第2話まな板の上の鯉

 「優輝、朝だよ」

僕はディーンにゆさぶり起こされた。なかなか寝付けなかったが、一応少しは眠ったようだ。僕はぼんやりと目を開けておはようと言った。そして起き上がってディーンを見た。ディーンは既に着替えて髪を整えていた。僕は昨夜、ディーンに言われたことを思い出した。ディーンは僕を好きだと言ったのだ。僕はディーンのことが好きだ。でも間違いなく恋じゃない。

 そうか。ディーンに対する気持ちは恋じゃないとはっきり分かる。ということは、やっぱり、ジェイスに対する気持ちは恋だ。

 ディーンはこんなに優しいのに、僕はディーンの気持ちに応えられずにやっぱり傷つけるのだろうか。

 もうやだ。

「優輝、どうしたの?」

僕がベッドに腰掛けたまま顔を伏せると、ディーンは僕のベッドに腰掛けた。僕が顔を上げると、ディーンは微笑んで言った。

「あんまり悩まない方がいいよ。昨日僕が言ったこともさ、忘れてとは言わないけど…急いで答えが欲しいってわけじゃないし。今まで通りでいいんだから」

ディーンは本当に優しい。僕はこっくりと頷いた。


 さて、僕はジェイスに対する気持ちに気づいてしまった。しかし、もうジェイスは僕の方を見ようともしない。もう一度ジェイスと話がしたい。もっと近くで笑顔が見たい。教室の隅で遠くにいるジェイスを眺め、思わず涙ぐみそうになる僕。どうすれば良かったのかは問題じゃないよね、これからどうすればいいのかが問題だ。とにかくジェイスに事情を話して謝って、とりあえず挨拶くらいはするようになりたい。しかし、話しかけて無視されたらどうしよう。怖い、怖い。でも話したい。カールとも仲良くなったし、そこそこ日本人の男の子とも話をするようになった。友達が欲しいとか、失うのが怖いとかそういう問題ではない。恋愛なのだ。

 僕は放課後、ものすごくドキドキしながらジェイスを探した。場所はだいたい見当がついている。外へ出るにしても寮に一度戻るはずだし、スポーツをするなら中庭だろう。 探している途中でディーンに会った。なんとなくジェイスを探しているとは言いづらくて、寮に戻ると言って一緒に寮へ向かった。

 「もうちょっと髪伸ばしたら?」

「でも暑苦しいだろ」

「そんなことないよ。きっと綺麗だ」

ふとそんな会話が耳に入った。あれはジェイスの声だ。そこは学舎から寮へ行く通路だった。足を止めて左の方を見遣ると―

 やはりジェイスだった。ジェイスは学舎の壁に手をついて立っていた。そしてその目の前で壁に寄りかかって立っているのは、なんと、キアヌ・リーブスかと思う程美しい男。黒髪で黒い瞳をした綺麗な男だったのだ。そこにはあまり人もいなくて静かだった。だから十五メートルくらい離れているのに声が聞こえたのだ。こんな所で二人で話しているということは、ただの友達同士の立ち話ではあるまい。

 恋人同士。ジェイスは黒目黒髪の男が好きなだけだった。僕なんかより彼の方がずっと綺麗だし、だからジェイスはもう僕のことなど好きではないのだ。あの男のことが好きになったのだ。もう取り返しがつかない。

 いつの間にか涙が流れていた。前が見えない。ジェイスが振り返ったような気がした。でも振り返る寸前、目の前がボヤけてしまった。

「優輝」

ディーンが僕の肩を抱き寄せた。そして流れる涙に口づけをした。僕はハッとしてこの場から逃げようとした。でもどっちに逃げればいいのかよく分からない。僕がふらつく足取りでディーンから離れようとするとディーンは僕を強く引き寄せ、抱きしめた。

 足音がした。駆けてくるような足音が。どんどん大きい音になる。僕の体が大きく揺らいだ。そしてもう一度がっしりと抱きしめられた。いい香りがする。いつかドキッとさせられたあのコロンの香りだ。

