第3話事件

 大学生活が始まって、いつの間にか三か月になろうとしている。波乱含みだった僕の生活もだいぶ落ち着いてきた。そして初めての連休、感謝祭が訪れようとしている。旅行の計画を立てる学生たちは、時々エキサイトしている。キャンパス全体がなんとなく浮かれているという感じだ。連休は、日本に帰るほど長くはないし、テストの準備やレポート作成に他の学生たちよりも時間のかかる僕としては、ここである程度遅れを取り戻さなくてはならない。まあ僕は四年間かけて卒業するつもりだし、旅行はまた来年か再来年に行けばいい。

 休みに入る日が明日に迫った十一月の第四水曜日、呑気に構えていた僕は、思いもよらぬ事件に出くわしてしまった。

「じゃあな、優輝。また明日」

「おやすみ、ジェイス」

僕とジェイスは夜、待ち合わせて少しの間二人きりで話をしていた。そしてジェイスは僕にキスをして今日のお別れを告げた。相変わらず忙しい僕は、毎日辞書や参考書を調べまくっており、そうそうしょっちゅうデートは出来ないのである。本当に情けない。それでもジェイスは飽きずに僕とつき合ってくれている。それが不思議なくらいで、要するにこの恋には不安が付きものなのである。超人気者のジェイスと毎日あくせく勉強する余裕のない僕の恋なんて。おまけに僕は、二人きりになってちょっとムードが出たりすると心臓ドキドキ、そして幸せいっぱいになっていく。つき合い始めたときより、今の方がもっともっとジェイスを好きになってしまったことは揺るぎない事実なのである。ただ、周りも僕のことをジェイスの恋人として認めてくれて、時にはグループの中に入って話をすることもあり、身体の危険という面での不安はほとんどなくなった。さすがにジェイスに殴られた奴らは僕を憎んでいるみたいだが。しかし暇の少ない僕としては、ジェイスがスポーツをしたりショッピングに出かける間もその仲間に加われず、図書館通いということが多く、いたって交際が狭くて浅いのである。ジェイスが他の友達と旅行へ行くのかどうか、実のところ僕は知らない。僕が聞けないだけなのだけれど。部屋に帰ると、ディーンは明日の旅行の用意をしていた。

「キャンプに行くんだ。明日の朝早くに出る。ねえ、本当に行かないの?」

「うん。いろいろやることがあるから。楽しんで来てよ」

「帰ってきたら、たくさん話をしてあげるよ」

「うん、楽しみにしてる」

「…なあ、優輝、もしかしてジェイスと一緒に過ごすのか?」

ディーンは手を休めて僕の顔をじっと見つめた。

「いや、彼とは何の約束もしてないよ。ジェイスが旅行に行くのかどうかも知らないんだ」

そして僕はバスルームに入った。出て来るとディーンはまるでさっきのまま動いていないかのように僕のベッドの前に立ち尽くしていた。

「どうしたの?まさかずっとそこに立ってたわけじゃ…」

「優輝」

「何?」

僕はパジャマの上にガウンを羽織ってベッドに腰掛けた。

「ジェイスは旅行には行かないそうだよ、独りだけ。仲間は行くのに。それって、やっぱり君と約束してるからじゃないの?」

「え、知らなかった。ジェイスは行かないのか。でも僕と約束してるんじゃないよ。これから誘われるかどうかは分からないけど」

「誘われたら行くのか?」

「えっと…忙しいからね。泊り掛けの旅行には行かないよ」

「そう。じゃあジェイスが夜、この部屋に来たらどうする?」

「え、いや、君のベッドは貸さないよ」

「じゃあ君のベッドで一緒に寝るの?」

ディーンはいつになく激しくそう言うと、いきなり僕の上にのしかかってきて―僕の唇に無理矢理キスしてきた。ビックリして僕がもがくと、ディーンは僕を押えつけ、唇を僕の頬や首筋に移動させながら途切れ途切れに呟いた。

