第2話 拙者、メイドでござる。

 俺は彼女に手を握られたまま、席のひとつに案内された。

 座ったところで、ようやく手を離してもらえた。


「旦那様、逃げようなんて思っちゃいけんでござるよ」

「いまさら思わないよ」


 というかなぜ、ござる? それを聞こうと思ったけれど、


「少し待ってな」


 彼女は俺に顔を寄せて小声で言うと、くるりと背を向け、どこかへ行ってしまった。


「おぅ……」


 色々分からないことだらけだが、彼女はモデルみたいな美人メイドだ。しかも、エルフみたいな尖り耳がチャーミングな、だ。そんな女性に耳元で囁かれたら、おぅふ、となっても致し方なかろう。


「ふうぅ……」


 ゆっくりと溜め息を吐いたら、少しは頭が冷えてきた。それでようやく、状況を把握しようという気になった。

 ぐるりと店内を見回してみる。


 そう――店内だ。

 ここは最初に思った通り、メイド喫茶……的な飲食店なのだと思う。

 出入り口の扉は、明らかに行き止まりの塀に据え付けられていて、その向こうに建物はなかった。ということは、このメイド喫茶は異次元空間にあるというのか……いや、いまの扉がなんたらドア的な別空間に繋がるワープゲートみたいなものだったのかも。

 ただの喫茶店でなくメイド喫茶だと思ったのは、ホールを飛びまわっている店員さんが全員、ミニ丈メイド服の女性だからだ。ついでに言うと、耳がいい感じに尖っていて、髪の色も銀だったり青緑だったり、自然な感じで色取り取りだ。そして全員、すべからく美人だ。

 この店のホール担当要員は絶対、見た目で選ばれている。


 店員さんを観察している過程で気づいたこともある。この店の客についてだ。注意して観察するまでもなく、明らかに人間ではない客が大勢いた。

 柴犬みたいな顔をした、たぶん男。いや、牡か?

 ぎょろっと目の出た蜥蜴人という感じの男。

 椅子ではなく卓に座って駄弁っている小人たちに、ぱっと見は人間なんだけど、よく見ると額に角が生えていたり、第三の眼があったりする客もいた。

 というか……人間の客が一人もいない? 俺だけ?

 いまさらすぎることだけど、俺は迷い込んではいけないところに迷い込んでしまったのではなかろうか……。


「……」


 ごくりと喉が鳴った。

 そのとき、


「お待たせしましたでござる」

「ひゅお!?」


 いきなりすぐ傍から聞こえてきた声に、俺は椅子に座ったまま尻で飛び跳ねた。


「お客様、大丈夫でござるか?」


 心配そうに……というわけでもない普通の顔で言いながら、仰々しく盛りつけられた大盛り餡蜜あんみつを俺の前に置いたのは、俺をここに連れてきた張本人のメイドさんだ。


「え、あ、はい。大丈夫です……」


 反射的に答えた俺に、彼女はにこりと頬笑む。


「この餡蜜は拙者からの奢りでござる」

「あ、もしかして口止め料のつもりだったり?」


 俺がついそう聞き返すと、彼女は笑みを深くした。


「旦那様も存じていると思うでござるが、当店のメイドが店外で現地人を相手に魔術を行使したりすることはないでござる。そうでござるな?」

「……はい、そうでござる」


 俺はこくこく頷きながら、あのバチッと光ったのは魔術だったんだー、と妙に納得していた。


「物分かりのいい旦那様で助かったでござる。では、ごゆるりと餡蜜を賞味していかれよ」

「ああ、待って」


 立ち去りかけた彼女を、俺は引き留める。


「なんでござろう?」

「それ」


 人差し指をぴっと立てる俺。


「それ?」


 柳眉を顰めた銀髪メイドに、俺は質問を続ける。


「なんでなの? 素の口調じゃないよね」


 何度か普通に喋っているのを聞いたから、ござるござる言っているのはキャラ作りだと思う。他のメイドさんもを言っていたから、このお店のメイドさん全員に課されたキャラ作りなのだろう。

 でも、ござる口調のメイドさんって、どんなキャラよ?

 ――その謎は彼女の口からあっさり暴かれた。


「この国の言葉では、メイドを侍女と呼ぶのでござろう? しからば、メイドは侍らしい言葉を話すもの――違うでござるか?」

「……ちょっと整理させて」


 俺は挙手してタイムをもらうと、考えた。そして理解した。


「あっ、サムライのガールで侍女か!」


 つまり彼女らは、メイド=侍女=サムライの女版だと思ったわけだ。だから、ござる口調のキャラ付けにしたのだ。


 ――って、どんな勘違いだよ!

 それに、サムライだからござる言葉って安易だろ! もっと他にあるだろ! 例えばほら、あれだよ、あれ!


 言いたいことが多すぎて喉に詰まっているうちに、それを言葉にする機会を逸してしまった。

 照明が突然落ちて、ホール全体が暗くなった。そして次の瞬間、コンサート会場のような色取り取りの光線がホール全体をぐるぐると色鮮やかに染め上げた。

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