 僕を抱きしめたのはジェイスだった。

「何だよ、ジェイス」

ディーンは本気で怒鳴った。

「何だよ、勝手だよ。もう優輝に手を出すなよ。優輝はお前のせいで妬まれて、傷つけられたんだぞ」

「本当に?ごめん、ごめん優輝。俺、知らなくて。俺、優輝に嫌われたのかと思って、ショックだった。やっぱり諦められないんだ」

「…ジェイス」

「お前がディーンに抱きしめられるのを見て、もう抑えられなかった。俺は優輝が好きだ。俺が守る。きっと守ってみせるから。俺の側にいてくれよ、優輝」

ジェイスは更に強く僕を抱きしめた。僕は小さく頷いた。もう自分の気持ちをはっきりと知ってしまったから、今更躊躇うことはない。自分がこんな風に人前で泣いてしまったことも信じられないが、それほどジェイスに本気だったのだということが何だか信じられない。しかしその通りなのだ。こうして抱きしめられていると嬉しさで顔が熱くなる。

「本気で守れよ、片時も離れるなよ」

ディーンは吐き捨てるようにそう言って独りで寮に向かっていった。

「ディーン…」

僕は顔を上げてそう呟いた。ディーンは振り返らずに片手を上げた。「いいよ」と言っているのだろう。

「恋愛には犠牲がつきものだよ。みんなが幸せになるって言うのはほとんど無理だから」ジェイスはそう言って僕の頭を撫でた。僕はなんとなく恥ずかしくなってジェイスから離れ、目を擦った。そしてジェイスとちょっと目を合わせて二人して照れ臭そうに笑ってしまった。気がついてみると、さっきのキアヌ・リーブス風の男はもういなかった。

「一緒にいた人、いいの?」

僕は一応そう聞いてみた。

「ああ、やけでナンパしかけたんだけど、まだつき合ってくれとも何とも言ってなかったから平気だよ」

本当に平気なのだろうか。ナンパされてる途中でこうなっては…しかも相手がジェイスで、かなり期待しかけたところで放り出されたらショックだろうし、やっぱり僕に対して怒るのではないだろうか。

「でもあの人、綺麗だったね。本当に彼より僕の方がいいわけ?」

「そりゃそうだよ。優輝より綺麗で可愛いい奴なんて、いないよ」

「そ、そんなこと…」

見つめられてそんなことを言われては、僕は立っていられなくなるほどメロメロになってしまう。

「そういう仕草がまた、たまらなく可愛いいんだよな」

そう言ってジェイスは僕の唇にチュッとキスをした。

 ああ助けて、さっきから心臓が爆発しそうだ。


 「朝だよ、優輝」

「…ああ、おはよう、ディーン」

目を擦って起き上がる。まだ眠い。昨夜は寝不足だったからだ。どうして眠れなかったんだっけ…?

―そうか。昨日はジェイスと×××。

昨日はジェイスに告白され、僕達は両想いになった。そしてその後何時間もあのままいろいろ話していたのだ。いや、話などろくにしていなかっただろう。時々お互いの手に触れ合っては照れ笑いをしていた。夜はさすがに宿題をしなければならず別れ、僕は夜まで図書館にいたのだ。しかしベッドに入ってもなかなか寝付かれなかった。どうしても胸がドキドキしてしまって落ち着けないのだ。それでもいつの間にか眠っていたらしい。今さっきディーンに起こされたのだから。

 ふと、昨日のことが全部夢だったのではないかと思ってしまう。ディーンもいつもと変わらない。だからといってディーンに昨日のことを聞くわけにもいくまい。僕はのっそりとベッドから立ち上がった。

 朝はいつものように学生でごった返している。しかしいつもとはなんとなく違った雰囲気だった。鋭い眼光があちこちで光る。時々人と思い切りぶつかってしまうのは、偶然ではないようだ。僕は不安になってきた。ジェイスと両想いはハッピーだけど、またいじめに遭ったらどうしよう。もうディーンに助けを求めるわけにはいかないだろうし。「優輝、僕から離れるなよ」

