第5話叔父さん

 気がつくと僕は天井を見ていた。長かったような短かったような先程の情事の中で、僕はひどくカルチャーショックを受けていた。僕は少なからずアメリカを知っていたし、予想していたことがほとんどで、アメリカで暮らすようになってもさほどカルチャーショックというものを感じてはいなかった。しかし今、これは恐らくは日本とかアメリカとかとは関係なく、僕はカルチャーショックを受けた。生まれて初めて本当の意味でカルチャーショックを受けた。

 笑っちゃうことに、僕は頭の中で日本のことわざを繰り返していた。郷に入ったら郷に従え、長いものには巻かれろ、等々。目を閉じていると怖くなってハッと目を開ければ、そこには愛しいジェイスの顔があった。ジェイスは時々僕の視線に気づくと、汗ばんだ顔でふんわり笑う。まさに「セクシー」だった。だからよけいにドキドキして、そのドキドキは驚くほど心地良かった。僕は大きなショックを受けたけれど、そのことによって僕自信、少し変わったと思う。しかし必ずしも成長したとは限らない。僕はジェイスの肌に触れていないと淋しさで辛くなるようになってしまったようだ。少なくとも今はそう感じる。横たえるジェイスの方にそっと手を伸ばし、彼の腕に触るとなんとなく安心する。僕はジェイスの肩に頬を寄せて静かな眠りについていた。


 翌日は一日かけて部屋を整えた。ジェイスの叔父さんの手配でクローゼットやダイニングテーブル、サイドボードなどが運び込まれ、家具屋からは僕のデスクやソファー、電気屋からは冷蔵庫、テレビ、洗濯機、電子レンジなどが届いた。一つ二つ家具を移動させているうちに次々と新たに運ばれて来るので、食事をとる暇もないくらいに働いた。とりあえず必要分の生活用品が整うと、さすがに住居らしくなってきた。自分の荷物を整理して片付けることがまた大変で、それ程無かったはずの荷物でも、片付いたのは夜の九時頃だった。

「あの、さ、優輝」

「何?」

「あの、ベッドは、一つで、いいよな。これ以上物入れると狭くなっちゃうし、俺のベッド大きいし、ベッドは結構高いから、さ」

ジェイスは随分と遠慮気味にそう言った。そのあまりの可愛らしさに思わず僕は吹き出してしまった。

「何だよ」

ジェイスは少し口をとがらせて、ソファーにどかっと腰を下ろした。僕もその隣に座り、ジェイスの方に寄りかかって言った。

「いいよ」

ほら、こんなことをするようになるとは随分僕も変わったものだ。ジェイスも驚いているに違いない。

 ジェイスが何も言わないので頭を起こして顔を仰ぐと、ジェイスはニヤニヤして僕の方を横目で見ていた。僕はカッと顔が熱くなるのを感じてパッとジェイスから離れた。しかしすぐにジェイスの腕が伸びてきて僕を引き寄せる。恐らく僕の顔はトマト色になっているに違いない。

