第7話 みか
僕は、とりあえず走った。どうしてかわからないケド、よく考えてみれば美夏とは一度会っただけで、深い関わりも無いんだけど、夢中だった。
美夏が死ぬかもしれないと思ったら、本当に焦った。
足がもつれるほど走った。
だから、橋の手前に美夏が立っていたとき本当にびっくりした。混乱したといった方が正しかったかもしれない。
「駿君!」
美夏が僕を呼び止めた。僕は何か言おうと口を開いたが、何も言えなかった。言う事が見つからなかったのだ。
「あなたが来るのを待ってたの。」
美夏は真剣な顔で言った。表情から深刻さがにじみ出ていた。
「落ち着いて聞いてね。」
僕はその顔に圧倒されて黙って頷いた。
美夏は目をつぶり、深呼吸をして、ゆっくり目を開いた。それから僕の目しっかりとを見てから口を開いた。
「飛び込んだのは海華ちゃんよ。」
僕には『みか』という言葉がすぐには『海華』につながらなかった。
それくらい僕は、海華がこんなことをするとは思ってなかったのだ。
「あなたの彼女の海華ちゃんよ。 手首を切って、飛び降りたの。」
美夏が僕に言い聞かせるように言った。それでも僕は信じられなかった。
何か夢を見ているようで、ぼんやりとしていた。 ちょうど夢が覚める直前に、『あぁ、これは夢なんだ。だからこんな事が起こるのか。』って思うときみたいな、夢と現実が混じっている世界を僕は体験していた。
「どいてください! 道をあけてください!!」
辺りがあわただしくなった。
気が付くと、辺りには三十人近くの人がいて、あれやこれやと心配そうな顔を浮かべて話をしていた。
こんなに人がいたんだ…。
対岸側から車輪付きのベッドが走ってくるのが見えた。
上には毛布でくるまれた人らしきモノが見えた。僕は吸い寄せられるようにベッドの方へ歩いた。
野次馬たちは皆一様に橋の両側により、救急車とベッドの間には、『道』ができていた。
僕はその道を歩いた。
何を考えていたのかわからない。
ただ、その時僕は、それが自分のためにできた道のように感じていた。
三人もいた救急隊員の人が止められなかったくらいだから、僕はかなり俊敏な動きをしていたんだと思う。
僕は、ベッドの上の毛布を剥ぎ取った。
そこには蒼い顔をした海華の姿があった。
唇も紫で、白い夏服のセーラー服は左の袖からおなかの辺りまで紅く染まっていた。
ワインレッドではなかった。
どちらかと言うと、習字の丸つけをする朱色の墨のような色をしていた。
それは僕の想像よりリアルで、鳥肌が立った。
隊員の人に突き飛ばされ、僕は尻餅をついた。
頭は真っ白だった。
脳裏には海華の姿と、両親の姿、そして空を舞う少女の姿がランダムに映った。
それらは一瞬僕の頭を占拠し、また、その次の瞬間には全く姿を消して、次の画像が現れた。耳は聞こえなかったし、その時の僕に眼はなかった。
僕を置いていかないでくれ―。
僕は人がいなくなるまで、そこに座っていた。
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