しかしディーンは僕を庇おうとしてくれる。僕は何だか心を打たれた。目が潤んできてしまった。

「ありがとう、ディーン。君は何て優しいんだ」

「優しい男は好きだろ」

ディーンはニッと笑った。僕はコツンと頭をディーンの肩につけた。

「こら」

突然そう聞こえたかと思うと、僕の頭はディーンと反対側に引き寄せられた。

「浮気するな」

「ジェイス」

ジェイスはただでさえ目立つというのに、僕の頭を自分の胸に抱き寄せたりするものだからばっと周囲の視線を浴びた。

「まったく」

ディーンは肩を竦めた。しかし昨日のような不機嫌さはない。ディーンは大人だと思った。

「優輝、昨夜はよく眠れた?」

ジェイスは突然こんなことを聞いた。

「全然」

「おや、どうして」

「それは…」

どうしてなのかはよく分からなかった。ただ眠れなかったことだけは確かだ。

「大丈夫。俺が守るから、安心していいよ」

ジェイスは僕が不安のために眠れなかったと思ったらしい。そしてジェイスは僕のおでこにキスをした。

「あ、あの、ちょっと、こんな所で」

僕は慌てふためいて手をばたつかせた。顔は真っ赤になっていたに違いない。

「どこだって俺は構わないのに」

「僕は構うよ」

そうこうしているうちに教室に着いた。ジェイスは相変わらず人気者で、たちまち大勢の友人に囲まれてしまう。僕は少し離れた所に座った。カールがやってきた。近頃は一緒に座ることが多い。

「やあ、優輝。ジェイスと恋人同士になれたんだって?おめでとう」

「えっ、恋人?」

「違うのかい?」

「いや…。でも、どうしてそれを?」

「昨日のうちからかなり噂になってるよ。気をつけた方がいいかもね」

「…うん」

かなり噂に?それはどういうことだ?みんなが知っているということか。

―恥ずかしいじゃないか。ましてや男同士なのに―

「優輝、ここ座っていい?」

チャイムが鳴ると、ジェイスは僕の隣の席へやってきた。

「あれ、向こうに座るんじゃなかったの?」

「優輝の隣がいいの」

僕は少し嬉しかった。嬉しくないはずはない。それでも両手放しでは喜べない。冷たい視線に僕は慣れてはいないから。とても平気でなんていられないのだ。

「優輝?」

ジェイスは心配そうに僕の顔を覗き込み、僕の手を軽く握った。僕はその手を握り返してギュッと力を入れた。

 他人のことなんかいいんだ。僕はこれから幸せになるんだ。


 悪い予感はしていた。放課後まで何もなかったのが不思議なくらいだった。今までこんなに覚悟をして過ごした日はない。僕は敵陣の真っ只中に置き去りにされた兵士のように、身を固くしていたのだ。

 そのせいか、人気のない場所へ引っ張られていくときも、それほど怖いと思っていなかった。今日の最後の授業は、運悪くジェイスともディーンとも一緒ではなかった。しかし今日逃れてもまたやられるだろうから、僕はサボったりせずにきちんと最後まで授業を受けた。そして予想通り、僕は授業終了後、数人の男に囲まれ、人のあまり来ない最上階の教室へ連れていかれた。どうすればいいのだろう。下手をすると殺されてしまう。もう僕を脅かすだけでは気が済まないだろう。

 例のキアヌ・リーブスに似た黒髪の男が僕の胸倉を掴んだ。

「昨日はどうも。いいところで邪魔してもらっちゃって」

「はあ」

まだどうすればいいのかなんて思いつかない。それなのに間抜けな声を出して彼らの神経を逆撫でしてしまった。

 ドカッ

キアヌ・リーブス似の男は僕の腹部に蹴りを入れた。僕は腹を抱えてうずくまった。

「どうしてやろうか、こいつ」

「そうだな」

決めてないなら呼ばないで欲しい。僕はやっぱり痛いのは嫌なので、怖くなってきた。

「けど、こいつ、この前より落ち着いてるな。覚悟してんのかな」

「日本の武士道精神だな」

武士道精神?何だそりゃ。そんなもの知らん。

「違うよ、ジェイスと両想いになったもんだから、余裕ぶっこいてんだよ」

一人が語気を荒げると、みんなで僕に殴りかかってきた。余裕なんて、それも違うのに。 苦しい。血の味がする。誰か助けてくれ。ジェイスがいてくれれば。僕はやっぱり弱い。覚悟したって、所詮まな板の鯉。やられるには変わりないのだ。ああ。こんなに殴られたら顔が変形してしまう。ジェイスに嫌われてしまったらどうしよう。