「あ、あの、今日は疲れたから、もう寝ようかな」

僕は立ち上がろうとしたが、ジェイスは僕を放してくれない。

「まだ九時だぜ。もうひと汗流そうか」

「嫌だよ。もう充分だってば」

「ハハハハ。分かったよ。今夜は静かに疲れを癒そう」

そう言ってジェイスは強引に僕にキスをした。でもそれで腕を放してくれた。

 二人ともシャワーを浴び、ベッドに入った。本当に腕がだるかった。

「腕が筋肉痛になるだろうな」

「重い物を随分動かしたからな。明日はどうするの、優輝」

「うーん」

別に決めていないので生返事をしたが、そこで僕はハッとした。

「ま、まずい。休みの内にレポートをやっておこうと思ってたのに、もう三日も経っちゃった」

急に引っ越すことになってしまって、当初の計画などすっかり忘れていたのだ。

「じゃあ明日は勉強か」

「うん。図書館に行って来る」

「それじゃ俺、明日御馳走作ってやるよ。一人で暇だし、休みの日ぐらいしか大がかりなもの作れないだろ」

「わーい。ありがとう。ごめんね、独りにさせて」

「いいって。今度一緒に映画でも見に行こうな」

と言うとジェイスは僕の方に体を起こしてチュッと軽く口づけをした。

「そういえば、どうしてジェイスは友達と旅行に出かけなかったの?最初から行く気なかったんでしょ」

「ああ」

ジェイスは僕の前髪を指先で弄びながら答えた。

「優輝がどこにも行かないって聞いたからさ、どうせ行くなら優輝と一緒の方がいいし、それにさ、残っていれば……」

「何?」

「優輝が夜、独りでいるわけだろ。ということは、チャンスがあるかなって」

ごにょごにょと言い淀んたけれど、何を言いたいのかは分かる。もし昨夜のことが無かったら分からなかっただろうが。

「ってことは、ディーンが言ってたことは…」

ディーンがあの夜、僕に言っていたことは大正解だったというわけだ。ディーンはジェイスの考えていることが分かっていたのだ。だからあんな風に取り乱したのだ。最後にわざと大失恋をするためにあんなことをしたのかも知れない。どうして僕なんかをそんなに好きになってくれるんだ。

「ディーンの言ってたことって何だよ」

ジェイスは少し嫌悪感の含んだ声で言った。

「いや、別に」

僕はおちゃらけてみたけれど、ジェイスは僕の気持ちを悟ったのか優しく僕の頭を撫でた。そして僕はジェイスの腕枕でぐっすり眠った。あんまりぐっすり眠ったので、たとえジェイスがいたずらしていても、気付かなかったに違いない。


 翌日僕は昼ごろまで寝ていたが、午後になってようやく図書館に出かけた。案の定筋肉痛がひどく、図書館にいてもしょっちゅう眠くなった。しかしジェイスの待つ家に帰ると思うと胸も躍る。夕方になるとルンルン気分で家に帰ってきた。

 ドアを開けようとすると、中から話し声が聞こえた。ボソボソとしか聞こえないので僕は思わずドアに耳をつけた。だって、この家に僕とジェイス以外の人間がいるなんてことはあるはずがないではないか。耳を澄ますとまず、聞き覚えの無い声が聞こえた。

「ベッドが一つしかないんだな」

「…いいだろ。ダブルベッドなんだから、二人で一つで充分なんだよ」

「お前が男と二人で寝てて、何も無いわけがない」

何の話だ。って、分かり過ぎるほど分かっているよ。誰かが僕とジェイスの関係を勘ぐっているのだ。

「な、何だよ」

「俺がお前をそういう風に育てたんだから、仕方ないか」

「あ…や、やめろよ、もうすぐ優輝が帰って来るんだから」

ん?何だか変だぞ。え、えっと、どうすればいいのだ?早く、早くしないとジェイスが危ない。

「ただいま」

僕は勢いよくドアを開けた。早くジェイスを助けるにはこれしかないのだ。

 すると。目の前に、二人の男が立ち尽くしていた。煌めくばかりの美男子が二人。もちろん一人はジェイスだ。もう一人の男は、少し年配だとは思うがまだ三十前後かと思われる。ジェイスと同じ金髪で、ジェイスよりも更に長身。その男が、何とジェイスのウエストを引き寄せて立っているのだ。しかも、僕はドアを開けた瞬間に見てしまった。その男がジェイスに口づけをしているのを。

「優輝、お帰り」

ジェイスは男の腕を乱暴に振り解き、僕の方へ歩いてきた。ジェイスはエプロンをかけており、部屋はいい匂いに包まれていた。

「彼はラルフィー。俺の叔父だ」

ジェイスは不機嫌な顔でその男―ラルフィー―を親指で指し示した。

「えっ、君の叔父さん?」

どうりで美しいわけだ。それにしてもこんなに若い人だとは。そうか、なんだ。親戚だもの、アメリカ人なんだからキスくらいするよな。ちょっとそういう挨拶のキスとは違うように見えたけど、きっと気のせいさ、気のせい。僕はホッとしてニコッと笑ってみせた。