「僕は心配なんだ。僕がいない間に、君がジェイスに完全に奪われてしまう」

「やめて、お願い、ディーン」

「君はジェイスの恋人なんだ。だから仕方ないって分かってるけど、君はこんなに綺麗なのに、純粋なのに。僕はずっと耐えてきたのに」

ディーンは僕のパジャマのボタンを二つばかり外すと、唇を胸へ移動させてきた。僕はまずい、と反射的に判断したのか、思いっきりディーンを突き飛ばした。ディーンは床に倒れた。そしてひどく辛そうな表情で、僕から顔をそむけた。僕は慌てて廊下に飛び出した。ガウンのままで廊下に出たりしてはいけないのだが、もう廊下には誰もいなかった。僕は走ってジェイスの部屋へ行った。ただ夢中で。ディーンは好きだけれど、だからこそ今の不快感はどうしようもなく悲しい。早くジェイスに会いたかった。

 しかし、ジェイスの部屋の前で、ドアを叩こうとしてハッとした。ジェイス一人の部屋ではない。こんな夜中に訪れるなんて迷惑に違いない。もしジェイスが、もしも同室者とイケナイコトをしていたら。ジェイスは僕の恋人だ、そんなことはあるはずがない。だけどジェイスはゲイで、毎日男と一つの部屋に寝泊まりしていたら。ディーンはさっき「ずっと耐えてきたのに」と言った。でも耐え切れなくなってあんなことをしたのだ。ジェイスはゲイなんだし、相手にもしその気があったら、軽い気持ちでそういうことになりはしないか。僕が突然押しかけて、すごく迷惑がられたら、僕はどうしたらいいのだろう。

 僕は行くところがなくなってしまった。素よりあの部屋以外に僕のいる場所などない。それがあの部屋には帰れなくなってしまったのだ。何をしているのだろう、僕は。何のためにここにいるのだ。何だか悲しくなってきた。ドア一つ隔てた向う側には愛しいジェイスがいるというのに、何故かドアの向こうを見る勇気が出ない。突然の来訪はこんなに恐ろしいものなのだろうか。僕に隠しておきたいものを今、広げているような気がしてならない。そして僕は独り。今夜、どうしたらいいのか、途方に暮れている。僕はジェイスの部屋のドアの横にしゃがみこんだ。壁にもたれかかっていると、カチャッとドアが遠慮がちに開いた。

 まずい。僕は泣いているではないか。慌てて涙を拭うと、心を震わす綺麗な声が耳に入った。

「あれ?優輝か?どうしたんだ、スリッパのままで」

僕は振り返った。その声の主が恋しくて胸が震えた。

「ジェイス!」

「優輝、泣いてるのか?」

僕は思わずジェイスに抱きついた。ジェイスは後ろ手にドアを閉めた。

「とにかくパーティールームに行こう」

そう言ってジェイスは僕を促した。


 「どうしたんだ。ディーンに何かされたのか?」

そう言ってジェイスは僕の顔を除き込んだ。明かりを付けると目立つので、暗い部屋の隅に二人で腰掛けた。

 ジェイスは僕の頬の涙を拭ったが、次の瞬間、カチッと体を強張らせた。僕は涙目でジェイスの顔を見た。ジェイスは僕の胸元を見ている。ボタンが二つ外れたままになっていた。

「…これは、キスマークじゃないのか?」

「……」

僕は何も言えず、その代り大粒の涙をポロリと一粒こぼした。

「あ…のヤロウ!」

ジェイスは拳を握り締め、今にも立ち上がろうとした。僕は慌てて抱きついた。

「僕はディーンが好きなんだ。友人として…」

「…分かってるよ」

ジェイスは一つ溜息を吐くと、僕を思い切り抱きしめた。

「大丈夫か?」

「うん」

「風呂上がりなのか?髪が濡れてる」

「うん。ごめんね」

「何が」

「突然、夜中に押しかけて」

「押しかけてないじゃんか。ただ部屋の前にいただけだろ。遠慮しないでノックすればよかったのに」

「うん、でも…。そう言えば、どうしてドアを開けたの?」

僕はようやく落ち着いてきて、涙も止まった。まともに頭が働くようになると、ジェイスが本当は別の用事があったのではないかと心配になった。

「何か用事があったんじゃ」

「違うよ。そうだな。なんとなく外が気になったんだ。物音がしたというわけでもないんだけど…。ま、優輝が泣いてたんじゃ、気づかない方がおかしいよな。けどお前、遠慮し過ぎだぜ。たとえどんな用事があったって、悲しむ優輝を放っとけるわけがないだろ。俺が優輝のために何かするのは当たり前なんだからな」