―ガラッ―

 教室のドアが勢いよく開いて、僕を殴っていた手は一斉に動きを止めた。やけにシーンとしている。誰かの乱れた息づかいだけが聞こえる。

「…優輝」

「ジェイス?」

ジェイスは走って来たのか呼吸も髪もかなり乱し、汗をびっしょりかいていた。

「探したぜ」

ジェイスは息を整えると僕達の方へゆっくりと歩み寄った。そして僕を殴っていた男たちを突然一人ずつ殴りだした。

「優輝には手を出すな。今後優輝に指一本でも触れた奴は、生かしておかないからな」

かなり迫力のあるジェイスの声が室内に響いた。ジェイスに殴られた男たちは、ショックで口も利けない様子だった。そしてうつむいたまま、ゾロゾロと帰っていった。彼らもとても気の毒だ。好きな人に殴られるなんて、どんなに辛いだろう。

「大丈夫か。優輝」

「うん。ありがとう、助けに来てくれて」

「当たり前だろ。いや、ごめん。いつでも守ってやるなんて言って、優輝をこんな目に遭わせちゃって」

「いいんだ。それより、こんなに汗かいて。走って来たの?」

「ああ。キャンパス中走り回ってやっと見つけたんだ。遅くなってごめんな」

「こんなに広いのに、けっこう早く見つかった方だよ」

「優輝」

ジェイスは僕を座ったまま抱きしめた。

「僕は幸せだよ。たとえ殴られたって」

「優輝、愛してる」

ジェイスは僕の頭を優しく撫でた。僕は心地よくてジェイスの胸に体を任せ、目を閉じた。力を抜いてみると却ってドキドキする。ジェイスはより腕に力を込めた。心臓がズキンと疼いた。

 そしてジェイスはゆっくりと僕に口づけをした。少し驚いてまた体に力を入れてしまったが、髪を撫でられて、また徐々に甘美な味に酔わされていった。

 しかし、またまた運悪く、僕は口の中を切っていたのだ。ジェイスの舌がその傷に触れたとき、思わず僕は悲鳴を上げてしまった。

「痛い!」

「ど、どうした?」

「…ごめん。口の中を切ってるみたいで」

言いながらも何だかとっても恥ずかしくてうつむいてしまった。ジェイスははじめ、しまった、という顔をしたが、僕の様子を見てふっと微笑んだ。

「ごめん。すごく痛かった?」

「ううん。大丈夫」

「仕方ないから今日はお預けだな。早く傷、治るといいな」

「うん」

「可愛いい奴だな」

そう言ってジェイスはそっと僕の頬にキスをした。

「さ、立てるか」

「うん、痛っ」

「ほら、捕まって。医務室へ行こう」

「え、いいよ」

「ダメだよ。いくら日本人は忍耐強いって言ったって、体に傷が残ったら大変だろ」

「別に女の子じゃないんだから」

僕が軽く笑い飛ばそうとすると、ジェイスは真面目な顔をして僕を見ていた。

「何?」

「いや」

目線を外してジェイスは僕を抱えるようにして歩き出した。

 何だろう、この気まずい雰囲気は。女の子じゃないんだからっていうのがまずかったのか?そうか。ジェイスは男が好きなんだから、常識上の女の子っていうのはそのまま男にも当てはまるわけだから…そうすると体に傷を残してまずいのは男も同じで、それは男に抱かれるからってことか。うそだろ…いや、うそじゃないんだ。でもそれはちょっと…。