「あの、初めまして、新藤優輝です。この度はいろいろとお世話になりました」

そしてペコッと御辞儀をすると、ラルフィーは少し目を見開き、(いつも初対面の男は僕を見てこういう反応をする)それからニコッと美しい笑顔を作った。

「初めまして、優輝。ラルフィー・ラッセルです。そうか、君がジェイスの新しい恋人か。いや、とうとう念願の日本人のボーイを捕まえたというんでね、どんな子かと思ってたんだが、ふーん、なかなか可愛いいじゃないか。これじゃジェイスを捕られるわけだ」

おや、恋人?まあそれはいいとして、捕られるとは一体どういうことだ?ジェイスは元々ラルフィーのものだったのか。

「そう、ジェイスは私のものだったんだよ。私がいろいろ教えてあげたんだ」

ラルフィーは意味有り気に笑った。何だか胸がざわざわする。何だろう、この不安な気持ちは。

「ラルフィー、もう来ないでくれ。ここは俺と優輝の部屋だ」

「ふっ、まあいいさ。たまには帰って来いよジェイス。優輝も、遊びにおいで」

そしてラルフィーはドアを出ていった。

「あ、いいの?帰しちゃって。来たばっかりなんじゃ…」

「いいんだよ。仕事のついでとか言ってたが、どうだか」

「どうして?叔父さんなら一度はちゃんと招待するべきだし」

僕はそう言いかけるとジェイスの愁いを含んだ瞳にぶつかって言葉を飲み込んだ。

「若いんでびっくりしただろ」

「うん」

「ラルフィーは、昔一緒に住んでたんだ。年も十くらいしか離れてないし、兄弟みたいに育ったんだ。親が事故で死んだとき、既に自立していたラルフィーに引き取られた。と言っても俺ももう高校生だったし、本当は一人でも何とかなったんだけどな、ラルフィーは独身だし、昔は一緒に住んでたんだからっていうんで一緒に住み始めたんだ」

ジェイスは、懐かしい話をしているはずなのに愁いの表情はそのままだった。

「でも俺は早く逃げ出したかったんだ」

「え?」

「大学の寮に入れば、あいつも来られないだろ。だからわざわざ寮に入ったんだ」

なぜジェイスがそこまでラルフィーを嫌うのか、聞くことができなかった。それからはジェイスは何事も無かったようにいつもの笑顔に戻り、オーブンからおいしそうなディッシュを取り出した。ジェイスが作ってくれた料理はとてもおいしかった。ジェイスに惚れてるせいと、こういう最高級の美しい人と一緒に食べているせいもあるかも知れないけれど、贔屓目なしでもとても良くできていた。見た目もいいし。これ以後、料理はジェイスに任せ、専ら僕は洗濯を行うことになった。食器洗いと掃除は二人で仲良くやるのだ。僕は本当に久しぶりに、いや、もしかしたら生まれて初めて、幸せを噛みしめていた。

 その夜、ジェイスは夢にうなされた。

「やめ…ラルフィー…やだ……」

かなり苦しそうにもがいているジェイスを見て僕はとても心配になった。一緒に寝ていればこういう時に気付いてあげられるからいいと思う。しかし、僕はジェイスを起こしながら複雑な心境だった。

「ジェイス、ジェイス、大丈夫?」

「あれ?……ああ、優輝」

「こんなに汗かいて。ラルフィーの夢を見ていたの?」

よく、寝言で浮気相手の名前を呼んでしまって浮気がばれるとかって聞くじゃないか。僕の複雑な心境というのはそこだ。昨日ラルフィーと会ったからと言っても、うなされるほどにラルフィーの名を呼ぶなんて。

 それに、あの時のラルフィーとジェイスはやっぱり変だった。ラルフィーは明らかにジェイスに愛撫をしていて、ジェイスはそれを拒んでいたのだ。気のせいなどではない、あの後の会話からしても、またジェイスの態度からしても、冗談ではなかったのだ。

