episode6 ドラゴン
異世界に通じる穴は硬い。
なぜなら、ドデカいドラゴンが思いきり体当たりしてもビクともしなかったからだ。
って、感心してる場合じゃない。
そのドラゴンと今まさに目と目を見つめ合っている状態。
大魔王は相変わらずお腹を押さえて苦しんでる。
ミツキはのんきにキャハキャハ言ってる。
あまりに絶体絶命すぎて逆に頭が冷静になってきたんだけど、どうせなら何かしらあがいておきたい……と、僕は辺りを見回してみた。
洞窟ダンジョンの一部屋ってことで、特別なにもな……おっ!
大魔王の近くに転がっている例の杖が目に飛び込んできた。
あれを使えば何とかなるんじゃないか……ってどうやって使うんだろ?
手に持って振りかざすと雷攻撃が出るとか……いや例えそうだとしても、屋内じゃだめなんじゃないか……。
ええい、このままジッとしててもドラゴンにやられるだけ!
だったら、とりあえずあの杖を拾ってみてどうにかするしかない!
「うおぉぉ~!」
僕はドラゴンに睨まれ続けている恐怖を振り払うように叫びながら、大魔王の杖の元へと駆け寄った。
すると、それに合わせるかのようにドラゴンも自らの体を反転させて完全に僕の方に向いた。
「よし、取った!」
走りながら腰をかがめて床に落ちてる杖を拾うと、そのまま体を反転させてドラゴンの方に向ける。
すると、まさにドラゴンがこっちに向かって突進しようとしていた。
「えいっ!」
ベタな掛け声と共に、僕は右手に持った杖を高々と振りかざしてみた。
……しーん。
何も起きず。
ま、まあ、一応それは想定内。
かくなる上は……
「うりゃぁぁぁぁ!」
僕は、それが人生最後の声になるのを覚悟しながら、ドラゴンめがけて僕の方から突進していった。
そして、ヤツの横っ腹の辺りに回り込み、手に持った杖をボコボコと闇雲に叩きつけた。
「えいっ、やぁ、えいっ!」
僕は、今度こそそれが最後の声になるのを覚悟しながら、とにかくドラゴンを叩き続けた。
手応えは……全く無し。皆無。
ヤツの皮膚は異常に硬くて、むしろ叩いてるこっちの手が痛くなってくる始末。
「はぁ、はぁ……無理! もう、煮るなり焼くなり好きにしろってんだ!」
僕は、一度は言ってみたいようなそうでもないような言葉をぶつけた。
まあ、このシチュエーションでやれることはやったという変な満足感はある。
杖で叩いただけだけど。
これ以上、なんにもやりようがないんだから仕方がな──
「煮ないし焼かないよ。想像しただけでグロくて気持ち悪くなるよ。それより、ちゃんと話を聞いてくれドゴ」
「……えっ?」
今の声は……誰?
大魔王はまだお腹痛がってうずくまってるし、どう考えてもミツキの言い回しじゃないし。
ってことは……ドラゴン?
そう言えば、語尾がなんかそれっぽい感じだったけど。
「ねえ、聞いてるドゴ?」
「う、うん。あのぉ、ドラゴン……さん?」
僕はドラゴンからちょっと距離を置く位置に移動しつつ、彼の顔に向かって話しかけてみた。
「そうドゴ。っていうか、なんでちゃんと話を聞いてくれないドゴ?」
「いや、えっと、ドラゴン的な生物が喋るとかっていうイメージが無くて……」
「そっかそっか、それならしょうがないよねぇ……っておいドゴ! それ思いっきり偏見ドゴ!」
ドラゴンはそう言って切なそうな表情で手足をバタバタさせた。
なんとなく、その様子が可愛らしくてクスッと笑ってしまった。
多分、悪い人……じゃなくてドラゴンじゃないんだろうって思ってちょっとホッとしたりもした。
「それはごめんなさい! でも、じゃあなんで急に突進してきたの?」
「感謝したかっただけドゴ! 虫歯を抜いてくれたことにドゴ!」
「虫歯……って、もしかして……!?」
パッと思い浮かんだのは、チャラい男が持ってたドラゴンのキバ。
あれ、虫歯だったんだ……。
「凄く優しい人だったドゴ~。痛くて痛くて泣きそうなぐらい痛がってたら、スポって抜いてくれたドゴ!」
「マジか……。優しいっていうか、あの人どうやってそんなことやったのかが気になるけど……って、それはともかく、お礼をしに行くっていってもその体じゃどう考えてもあの穴通れないよね?」
僕は、赤い穴の直径とドラゴンの体を見比べながら言った。
「……残念だけど無理っぽいドゴ。ねえキミ、代わりにお礼を言ってきてくれないかドゴ? もちろん、お礼をしてきてもらうお礼はするドゴ」
「ああ、向こうに行ったらちゃんと伝えておくよ。別にお礼は要らないけどね。ただ口で言うだけだし」
ドラゴンなのに……って言ったらそれこそ偏見かもしれないけど、めちゃくちゃ律儀で腰が低いことが面白いっていうかちょっと癒やされた。
何も知らずに来ちゃった異世界だけど、なんか素敵な世界なんじゃないかって思ってみたりもしたりして。
「それじゃ、帰るね。お元気で」
一瞬「またね」と言いそうになったけど、さすがにもう来る事は無いだろうしね。
あと、いま何気にチャンスだったりする。
なぜなら、なんとなく一緒に穴を通って付いてきそうだった大魔王がまだお腹を押さえて苦しそうに悶えているから。
僕はミツキちゃんに声をかけて、一緒にあの赤い穴に入って元の世界に帰った。
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