「うん。ありがとう」

「それにしても…」

ジェイスが言葉を切ったので、おやと思ってジェイスを見上げると、ジェイスは僕の胸元の方を見ていた。僕と目が合うと、バッと赤面したように思えた。暗いのではっきりと色が見えるわけではないのだが。

「色っぽいよな。濡れた黒髪ってホントに…。ディーンがその気になるのも分かるっていうか。いや、実際に手を出したことは許せないけど、まあ気の毒だよな」

ジェイスは僕の肩に回していた手をパッと引っ込めた。色っぽいと言われるのは、どうも調子が狂ってしまう。僕がどうすれば色っぽいということになるのだろうか。さっぱり分からない。それでも僕は、パジャマのボタンをきちんと留めると乱れたガウンを直した。

「今夜はどうする?俺の部屋に泊まるか?」

「でも、同室者がいるだろう?」

「うーん、まあな。ディーンは感謝祭はどうするって?」

「明日、朝早く出かけるって。授業の始まる前日に帰って来るらしいよ」

「そうか。じゃあ、とりあえず今夜さえ乗り切れば、後はゆっくりと先のことを考えられるな。どうかな、ここで夜を明かすってのは。もちろん俺も一緒に」

「ジェイスも?」

「もちろん」

「ありがとう」

「よし、決まり。毛布を調達して来るから、待ってろよ」

ジェイスは急いでパーティールームを出ていった。ジェイスは何て優しいのだろう。感激して涙が出るくらい。一度緩んだ涙腺はなかなか締まらない。ホームシックで泣いてる暇もなかったが、一度泣いてしまうと、今までの不安や心細さが一度に流れ出て来るようだ。

「お待たせ」

ジェイスが戻ってきた。両手にモコモコの毛布を抱えている。なのに僕はまだ涙でグチョグチョの顔をしていた。それでも僕はニッコリ笑った。暗いから泣いているのが分からないだろうと思ったのだ。しかしジェイスは僕を見て目を見張った。

「泣くなよ、優輝。俺がついてるから」

そしてジェイスは僕にキスをした。いつものキスとは違って激しいキスだった。鼻が詰まっているせいもあって息苦しくなり、キスの合間に大きく息を吐くと、ジェイスはビクッと体を震わせた。そして僕の肩に置かれていた手は僕の背中へ回され、激しく愛撫した。

「…ジェイス…」

「…ん?…」

「苦しい」

「え?!」

ジェイスは驚いて唇を放した。

「あ、あの、鼻が詰まってて…」

ジェイスはきょとんとした表情をしたが、すぐにフッと笑顔になった。

「ほら、鼻かめよ。そこにティッシュあるから。それじゃ、毛布を敷くぜ」

ジェイスは二つの毛布を持ってきていた。

「一つを敷いて、一つに包まればいいよな」

「二人で包まった方があったかいだろ」

ジェイスが遠慮がちにそうつけ加えたので、鼻をかんでいた僕はブッと吹き出してしまった。

 僕達はぴったりくっついて毛布に包まった。毛布を敷いてはいても、その上に横になったのでは寒いので、壁によりかかって座ることにした。ジェイスが僕の肩に腕を回したので、僕は頭をジェイスにもたれた。

「あのさ、優輝」

「ん?」

「寮を出て、一緒に暮らさないか?」

「え?」

「だってさ、もうディーンと同じ部屋で暮らすことはできないだろ?」

「…うーん」

「たとえルームメートを交替できたとしても、俺でない限りまた同じ事が起こるかも知れない」

「どうして?」

どうして僕だけ誰にでも襲われるわけ?

「だって、ディーンはゲイじゃないじゃんか。それなのにお前に手を出したということは、お前がよっぽど男にモテるということだろ?」

「でも今まではそんなこと一度もなかったよ」

「じゃあ、アメリカン・ボーイにモテるんだ」

「そうかなあ」

「そうだ。優輝は可愛いい。たとえ同室者が女になっても、女の方より優輝の方が危ない」

偏見というのか欲目というのか、ちょっとジェイスは僕を美化し過ぎているのではないだろうか。しかしジェイスと一緒に暮らしたらどんなに楽しいだろう。

「一緒に住むって言っても、どこに?」

「この近くのアパートを借りようよ」

「うーん、だとすると、炊事洗濯、買物、掃除を自分たちでするんだろ」

「さぼったって大丈夫さ。でも一緒に買物行ったり掃除したりっていうのも楽しいと思うけどな。それに俺、料理けっこうできるんだぜ。だから、たまには手料理作ってさ」

話を聞いてるうちに僕はワクワクしてきた。夜遅くに図書館へは行けなくなるけど、その分先に済ませてから帰ればいいんだし、今までよりももっとジェイスと一緒にいられるのだ。