「俺、寝言言ってた?」

「うん。うなされてたよ」

「そうか」

「……」

何と切り出して良いか分からず黙ってしまった。ラルフィーと君は一体どういう関係なんだ。叔父と甥という関係の外にもっと違う繋がりがあるのか。しかし黙ってしまったのでジェイスはまた眠ってしまったかも知れない。なんとなく自分だけが起きているのが淋しくて、僕はジェイスの方にそっと手を伸ばした。しかし僕がジェイスに触れる前に、僕はジェイスに抱きしめられた。

「ジェイス?」

起きているはずなのに、ジェイスは何も言わなかった。


 翌朝、姉の曜子から電話があった。姉は結婚して一年になる。はじめにジェイスが出て、それから僕に替わった。うちに電話がかかってきたのは初めてで、僕はちょっとびっくりしてしまった。考えてみたらまだアメリカへ来て電話を使ったことが無かった。

「もしもし」

「優輝?」

「はい」

「私よ、曜子」

「姉ちゃん?どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ。ああびっくりした。英語なんて使えないんだから、もう」

僕は笑ってしまった。ジェイスが出たので随分とびっくりしたのだろう。僕が日本語で話している間、ジェイスはソファーに座ってじっと僕の方を見ていた。僕が声を上げて笑ったのでジェイスもニコッとした。

 ああ。こうやって距離を置いて見つめられると妙にドギマギしてしまう。相変わらずジェイスはかっこよくて、同じ世界の人間とは思えない。

「優輝、一緒に住んでる子、どんな子なの?かっこいい?私がさっき話した子」

「そりゃあもう、バリバリにかっこいいよ」

「やるじゃない、あんた。普通、日本人同士固まっちゃってアメリカ人と友達になれない人が多いって言うのに、ルームメート作っちゃうなんて」

「へへ。ジェイスは日本贔屓なんだ。姉ちゃん、見たらびっくりするぜ。もう、すっごくかっこよくて美しい人なんだから」

「へえ。いいなあ」

僕はこんな風にジェイスのことを褒めることが出来るのは初めてなので、興奮気味に話してしまった。しかも本人の前で、こんなに大きい声で言っているのに、その本人は僕が何て言っているのか分からないのだ。何てエキサイティングな情景だろう。

「たまにはうちにも電話しなさいよ。あと、そのかっこいい彼の写真、送ってね」

「うん」

うちにも、というのは、姉は当然僕が両親の所には連絡を入れていると思っているのだ。電話はそれで終わった。僕はなんとなく月岡芳年の絵を見た。受話器を置きながら、胸の内が震えているのが分かった。また、ホームシックなのだろうか。僕は今、こんなに幸せなのに。日本になんて帰りたくないのに。

「優輝…今の人、彼女?」

ジェイスがいつの間にか心配そうな目で僕の顔をうかがっていた。さっきまでの眼差しは余裕だったのに、いつから心配していたのだろう。

「違うよ、姉だよ。曜子って言うんだ」

「ふうん、姉さんか。いいな、兄弟がいて」

「ジェイスは一人っ子なのか」

「ああ」

ラルフィーと二人きりで住んでいたのか。そう思って僕はハッとした。そうだ。ジェイスがラルフィーに引き取られた高校生の時から、二人は二人きりで暮らしていたのだ。ラルフィーは独身でジェイスは一人っ子なのだから。逃げ出したかったとジェイスは言った。それって…まさか。

「さっきさ、優輝、笑ってただろ。俺、初めて聞いたな、優輝の笑い声」

「そ、そう?」

「俺といて、楽しくない?」

「まさか、そんなこと、あるわけないだろ」

僕は慌ててソファーに座っているジェイスの側に駆け寄った。そしてジェイスの肩に両手を掛けて、目を覗き込んだ。

「なぜ、君ほどの人が不安になるの」

「だってさ、俺、日本語分からないから」

「……」

何も言えなかった。ある意味、ジェイスの不安は的中している。僕は日本語を聞いている時はリラックスしているが、英語の時はまだリラックスできていないのかも知れない。だから声を立てて笑うこともないし、心から楽しむまでには至っていないのかも知れない。人種の違いを強く意識した。僕達には壁がある。どちらか片方が乗り越えなければならない壁。両方が歩み寄っても駄目なのだ。英語か日本語か、どちらかで会話をしなければならないのだから。

