ? 新垣君もそれ読んでるの? うわぁ、奇遇。私もその本、この前に読んだんだよ。面白いよね」なんて話しかけてきてくれる可能性があるかもよ? あるかもよ!
よし、となると善は急げ。
俺は素早く身支度を済ますと、学校へと急いだ。
目指すは高校入学以来一度も足を運んだことが無い、学校の図書館。
入ったことがないのでどれだけ蔵書があるのかは知らないが、あの姫宮さんが読んでいた本ならきっと所蔵しているに違いない!
だって俺が図書委員なら棚の片隅に『姫宮さんコーナー』を勝手に作るもの!
正直、自分でも意味不明なハンテンションだった。
ただ、さすがの俺でも図書館では静かにしなくちゃいけないことぐらい知っている。
一般的な登校時間にはまだ一時間近く早いものの、すでに開いていた図書館に足を踏み入れた俺は大人しくお目当ての本を探そうとして――。
「えっ!? ひ、姫宮さん!?」
思わず小さく声を出してしまった。
だって図書館に並べられた机の片隅に、姫宮さんの姿を見つけてしまったのだ。
よく考えたら優等生な姫宮さんのことだ、早朝のうちに登校して図書室で自習したり、本を読んでいてもおかしくない。
それでもその時の俺は思わぬ出会いに
(奇跡だ! 姫宮さんの読んでいた本を探しに来たら、本人と出会えるなんて! これはもう運命のお導きに違いない結婚しよう!)
と、すっかり舞い上がってしまった。
とは言え、その勢いのまま姫宮さんに告白できたらどれだけ楽か。
世の片思い連中の多くがそうであるように、俺も声をかける事すら出来ず、むしろ何故か本棚に身を隠して姫宮さんの様子を伺っていたりする。
どうやら彼女の方は俺に気付いていないみたいだ。
机に広げたノートを前にして、意外にも苦悩な表情を浮かべて凝視している。
成績優秀で、なんでもにこやかに軽々とこなしてみせる姫宮さんにしては激レアな表情と言えよう。
(うーむ、姫宮さんをそこまで追い込む問題って一体どんなのだろう?)
まぁ、姫宮さんと俺の成績は月とすっぽんであり、俺なんかに解けるはずもない。
が、妙に気になった。
俺は姫宮さんに気付かれていないのをいいことに、書架に身を隠して彼女の後ろに回りこむ。
そして一歩、二歩、気配を殺して彼女の背中に近付くと、そおーと机に広げたノートを覗き込んだ。
「……え?」
またまた声を出してしまった。
しかも今回は結構大きな声で。
「新垣……君?」
だから当然姫宮さんにバレてしまった。
「あ、あはは、姫宮さん、おはよう」
「うん、おはようございます、新垣君」
椅子に座って振り返りながらも深々とお辞儀するあたり、実に姫宮さんっぽい。
でも。
「……」
顔を上げて俺を見つめるその目は、無言ながらも盗み見を非難していた。
広げていたノートも素早く閉じてしまっているし、一連の様子からよほど見られたくなかったんだってことが伝わってくる。
「あ、もうこんな時間。私、教室に行きますね」
そして席を立ち、そそくさと図書館を後にする姫宮さん。
残された俺はぽつんと立ち尽くす。
(こんな時間って、始業時間にはまだ全然余裕があるんですけど……)
ここに至って俺は自分の軽はずみな行動を呪った。
やってしまった。これ、絶対姫宮さんに嫌われた。
窓からは早朝の温かい陽射しが降り注いでいるというのに、俺の心はあたかも月が隠れた夜の如く真っ暗になった。
ああ、こんなことになるんだったら盗み見なんてするんじゃなかったっ!
しかもその盗み見したノートの内容も意外なものだった。
姫宮さんが難しそうな顔をして見つめていたノート。
そこにはただ「ドラゴン。っょぃ。勝てなぃ」「マンティコア。マヂ無理」と書かれていた。
その表記もアレだが、やはり気になるのはドラゴンとマンティコアというモンスターの名称。
「俺の夢の中での姿じゃないか……」
え、一体どういう事だ?
どうして姫宮さんのノートに、俺が夢の中で演じたモンスターの名前が書かれていたんだ?
わけが分からない。
出来る事なら今すぐにでも追いかけて、姫宮さんに詳しく話を聞きたい。
「ああああ、でも俺、絶対嫌われちゃったしなぁぁぁぁぁぁ。ああ、なんで盗み見なんてしちまったんだよ、俺のバカぁぁぁぁぁぁぁ!」
図書館に俺の魂の叫びが鳴り響いた。
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