 しかし僕はハッとした。同じ部屋に住むということは、それが恋人同士なら同棲するということだ。つまり、体の関係を持つということではないか。

「どう?」

「うん。楽しそうだね。でも…少し考えさせて」

「怖い?」

「何が?」

「俺のこと、怖い?」

「……」

「やっぱ、何もしないっていう約束はできないもんな」

僕はうつむいた。嫌ではないのだ。むしろ、欲しいと思ってくれることは恋人としては嬉しいことだと思う。しかし男同士ということで、まるで僕は前科者にでもなってしまうように、取り返しのつかないことのように思えてならなかった。

「嫌か?別に体が目当てじゃないからいいんだ。ただこうして触れ合っていることができるなら。でも、抱き合えばもっと愛を確かめ合える。…いいと思うぜ。気持ちいいんだよ」

「ジェイス、僕は君が大好きだ。愛してる。だから…」

「だから?」

僕は大きく息を吸った。

「君が望むものなら全てあげる」

「優輝…」

「本当は怖いんだ。だけど君を失うことの方がもっと怖い。それに、君を信じてるから。君がいいって言うならいいものだと思うんだ。よく、分からないけど」

ジェイスは僕の頬にそっと触れた。

「熱くなってる」

僕は顔を隠すように、ジェイスの胸に顔を押しつけた。

「急がないよ。でも引っ越しは急ごう。この連休のうちにね」

「うん」

それから僕達は黙って寄り添っていた。ずっと忘れていた、人に寄りかかる心地良さを思い出してしまった僕。もうジェイス無しでは生きられない。ジェイスがいつ眠ったのかは分からない。だからきっと僕よりも後に眠ったのだろう。ジェイスが眠らずに何を考えていたのか、少し分かるような気もするが、とりあえず僕はジェイスに全てを任せるつもりで、ただジェイスに寄りかかっていた。


 翌朝、僕は目を覚ました。座っているので眠りも浅いらしく、まだ寮内は寝静まっている時間だった。

 ジェイスはまだ眠っていた。僕の肩に腕を回したままぐったりと僕に寄りかかっている。少し動けば唇が触れるくらい近くにいる。寝息が微かに頬に当たっている。考えて見ればジェイスの寝顔など、初めて見る。何だかドキドキして、じっとしていられなくなってきた。二人の体の触れている部分全てが熱い。

