第102話「卒業」


「ありがとうございましたー」


(はぁ、夏休み終盤もバイトか。てか、もうそろそろ就活始めないとなぁ……あーあ、一年前に『え、就活? なにそれ、私の将来の夢は可愛いお嫁さんダヨ? だって、私にはカッコいい彼ピッピがいるもんネ♪ だから、就活なんて必要ないないピーだよん♪』とか言っていた自分をぶん殴りたい……)


 カランカラ~ン♪


(お客さんだ! いけない、いけない。今はバイト中なんだから私情は捨てて仕事に専念しなきゃ!)


「いらっしゃ――」

「朝倉さん、ご飯はこのファミレスでいいよね?」

「そうね。やっぱり、この辺だとここが一番ゆっくり出来るものね」


(うげぇ、いつものバカップル……チッ、夏休みだからってイチャイチャしてんじゃねーぞ!)


「ぁ――へいらっしゃい」

「「っ!?」」

「えーと、二名様でよろしいでしょうか?」

「あ、はい」

「あちらのテーブル席へどうぞー」


(まぁ、仕事だから態度には出さないけどね♪)



「……朝倉さん、なんかこのお店接客の仕方変わった?」

「きっと、夏休みだから店員さんも疲れているのよ……」


((大変だな……))


 数分後


「注文の品できました。提供おねがいしまーす」

「はーい♪」


(うわぁ、あのカップルの注文か……はぁーどうせまたじれったくイチャイチャしてんだろうな……)


「へい、お待ち……ご注文の――」


「実はこれ、さっきのショッピングセンターの中で買っておいたんだ。花柄のブローチなんだけど、石が紫色で朝倉さんの黒髪に似合うと思って……俺からのもう一つのプレゼント受け取ってくれるかな?」

「ふぇ! ああ、安藤くん……ぷ、プレゼントってどうして? 私プレゼントをもらう理由なんて無いわよ?」

「理由なんて……そんなの『朝倉さんに喜んで欲しいから』じゃダメかな?」

「あ、安藤キュン!」


「…………あ、ご注文の品ここにおいておきますね? ごゆっくり爆発してください……」


(おえぇええええええええええええええええええええええ! ド甘すぎるんじゃボケェエエエエエエエエエエエエエエ! はぁ!? 何今の! あのカップルっていつもはそこまで甘いやり取りしてなかったよね! てか、男の方はいつもへタレてたじゃん! なのになんて今日はこんなにイケイケなの!

 糖分が……糖分が多すぎるんじゃああああああああああ!)


「…………」 チラッ


「朝倉さん、俺が食べさせてあげるよ。はい『あーん』して?」

「ふにょ! ああ、安藤くん!?」


「…………」 クル


(オェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!)


「ど、どうしたんだい? あちらのお客様の提供から戻ってから顔色が悪いよ?」

「あ、店長、すみません。気分が悪いのでどこかに爆弾はありませんか?」

「本当にどうしたの!?」


(はぁ……マジで夏休みバイト三昧の私にとって、あのカップルのイチャイチャは毒だわ……)


 ピンポーン


(おっ! でも、ついにあのバカップルがお会計に向かった! やっと帰るのね!)


「お待たせしましたーお会計ですね?」

「はい」


「安藤くん、いくらかしら?」

「朝倉さん、今日は全部俺が出すよ」

「え! でも、安藤くん。流石に私が一円も出さないのは……」

「大丈夫だよ。だって、俺はすでに朝倉さんからもらっているからね」

「え、もらっているって……何を?」

「もちろん、朝倉さんの『美味しい』って喜ぶ『笑顔』さ☆」

「ふにゃあ!」 バッキューン! 


「……………」


(甘ぁああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!)



「あ、ありがとうござまたー……」 ←瀕死

 

 カランカラン~♪


「なんか、あの店員さん気分悪そうだったね」

「やっぱり、忙しくて体調を壊してるのよ」


((ファミレスの店員って大変なんだな……))


「でも、安藤くん。本当におごってもらってよかったの?」

「うん、気にしないで今日のデートは俺が言い出したことだしね」


(よし、今のところデートは順調だな……良かった。

 今日のデートの為に妹にデートプランの監修をお願いして、母さんには土下座でデート資金を借りて……その上、恥をしのんであのクソ親父に『女の子が喜ぶ言動や行動』を教えてもらった甲斐があったってもんだ)


「ふぅ、気付いたらもう日が落ちてきてるのね」

「そうだね。映画も長かったしファミレスにも結構いたからね」


(時間は六時……そろそろ頃合か。大丈夫、場所はちゃんと調べてある。デートも完璧だ。ムードも大丈夫なはず……)


「朝倉さん、そのぉ……す、少し! 散歩でもしないかな?」

「安藤くん、散歩って何処まで行くの?」

「えーと、駅の反対側の西口の公園とかどうかな?」

「ええ、いいわよ」


(安藤くん、急に挙動不審になったけどどうしたのかしら? 別に散歩デートくらい大歓迎なんだけど……西口? ん……西口の公園の向こう側って確か、大人御用達なホテ――……)



『なら、私を抱いて!』

『何で襲ってくれないのよォオオオオオオ!』

『最後のCは――あ・れ・だ・よ♪』

         ↑

(……もしかして、これハグのことじゃなかった?) ←正解


「………………」


(ほにゃぁああああああああああああああああああああああああああ!?) ←今理解した


「良かった……じゃあ、行こうか?」

「ぁ――う、うん……」


(どどどどどど、どうしましょう! 私ったら今までとんでもない勘違いを――っ! 

 つまり、今日の安藤くんらしく無い完璧なデートはソレの下準備! ほ、本番と言うか本番はこれから……う、嘘ぉ――もしかして、もしかしなくてもこの流れってそういうコトよね!?

 私、何の準備もして――いないこともないのだけど……でも、それはまだ早いというか――そう言う事じゃなくて!

 つまり、今の私って美味しくいただかれちゃう五秒前ぇええええええええええええ!?)


「あわあわ……」 ブツブツ

「………………」

 

(ついに、この時が……上手く出来る自信なんて微塵も無いけど、朝倉さんの『不安』を取り除く為に――俺は『ヘタレ』を卒業する)


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