 僕はそのまま図書館に行った。決まっている。英語の壁を乗り越えるのは僕だ。僕がジェイスにしてあげられることなどあまり無いのだから。今日はいつになく勉強に気合が入った。日が暮れるまで書物にすがりついていた。


 家に帰って来ると、家の中は静まり返っていた。そう言えば今日のジェイスの予定は聞いていなかった。

「ただいま。ジェイス?いないの?」

部屋は真っ暗だった。しかしジェイスはいた。ベッドに寝ていたのだ。ベッドがかなり乱れている。具合が悪いのかと思い、僕は急いでベッドへ駆け寄った。

 すると、なんとジェイスは裸だった。

「あ、優輝、お帰り。ごめん、夕飯用意してなくて」

僕は稲妻に打たれたように立ち竦んだ。ジェイスは起き上がったけれど、その胸にはあちこちに赤い班点が付いている。そして、そしてジェイスの顔には涙の跡があったのだ。「ジェイス…どうしたの、一体…」

ジェイスは目を逸らすと、立ってバスルームへ行った。僕はまだ動くことが出来なかった。何があった、一体、何が。

 僕達はそれから外へ食事に出かけた。さっきからジェイスは僕の方を見ない。僕は不安で胸がつぶれそうだった。

「何が、あったの?」

僕は、レストランで注文が済むと同時に、恐る恐る聞いてみた。

「聞いても、俺を嫌いにならない?」

ジェイスは怯えたような目で、ようやく僕の目を見た。

「ならないよ、絶対。当たり前じゃないか」

「ラルフィーが来たんだ。昼過ぎに」

「ラルフィーが?」

「そう」

「…ラルフィーに乱暴されたの?でも、まさか、叔父さんなのに」

「あいつは、俺を、体目当てで引き取ったんだ」

「えっ」

「もちろん、そんなことは知らなかったよ。ガキの頃はいい兄貴だったんだ。でもあいつは、ゲイというよりナルシストだった」

「自己愛者か。美しいから…」

「俺は血も繋がってて似てるし、ガキの頃からラルフィーは俺のことだけは可愛がってくれた。引き取るって言ってくれたのも、俺は当然だと思ってたけど、あいつは下心たっぷりだったんだよ」

「じゃあ、高校生の頃から…」

「いろいろいたずらされてよ、すぐに犯られたよ。ずっといい兄貴だと思ってたのに。養ってもらってるから、抵抗出来なかった。ずっと。だから寮に入ったんだ。それでも今もまだ学費払ってもらってるし…」

「ごめん、僕のせいで寮を出ちゃったから」

「優輝のせいなんかじゃないよ。俺は優輝と暮らせて超ハッピーなんだ。別にラルフィーに何されても、俺は構わないんだ。けど優輝、俺はお前だけだから」

「そうだ。僕はいくら君の叔父さんでも、ラルフィーは許せない。二度とジェイスに触れさせたくない」

いつになくキッパリと物を言った僕。だからってどうすることもできないのに。それでもジェイスを元気づけることは出来たようだ。拳を握る僕を見て、ジェイスはやっと笑顔を見せた。

「ありがとう、優輝。でも、お前は何もしなくていい。俺が何とかするよ」

「何とかって?」

「俺を信じてくれ。俺を嫌わないでくれよ」

ちょうどメニューが運ばれてきた。

「じゃ、食べようか」

「…うん」

まだ僕はあまり納得していなかったけれど、信じてくれと言われては、もう何も言えない。ジェイスは涙を流していたのに。あんなにショックを受けていたのに、僕は何も出来ないのだろうか

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