「…優輝…」

ジェイスが突然囁いた。寝言かと思ったけれど、思わずジェイスの方を見た。

「え?」

少しでも動けば唇が触れるくらい近くにいると前述したはずである。反射的に振り向いた僕。当然ブチュッとなってしまった。

 パチッと目を開けたジェイス。僕だってビックリしたけれど、ジェイスの方がもっとビックリしたことは無理もない。

「いや、あの、違うんだ。偶然で」

しかし慌てたのは僕だけ。ジェイスはニッと笑うと、改めて僕の唇を奪った。

「おはよう、優輝。いい朝だな」

「おはよう、ジェイス」

僕は照れ笑いをしてそう言った。なんとなく外がゴトゴトしてきた。早朝から出かける人が多い。もうすぐ寮は空っぽになってしまうのだろう。

「俺さ、叔父さんとこ行って、寮から出ることを相談してくるよ。多分すぐ手配してくれると思うんだ」

「叔父さん?」

「そう。親父の弟。俺さ、両親いないんだ。三年前に死なれちゃって、それ以後叔父さんに養ってもらってるんだ」

「そうなんだ」

「優輝も家に連絡しとけよ。あと、早速荷物もまとめといた方がいいな。ディーンが帰って来てからだと荷物出しにくいだろ」

「う…ん。ディーンに何て言えばいいんだろう。なんか、出てったりしたら傷つけちゃうんじゃないかな」

「俺が話すよ。ディーンもショックだろうけど、自業自得。自分でも分かってると思うから、大丈夫だよ」

ジェイスに全て任せようと決めたのだ。僕は今更迷うのをやめた。

「うん。分かった。それじゃあ荷物をまとめとくよ。ああ、でもお金はどうしよう。家賃ってどのくらいするの?」

「ああ、いいよ、気にしなくて。食費だけでいい」

「そういうわけには…」

「いや、俺の叔父さんて仕事上あちこちにマンションとかアパートとか持ってるんだ。本当は俺が大学に入ったときもこの近くのを貸してくれるはずだったんだけど、俺が敢えて寮がいいって言って断ったわけ。だから元々俺が独りで住む所に優輝が来るだけなんだからさ、家賃はいらないよ」

何だかよく分からない話だ。あちこちにマンションを持っているなんてどういう仕事だ?不動産屋か?それとも大金持ちか?いくら持っていると言っても、ただで貸したら赤字じゃないのか?うーん。

「いいって。優輝が一緒にいてくれれば、俺はすっごく幸せなんだし。な」

そう言ってジェイスはウィンクした。それでも僕はどうしても気がかり。

「もうっ。日本人は慎み深いって言うけど、得な話はのっとくもんだよ。こういう場合、アメリカ人なら絶対オーケーするんだから」

そうかなあ。確かに、別にジェイスに騙されるわけじゃないんだし、ジェイスが家賃を払ってくれるっていうのとは違うのだし、得な話だけど。

「それは、君の叔父さんに負担をかけることにはならないの?」

「ならないよ。元々誰も使わずに持ってるところなんだし、俺が使う予定だったんだし」「本当に、ジェイスが損するってことはないの?」

「ない。それじゃ、決まりね」

「う、ん」

ジェイスはパッと嬉しそうな顔をした。

「それじゃあ、ディーンに予め話しとくか。きっと後悔で眠れずにいるんじゃないか」

ちょっと胸が痛んだ。ディーンはあんなに優しくしてくれたのに、こんな風に僕が避けてしまうなんて。ジェイスは僕の顔が曇ったのを見て取ると、優しく僕の頭に手を置いた。

「仕方ないさ。友情と愛情は違うんだ。どの道今のままの生活はできない。たとえ優輝に手を出さないって約束させても、ディーンはまた辛い日々を送ることになるんだからな」

「うん」

僕達は毛布を片付け、僕とディーンの部屋に行った。

 部屋に入ってビックリした。ディーンはほとんど昨日のまま、荷物は中途半端なままで、電気も付けっぱなし。そしてディーンは僕のベッドに腰掛けたままだったのだ。

「ディーン…」

胸が詰まった。なぜ、なぜ僕なんかを好きになったの、ディーン。ディーンは呆然として振り返った。僕の後ろにジェイスの姿を認めると、唇を噛んで目を逸らした。ジェイスは僕の前へ歩み出た。すると突然ディーンの胸倉を掴んだのだ。僕はビックリした。

「や、やめて、ジェイス」

「分かるか、ディーン。優輝はお前を庇おうとしてるんだぜ。でも俺はもう、お前の所に優輝を置いておけない」

ディーンは哀しそうな瞳を上げ、ジェイスを見た。

「俺は寮を出て、優輝と一緒に暮らす。お前がいない間に引っ越す」

そういってジェイスはディーンを放した。ディーンは僕を見た。

「ごめん、優輝。でも出て行かれても文句は言えないよ。もう僕は耐えられなかったんだ。これからも、何事も無く一緒に暮らしていくなんて多分できない。だから、友人でいるためには別々に暮らすしかない」

ディーンは涙を流した。

「ごめん、ごめんな、優輝」

「ディーン、ディーン、泣かないで」

僕はディーンへ走り寄ってベッドに腰掛けた。

「ディーン、君は本当に優しくて、大好きだよ。感謝してる。だからもう謝らなくていいから、いい友達でいよう」

ディーンは何度も頷きながら涙を拭った。

「じゃ、俺は着替えて来る。二人きりになっても、変なことするなよ」

ジェイスは優しくそう言うと、部屋を後にした。ディーンはバスルームへ入っていった。ディーンはたぶん一睡もしていないのだろう。それでも僕が出ていくのを見ているよりは旅行に出かけた方がいいに違いない。ディーンはシャワーを浴び終えるとじきに出ていった。そして僕は着替えを始めた。

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