第4話 侍女VS怪獣

 点心ちゃんがホールから消えたのと同時に、ステージ奥のディスプレイがぱっと切り替わる。ビンゴカードに替わって映し出されたのは、街中の光景――というか、すぐそこの駅前通りだった。

 このメイド喫茶(?)に繋がっている扉があるのは、ちょっと古めかしい建物がせせこましく林立する駅裏だけど、駅を挟んだ向こうの表側には、ロータリーから伸びた大通りとペデストリアンデッキが広がっている。


 だけど、ディスプレイに映っているのは、そんな駅前の光景ではなかった。

 道路のアスファルトは耕されたように破壊されている。上空に張り巡らされた空中歩廊ペデストリアンデッキはそこかしこで崩れ落ち、乗り捨てられた自動車を圧壊させている。周りに居並ぶデパートなどの大型店舗も、壁面に巨大な鉄球を打ちつけられたかのような放射状の亀裂や陥没を刻みつけられている。

 そして何より、この破壊を生み出した張本人に間違いないだろう存在――身長十五メートル以上はある、ぶよぶよの巨人が暴れまわっていた。


「特撮だよな……?」


 ものすごくリアルな映像だけど、現実であるわけがない。だからそう呻いたのだけど、それを裏切るように、映像の中に点心ちゃんが現れる。さっき着替えた和装メイド風コスチュームに、抜き身の刀を携えた姿だ。


 ホール内の客席からは小さな歓声が上がる。それで俺は理解した。ここはさっきまではメイド喫茶だったけど、いまはスポーツカフェなのだ。客は皆、これから始まる点心ちゃんと巨人の戦いを生中継観戦して楽しもうというのだ。


 ……となると、画面の中の光景は現実のものだということ? 本当に街が破壊されているの? あまり意識しないようにしているけれど、画面には死傷者も大量に映っている。とてもCGには見えない……いや、それを言うなら、いまこの場所で俺と一緒に画面を見ている連中だってそうだ。彼らの角や犬顔が特殊メイクだとは思えない。だいたい、小人はどう説明する? 特殊メイクかロボット? そんな馬鹿な!

 ここにいるのは客もメイドも含めて、人間ではない。本物の、人外知性体だ。だから間違いなく、ディスプレイの向こうの風景もリアルタイム中継の本物で、ぶよぶよ巨人も本物だ。

 そう確信していた。

 だから、点心ちゃんとぶよぶよ巨人が交戦を開始しても、他の客みたいにエキサイティングできないと思っていたのだけど……。


「うっ、うおおぉ! いけぇ、そこだぁ!」


 ……気がついてみたら、俺は他の客と一緒になって椅子から立ち上がり、拳を振り上げていた。

 点心ちゃんは振り袖をはためかせて、何度目かの突撃を敢行する。それを迎え撃つぶよぶよ巨人は、足下に転がっていた自動車を右手で引っ掴んで点心ちゃんに投げつける。

 サイドステップで素早く躱した点心ちゃんだけど、足が止まったところを狙って、ぶよぶよ巨人の左手が文字通りの意味で伸ばされる。点心ちゃんは身を捻って紙一重で躱しざま、電光をまとった刀を下から上へと振り抜いて、巨人の左腕を半ばからすっぱり斬り飛ばした。

 しかし、巨人は動きを止めない。苦痛を感じている様子もない。斬られた腕も、電撃で焼け焦げたところを内側から剥がすようにして、すぐに再生する。


 司会メイドさんの実況によると、このぶよぶよ巨人はフレッシュゴーレムとか言うらしい。新鮮なゴーレムではなく、原材料が肉のゴーレムだ。それを聞いてからやっと気づいたのだが、どうして巨人がぶよぶよなのかと思ったら、そこらに倒れている死傷者の身体を取り込んでいたからだった。

 尻から伸びている三本の尻尾が、そこらに倒れている死傷者を鳥もちのように粘り付かせて取り込んでいっていた。取り込まれた犠牲者は服ごと全身を溶かされながら、ポンプで組み上げられるようにして体内に送り込まれる。そのドロドロになった肉を全身にまとっているから、巨人はぶよぶよだったし、斬られた腕もすぐに再生できたのだ。


 ゴーレムというかスライムだな……こんな相手を刀一本で倒せるのか?

 俺の内心を反映するように、跳んだり駆けたりしながら斬りつけていた点心ちゃんの動きが止まる。持久戦では勝ち目がないと悟ったようだ。

 しかし、短期決戦を仕掛けるにしても、簡単にはいくまい。

 相手は全長十五メートル超の巨人だ。足はフットワークを期待できないずんぐりした短足だけど、腕の長さと振りの速さは馬鹿にできない。しかも、尻尾で掻き集めた材料を使えば、いくらでも伸ばせるし、斬り落とされてもすぐに再生できる。


「これは近付くのが難しいでござるよ。さあ、点心ちゃんはどう動くでござるのか!?」


 司会メイドさんの実況も、点心ちゃんの不利を伝えている。

 近くの客席からも色々な感想が聞こえてくる。


「ゴーレムっつったら、斬撃と刺突は無効ってのが相場だよな。電撃で焼いていくってのが定番の攻略法かねぇ」

「そりゃ、よくいる石とか金属系ゴーレムの場合だろ。そういうのなら打撃で粉々にするのが定石だけど、今回のはどっちかっつーとスライム寄りだ。叩いても衝撃が伝わらないだろうし、まだ斬ったり刺したりするほうが有効だろ」

