episode5 いざ帰宅

 異世界に通じる穴は安い。

 って、そもそもそんな穴が売ってること自体が不思議だし、もっとそもそも言えばその存在自体が謎なんだけど。

 何にしても、帰れそうで良かった良かった。

 僕は心の底からホッとしていた。


「いやぁ、安くて良かった。なんでそんなに安く売れるんですか?」

「ああ、だって、その辺に落ちてるの拾って売ってるだけですからねぇ」

「おお、なるほど。……ん?」

「あっ、それより、買われるんですよね? おひとつで良いですか?」

「もちろん。何個も要るようなものじゃないんで……って、あっ」


 しまった。

 いくら安くても、こっちのお金を持って無きゃ意味がない。

 日本のお金でいいなら、財布のなかに2千円ぐらいは入ってるけど……。


「おい、貸してやろうか?」

「えっ?」


 おもむろに、大魔王が囁きかけてきた。


「いいの?」

「ガッハッハ。我が輩を誰だと思っている。大魔王だぞ大魔王。月給いくらだと思ってるんだ貴様」


 ……いや、月給制ということに驚きなんですけど。

 まあでも、貸してくれるなら助かる……のか?

 なんか、イヤな予感がするんだけど……。


「わーい、わーい。だいまおうかねもち~。ふとっぱら~」


 ミツキちゃんが、ニャンコを撫でながらはやし立てる。

 

「お、おう……」


 照れてるよおい。大魔王。

 まっ、背に腹は代えられないか。

 穴さえあれば帰れるんだから。


「それじゃあ、貸しといてください。いつか必ず返すんで」


 もちろん、返すあてなどない。

 申し訳ない気もするけど、大魔王様なら月給制とは言え相当もらってるはずだから、12ゴールドなんて痛くも痒くないはずだし、少し経てば忘れてくれるだろう。

 そして、大魔王から借りた12ゴールドで穴を1つ買った。


「ありがとうございましたー!」


 道具屋は満面の笑み。

 そりゃそうだ。なんせ原価0円だからな……ちっ。

 何はともあれ、僕らは穴をゲットして村を出た。



 

「それじゃ、ここに貼るぞ」


 そう言って、大魔王はまるで大好きなアイドルのポスターよろしく部屋の真ん中に穴を貼り付けた。

 ここは、大魔王が居たあの洞窟ダンジョンの一室。

 外に貼り付けてしまうとまた同じように無くなってしまう可能性があるってことで、大魔王が自らここに貼ったら良いんじゃ無いかと提案した。

 異世界に通じる穴ってだけでもヤバいのに、それが大魔王の住処と直通なんて危険度マックスじゃないか……って思ったけど、お金を借りてる手前断ることもできず。

 

「わーい! ねえねえ入ってもいい??」


 こっちの世界に来るときも、きっとこのノリであの赤い穴に飛び込んだんだろうなってぐらい、穴があったら入ろうとするミツキ。

 ただ、僕はちょっと気になることがあった。

 それは、この穴がちゃんとウチのコンビニの駐車場のあの穴と通じてるのか、ってこと。

 

「ちょっと待って。僕がまず入ってみるから」


 僕はそう言いながら、すこしかがんで相変わらず赤い丸した穴の中を覗き込んだ。

 

「うわっ……!」


 僕は思わず声を上げてしまった。

 だって、穴の中を覗き込んだら向こうからも覗き込んでいたオッサンと目が合ってしまったんだもの。

 って、親父だけど。


「おお、マサキ。大丈夫だったか?」


 親父がのんきに声をかけてきた。


「大丈夫だったかじゃないよ。おどかすなって。心臓止まるかと思った」

「心配するな。そんなことで心臓は止まりはしないから。それより、お客さんのお子さんは見つかったのか?」

「ああ、ちゃんと見つけたよ。ってか、自分のお子さんの心配は……」

「おお、でかした。ウチの店の敷地内で行方不明なんてことになったら責任問題ヤバいからな」


 華麗にスルー。

 そして、潔いほどの保身発言。

 まあ、店長としてはそれで当然ってことか。

とにかくちゃんとウチのコンビニの駐車場に通じてるってことがわかったってことで、一旦穴から離れてまずはミツキちゃんを先に……


 ドスーーーーーン!!!


「うわっ、な、なんだ!?」


 突然の衝撃音。

 僕のすぐ横をすり抜け、何かが穴に向かって体当たりしてきた。

 

「ド、ドラゴン……!?」


 長い首。図鑑で見た恐竜のような肌の質感。

 それは紛れも無く、オレンジ色のドラゴンだった。


「ドゴォォォォォン!」


 ドラゴンは雄叫びを上げると、長い首をひょいっと曲げて僕の方を見た。

 そして、ニカッと笑って見えた口の中。

 

「歯が一本無い……ま、まさかさっきのチャラい男が!?」


 僕の脇腹をツンツンしてたあのでっかい歯。

 まさしく、あの歯が入ってた思われる隙間がドラゴンの口の中にあった。

 大ピンチ。どう考えても、報復に来たってことだ。

 で、でも、こっちには大魔王が……


「えっ……!?」


 頼りになるはずの大魔王は、突進してきたドラゴンに巻き込まれたのか、お腹を押さえてうずくまっている。


「みぞおち入った、みぞおち! イテテテテ」


 ……だ、だめだ。

 絶体絶命。万事休す。

 僕は、こっちの世界で死んだ場合葬式とかどうなるのか……なんて事を考えていた。

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