「優輝」

「え?」

ジェイスは少し不安気な顔をしていた。

「心配しなくても大丈夫だよ。お前の嫌がることは絶対しないから」

「…うん。分かってる」

 医務室は寮の中だ。あまり人目にはつかなかったものの随分歩いて疲れた。痛む体を引きずっているから。ジェイスは中庭に来ると学舎の陰に僕を座らせた。

「待ってな、今ドクターを呼んで来るから」

そう言ってジェイスは走っていった。独りでいても、もうそれほど不安ではなかった。さっきのジェイスファンの顔は、嫉妬や憎しみはもうないように思えた。ひどくショックを受け、悲しそうだった。ジェイスを諦めてくれるといいが。

 向こうからジェイスか駆けてきた。今日のジェイスは走り通しだ。

「ドクターには先客がいたんだ。だから薬を借りてきた」

そう言ってジェイスは僕の治療に取りかかった。

 まずガーゼを折り畳み、ピンセットで挟むと消毒液をしみこませ、僕の顔の傷につけ始めた。そのジェイスの手作業を眺めているのはとても快かった。傷は時々ひどくしみるのだが、ジェイスの美しい顔を見ていれば、そのくらいのことはどうということもなかった。 ジェイスは無口だった。顔の傷を処理し終わると、ジェイスはチラッと僕の目を見た。その目がやけにマジだったのでドキッとした。そしてジェイスは僕のシャツのボタンを外し始めた。そっちの方には治療するような傷はあまりないと思うのだが。ボタンを外さなくても見えている場所に少しあるだけだ。しかし、まあいいやと思って黙っていた。ところが、そのジェイスのボタンの外し方は普通ではなかった。右手でピンセットを持ちながら左手で外すのだが、かなりゆっくり、徐々に肌を露出させるように胸元を開いてゆくのだ。なんとなく恥ずかしくなって顔をそむけると、ジェイスは手を止めてギュッと拳を握りしめた。おやと思ってジェイスを見ると、ジェイスも顔を反らしていた。そして僕の方を見た。 しばらくの間、二人は見つめ合っていた。しかしそのうちジェイスはもう一度ガーゼに消毒液をしみこませ、僕の胸元の傷にそっとつけた。

「あんまり色っぽいんで、ちょっとびっくりしたよ」

ジェイスはほとんど聞こえないくらいの声でそう言った。

「そ!」

何を言っていいか分からず、ただ「そ」と言ってしまった。英語も日本語もない。そして思いっきり赤面してしまった。恥ずかしいと思った気持ちは、その気が少しでも起こった証拠ではないか。僕は痛みもどこへやら、ぱっと立ち上がった。そしてボタンを留めた。

「元気じゃないか」

ジェイスは呆れたように言った。

「う、うん、もう平気。どうもありがとう」

「ねえ、本気でそう思ってる?」

「何?」

「本気でサンキューって言ってる?」

「もちろん」

「じゃあさ、キスしてくれよ」

ジェイスは立ち上がりながらそう言うと、僕を見ていたずらっぽく笑った。ああ、それでもなんて魅力的な笑顔なんだろう。かっこいいというか可愛いいというか、いや、やはり綺麗と言うべきだろうか。そしていつの間にかジェイスは僕の右腕を捕らえて上へ持ち上げていた。

 それにしてもキスしてくれとは。でも断れないよなあ、好きなんだもの。嫌がったら本当じゃないよな。でもどうやって…

「あの、どこに?」

「どこでもいいよ」

そう言ってジェイスは顔を近づけた。ニコニコしているけれど、本当はドキドキしているのが分かる。僕の腕を握る手からも鼓動が伝わって来るようだ。僕はそんなジェイスが愛しくて、恥ずかしさをかなぐり捨て、ジェイスの口の横、左の頬に軽く口づけをした。その瞬間、ジェイスの手がピクッと動いたのが分かった。

「ありがとう、優輝、愛してるよ」

そう言ってジェイスは少しはにかんだように笑った。ああ、きっとジェイスのこんな顔を見ることの出来る人は少ないに違いない。僕は出来れば独り占めしたいと強く思った。

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