「ああ、スライムもゴーレムも核をやるのが手っ取り早いのは一緒か。つっても、あんだけ肉厚だと核を探すのも一苦労だわな」

「だなぁ。あの肉を削ぐなり細切れにするなりしないと、どうにもならんよな……けど、斬ったそばから再生するんじゃなぁ」

「再生の材料になってる人間を退かせられればいいんだろうけどなぁ」

「あっ、これでどうだ? 先に周りの人間を電撃で焼いちまうんだ。そうりゃ、あいつも再生できなくなるだろ」

「それ、どんだけ時間かかると思うんだよ。作戦のタイムリミット、もうそろそろだろ」


 色々な情報が聞こえてきたけれど、タイムリミットという単語が一番気になった。

 それって後何分あるのかな? ……と思ったら、司会メイドさんの実況が答えを教えてくれた。


「さあ、タイムリミットまで後三分! リミットを越えてしまうと給料から罰金天引きされてしまうでござるぞ。どうする、点心ちゃん!?」


 ……思ったよりも、タイムリミットの意味が軽かった。

 なんだかなーと拍子抜けした俺だったけど、点心ちゃんは違ったようだ。画面に映る点心ちゃんの背中が、急にぶわっと大きくなった。

 いや勿論、本当に大きくなったわけではない。そう錯覚してしまうくらい、点心ちゃんのが膨れ上がったのだ。

 ……いま、ノリでとか言ったけど、言ってみただけだ。俺には気なんて分からない。でも、思わずそう見えてしまうくらい、点心ちゃんの雰囲気が変わったのは本当だ。

 フレッシュゴーレムの両椀が届かないところまで距離を取った点心ちゃんが、両足を前後に広げ、ぐっと背を丸める姿勢になった。短距離走のクラウチングスタートだ。


「おっと、この体勢はぁ!」


 司会メイドさんのテンションが上がる。客席も、何かを期待して響めく。

 点心ちゃんが屈めた背に沿うようにして構える刀に、バチッと小さな紫電が走る。

 一度ではない。二度、三度と、刀の根本から切っ先へと紫電は走る。


 バチ、バチッ……バチバチバチッ!


 紫電の走る間隔が急速に短くなっていく――と思った次の刹那、ゴオォンッとスピーカーから重低音を響かせて、点心ちゃんの全身が分厚い紫電の雲に包まれた。

 電撃に覆われて和装チックなメイド服が破れることはなかったけれど、髪を結っていたリボンだけは焼き切れて、銀髪が天にぶわっと噴き上がる。そして、青白い光をまとったその髪が重力に引かれて落ちるのを待たずに、点心ちゃんの身体はその場から掻き消えた。


 またワープした?

 ――俺がそう思ったのと同時に、スピーカーから今一度、雷鳴が轟いて画面がホワイトアウトした。

 白い光が収まると、フレッシュゴーレムの全身が焼け焦げていた。

 もとは茶色がかった肌色だった肉塊は、大半の肉が爆発して弾け飛び、残った肉もじゅくじゅくと煮え立つように泡立っていたり、黒ずんだ赤色に焼け爛れたりしていた。

 とくに酷いのは胸部で、ぽっかりと穴が開き、その断面は真っ黒に炭化していた。

 弱点の核がどこにあるかなど関係ない。

 全長十五メートルの巨大フレッシュゴーレムは、核も肉も分け隔てなしに焼き尽くされていた。

 ゴーレムの巨体を支えていた足が崩れる。そのまま突っ伏すように倒れ――アスファルトに激突した衝撃で、全身ばらばらに砕けた。


 画面の大半を占めていた巨体が消えると、その奥の道路にしゃがんでいる点心ちゃんの後ろ姿が見えるようになる。点心ちゃんはそのタイミングを待っていたかのように立ち上がると、芝居がかった仕草で振り袖を振って、鞭のようになった刀をしゅるしゅると袖の内に仕舞う。そして、画面のほうへと振り返る。


「これにて一件落着でござる」


 それが決め台詞だったのか、うぉーっとホールに喝采が起こった。


「決まったあぁ! 雷纏大鵬サンダーバードぉ!! 全身を電撃に変えて、雷の威力と速度で敵を貫く点心ちゃんの必殺ムーブが、フレッシュゴーレムの巨体を一撃で一瞬で問答無用で焼き尽くしたぁ!!」


 司会メイドちゃんが解説だか実況だか分からないことを吠える。

 客席もうおーうおーと沸いている。さっきまで「タイムリミットやばい」とか言っていた連中も、そんなこと忘れたかのように歓声を上げている。

 そんななかで俺は、こっそりと首を傾げる。


 ……一発で片付けられる技があるんなら、もっと早く出していればよかったんじゃね?

 幸いなことに、俺にはそれを口に出さないだけの分別があった。


 なお、戦闘が終わった後、画面の中の駅前通りは、人もビルも道路も何かもが、ビデオを逆再生させるように原状回復していった。

 まるで良くできた特撮なのだけど、これが生中継であることを、俺は不思議とますます確信していた。

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