第2話 空に飛び込む少女

僕の目の前には川が流れている。僕の両親が死んだ川だ。

海が近いせいでこの川は川のくせに潮の満ち引きに応じて、水かさがえらく増えたり、全くなくなったりする。

今は干潮らしく、水はなく、所々に大きな水たまりがある程度だ。



僕はこの川が見たくてこの町に来た。



父方の祖父母に育てられた僕は、去年までこの川を見たことが無かった。

祖父母が見たがらなかったからだ。でも僕はどうしても見たくて、この町にある高校を受験したのだ。レベルが高かったけど、無理して頑張った。

この高校しか受けなかったので、受かった場合は、祖父母は嫌でも僕がこの学校に来るのを許さざるを得ないだろうと考えたのだ。しかし、コレは僕にとっても賭けだった。

受かるかどうか分からなかったから、落ちたら高校浪人だ。



でも、僕はどうしてもこの川が見たかった。どうしても―。




明日からはこの高校に入って二度目の夏休み。

悲しんだ海華の顔を見たくなくて、今日という日を選んだ。

まっ昼間の太陽は、容赦なく僕の肌を焼き、また漆黒のアスファルトはむせかえるような熱気で僕の頭を侵しつつある。

僕はさっきコンビニで買った炭酸飲料をかばんから出し、ふと前を見た。 



―?!



少し先の、そう、ちょうど川にかかる橋の真中の手すりに、白いワンピースと言うか、ドレスを着た少女が裸足で立っているのだ。

手すりの下には白いサンダルが揃えてあり、今にも飛び降りんばかりだ。


僕は走った。上靴も、課題テキストも、折れないように抱えていたポスター用の画用紙も、全部投げ捨てて僕は走った。 


彼女を後から羽交い絞めにしたところまでは良かったが、勢いが良すぎて尻もちをつき、僕は背中まで撃ちつけ、みぞおちには少女の腰骨が刺さった。

彼女は「きゃぁ」とも「ひゃぁ」ともあらわせるような、独特の悲鳴をあげ、僕の上から飛び退いた。



「い、いきなり何するんです?!」



透き通るような、でも芯のある、鋭い声で彼女は叫んだ。



「君が、自殺なんかしようとするからだろ?!」

思わず僕も叫んでいた。


彼女はビクっとし、そのあと

「ちがいますっ。自殺なんかしようとしてません!」

と幾分落ち着いて、きっぱりと言った。


僕は予想外の言葉に一瞬混乱し、何かもごもご口を動かした。

自殺しようとしてなかったのなら、とんだかん違いだ。


「私、自殺なんかしようとしてません。」

彼女はまだ地面に座っている僕に合わせて、しゃがみこんで言った。


僕は少し恥ずかしそうにしている彼女の顔を、まじまじと眺めた。いや、眺めてしまった。


大きな眼に筋のとおった小さ目の鼻。同い年くらいだろうか…? 年上?


「…あの、心配かけてごめんなさい。紛らわしいことしちゃって…」

彼女は申し訳なさそうに、下を向いた。



「あ、いや、こっちこそ…」


「私、飛びこもうって思っただけなの。」

僕の言葉をさえぎって彼女が言った。


彼女の言っていることがよくわからない。


彼女が立ち上がったので、僕もあわてて立ち上がって後を追った。


「ねぇ、川に? 水ないケド?」

僕は無様にまぬけな質問をし、彼女を見た。


「ううん。違うの。川じゃなくて…」

彼女は手すりから身を乗り出すようにして遠くを眺めていた。


「じゃぁどこ?」

僕は首をかしげて彼女を見た。



しばらくして彼女はくるっと僕の方に向きを変えて、悪戯っぽくニタっと笑った。

そして、こう言った




「空!」



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