第3話 自殺という夢

変な人に関わってしまったのだろうか? 全然そんな風には見えないけど。

彼女はまだにたにた笑っている。

とりあえず僕は、さっき投げ捨てた荷物を拾うことにした。

上靴やテキストは無事だったが、よりによって画用紙に自転車のタイヤの跡が付いていた。

飲みかけだった炭酸飲料はしばらく開けたくはない感じ。僕はあきらめて、画用紙を折り曲げた。


「駿君?」

振り返ると彼女が首をかしげて立っていた。



僕も首をかしげた。なんで僕の名前を知ってるんだろう?



そういえば、どこか出会ったような気もする…。

…いや、気のせいだ。こんな美人な子、見たことない。



僕が考え込んでいると、彼女はニタァと笑った。 僕は彼女の笑顔だけは可愛くないと思った。

「なんで私が、駿君の名前知ってるか知りたいんでしょ?」

彼女は高飛車に言った。僕は負けを認めるみたいだったから、頷かなかった。



「今日、髪の長い、可愛い彼女は?」



なんでこんなに詳しいんだろう? 彼女はしてやったりと言う顔をして、まるで子供が、母親を上手く騙したときみたいな顔になった。

僕が黙っていると、彼女が口を開いた。



「私、いつもあなたと彼女がいっしょに帰ってるとこ見てたの。気づかなかったでし ょ? あなたの彼女が、あなたのことを『駿』って呼ぶから名前も知ってんの。」


全然気づかなかった。

彼女に見られていたなんて。こんな綺麗な子、絶対目立つのに。



「駿君の彼女、可愛い子よねぇ? 何て名前なの?」

僕は苛立ちを覚えた。なんでこの子に、しかもこのタイミングで、そんなことを聞かれなければならないのか。



「海華のことはきかないでくれ。今日別れたんだ。」

僕は投げやりに言って、立ち去ろうとした。


「ホント?! 私も美夏って名前なの。偶然ね。 でも別れちゃったんだぁ。…ふられたの?」

僕はホントにウンザリしてきた。「空に飛び込む」って言ったかと思えば、初対面なのに(こっちだけ?)なれなれしく名前を呼んできたり、人のこと根掘り葉掘り聞いてきて、まじでわけわかんねぇ・・・。


「俺がふったんだよ!」

つい、強い口調で言ってしまった。ここ何年か、怒った事なかったのに。ましてや、女の子を怒りに任せて怒鳴ったのは初めてかもしれない。



「まぁ。 もったいない。」

彼女は全く動じていなかった。



「あなたみたいな自分勝手な人、初めて見たわ。 あんなにあなたのこと思ってくれてる彼女をふるなんて、一体どうゆうつもり? ねぇ駿君、私が駿君の名前を知ってて、彼女の名前を知らなかったの何故だかわかる?」

ぬけぬけとよく言ったものだ。どうゆうつもりかこっちが聞きたい。

僕は、おまえの方がよほど自己中だと言ってやりたかったが、ぐっとこらえて、

「さぁ」

っとだけ言った。



「それは、駿君が海華ちゃんのことを、私の前で一度も呼ばなかったからよ。 海華ちゃんは私が覚えるくらい、駿君の事呼んでたのに。」

彼女はすまして言った。



…確かに、そうかもしれない。僕は海華のことを、大切にはしてなかったのかもしれない。


いや、してないだろう。すこし、悪いことをしたかもしれない。



なにか、もったいない気もする…。



海華のことを好きだってこと、もっと伝えるべきだったのかもしれない。



そう思うと、海華との時間を、もっと大切にしておけばよかったっという気持ちが、泉…というより、温泉の源泉が噴出したように僕の心を満たしていった。

目頭が熱くなる。何故だか、よくわからない。

僕が自殺したときに、海華のショックを少しでも軽減してやる、最善の策としてこの方法を選んだのだ。


後悔は、していなかったはずだ。

泣くなんて、無様なまねはしたくない。


それより、涙の意味がわからない。僕は死ぬんだ。そう決めた。


両親の、変わり果てた水死体を見たとき、僕は「どうせ死ぬなら美しく死にたい」と思った。

そして、無念のまま死んだ二人の二の舞にはなりたくない。

自分の死に際は、自分で決めたい。誰かの運命に指図されたくない。そう、強く思った。

だから、一番幸せだと、一番楽しいと思ったとき死ぬことに決めた。


欲は持たない。

もっと楽しいことがあるかも…、もっと幸せになれるかも…とは思わない。

それは、破滅への道だから。


この夏休みの間に、僕の夢は実現する。


後悔なんて、馬鹿々しい。


幼少のころからの夢。


何て暗い夢なんだろう。そう、思うかもしれないが、この感情は、自分の愛するものが、唯一の支えが、膨らんで誰だかわからないような姿で目の前に転がされた、あの衝撃を受けた者にしかわからないと、僕は思う。



僕は、明日死のうと決意した。 海華に会いたくてどうしようもなくなってしまう前に死ぬ必要があった。僕の夢は、たった一人の女なんかに指図されてはならないのだ。


「みか…」


口から、自然に声が出た。 ビクっとして顔を上げると、そこに美夏の姿はなかった。

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