episode4 穴の値は

 異世界に通じる穴は儚い。

 なぜなら、ダンジョンを出て来た道を引き返して、目印にしていたオレンジの実を付けた3本の大きな木の所に戻ってきたのに、あの赤い穴が綺麗さっぱり無くなってしまっていたからだ。

 ふっ、いつまでも、あると思うな親と穴……か。

 ……じゃねーよ!

 なんだよこれ、帰れなくなったっていうのか?

 おーい、穴~、穴や~い……


「貴様大丈夫か? ここに別の世界と通じる穴があるんじゃなかったのか?」


 一緒に付いてきた大魔王がうっすら笑みを浮かべながら言った。


「ねーねー、どーしたの? お兄ちゃん凄い顔になってるけどぉ~?」


 ミツキちゃんがのんきな顔で僕を見上げた。


「いや、確かにここに僕らの世界に帰るための穴があるはずなんだけど……ミツキちゃんも通ってきたんだよね?」

「うん! 真っ赤なあな~。あはははは」


 ……笑い事じゃねーぞおい。

 ミツキちゃんよ、小さすぎてよく分からないのかもしれないけど、あの穴がなければもうキミはママと会うこともできなくなってしまうんだぞ。


「ガッハッハ。それはマズいな。こんな子供がママと会えなくなるなんて」

「そうそう、正直僕はそこまで未練は無いって言うか、コンビニのバイトも面倒くさいっていうか……っておい! 勝手に心の中読んだでしょ!?」

「ん? なんか文句あるか? 死ぬか?」

「えっ、あっ、いや、全然大丈夫です」


 チッ。

 これだから力のあるヤツは……って、危ない危ない。

 こうやって考えてるのも読まれる可能性があるのか。たまったもんじゃないなこれ。

 そうだ。良いこと思いついた。

 大魔王って名前出しちゃうからマズいんであって、何か他の呼び方、隠語を使えばいいんじゃないかな。

 えっと……そうだ。

 大魔王の顔よくみると、中学ん時の北村先生に似てるな。数学の。

 ……あっ、そう思って見たらすげぇ似てる。思いのほか激似。

 やべぇ、この大魔王がスーツ着て卒業式で泣いてるのとか想像したら笑けてきた……ぷ、ぷぷぷ……。


「ねー、なにがおかしいのぉ?」

「えっ? あっ、いや、何も何も。おかしいどころか悲しいんだよ……穴がなくなってどうしたらいいものか……」

「無いなら買えば良いじゃないか」

「……えっ?」


 大魔王の言葉に耳を疑った。

 無いなら買えばってまるで牛乳無くなったからちょっとコンビニ行って買ってくればぐらいのノリ。

 さすが死ぬほどアホな大魔……北村。

 ……いやでも、意外と大魔王は真剣な顔で言ったように見えた。


「買うって……どこで?」

「そんなの、どこでも売ってるだろうが。その辺の村の道具屋とかな」

「マジ? ウソだったらその杖くれる?」

「ああ、いいぞ。ただし、本当だったら命くれる?」

「あっ、いいです。すみません」


 こうして、僕らは近くの村に行くことになった。



 

 あの丁字路を右に進むと、すぐにその村はあった。

 一目で全体が見渡せるほど小さな村だったけど、入ってすぐの所にちゃんと道具屋があった。

 大魔王を恐れているのか、そこそこ居た村人たちは皆スーッと家の中に入ってしまい、道具屋も急いでシャッターを閉めようとしていた。


「あの、探してるものがあるんですけど」

「あっ、ごめんなさい。ちょっと急用で店を閉めなくちゃいけないもんで……」 

「ん? その急用は3分も待てないのかな?」

「ひぃぃ! そんなことないです!! な、なにかご用でしょうか!?」


 大魔王の一言に震え上がり、イヤイヤ仕事に戻る道具屋さん。

 こんな時は頼もしいな北村先生……いや、ここは大魔王でいいか。


「えっと、穴って売ってます?」

「穴……ですか?」

「はい。穴です。なんて言ったらいいのかな……異世界に通じる穴? みたいな?」

「ああ、異世界に通じる穴ですね」


 なんと、正式名称だったのそれ。

 分かりやすくていいけど。


「ガッハッハ。この店でもそれ売ってるよな?」

「は、はい、もちろんでございます! 薬草、毒消し草、そして穴を売ってない道具屋じゃ商売になりませんので……」

「だとさ。よかったなおい」


 と、大魔王は掌底で僕の背中をポンッと叩いた。

 いや、ポンッというかバスッって感じで思わず「ぐぇっ」と声を出してしまった。

 手加減ってものを知らないないのか大魔王……いや北村先生は……って面倒くさいなこれ。

 まあとにかく穴が見つかって良かった!

 でも……


「その穴、さぞかしお高いのでは……」

「そうですね、価格はおひとつ12ゴールドとなっております」

「そ、それは……高いの?」

「どうでしょう。ちなみに薬草が8ゴールド、この世界の平均月収が22万ゴールドとなっておりますが」

「……やすっ!」


 心の底から出た会心の一声。

 なぜかドヤ顔の大魔王が鼻につくものの、店の横に居たニャンコと戯れるミツキちゃんの笑顔をあの母親の元に返すことができそうでホッとした。

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