第97話「星」



「あつーい……」 パタパタ

「妹~……女の子がそんな格好でシャツをパタパタしちゃいけません」

「だって暑すぎるんだも~ん」 パタパタ

「お前なぁ……ただでさえ家の中だからって薄着なんだからそんな格好でシャツをパタパタしたら、いろいろきわどいだろう」

「え~~? お兄ちゃんしかいないんだし、別にいいじゃん~……」 パタパタ

「いいのかよ……」


(しかし、その格好は……なぁ?)


「てか、お兄ちゃんさ」 パタパタ

「ん、何だ?」


「夏服、買ってないでしょ?」


「…………」

「…………」 パタパタ


(お兄ちゃん、この前のプールの時の服装とかもうこの暑さだとキツイはずなんだよね。てか、サクラお義姉ちゃんの彼氏として夏服くらいちゃんと買ってないとダメでしょ?)


「妹よ……」

「ん~~?」 パタパタ

「お兄ちゃんさ、今月のお小遣いがもう厳しくて――」

「残ってるなら、夏服くらい買えるでしょ?」

「…………」

「…………」 パタパタ


(夏服なんて冬服よりお金かからないんだし、安ければ一万以内である程度は揃えられると思うんだけどな~~)


「じ、実は……残りのお金は朝倉さんとのデート費用に取っておこうと思うんだが――」

「お兄ちゃん、サクラお義姉ちゃんとのデートで、お金なんて使わないじゃん」

「…………」

「…………」 パタパタ


(デートって言ってもどうせ『サクラお義姉ちゃんの家』でしょ?)


「妹様……」

「ん~~?」 パタパタ


「実はお兄ちゃん……あるラノベの全巻セットを買おうと――」


「じゃあ、お兄ちゃんの部屋のラノベ全部売って、それで夏服を買おうか♪」

「よし、妹よ! 今から夏服を買いに行くので、どうか一緒についてきてください! そして、なるべく安い感じでおねがいしゃす!」


「はぁ……本当にお兄ちゃんは仕方が無いな」 パタパタ





「ほら、お兄ちゃんこっちこっち! このトラックパンツとかメッチャ安いしお兄ちゃんの服に合わせやすくない?」

「え、何パンツ? 妹よ。別にお兄ちゃん『パンツ』は間に合っているから買うなら『シャツ』とか『ズボン』の方がいいんだけど……」

「お兄ちゃんのバカチン! 『パンツ』って下着の方じゃなくて『ズボン』のことだよ――って、これ前に一緒に買い物した時も教えたじゃん!」

「え、そ、そうだっけ……?」

「本当にお兄ちゃんはファツションセンスがゼロなんだから……あ! お兄ちゃん見て! このシャツ二枚で二千円だって、夏は代えのシャツも欲しいしこれ買おうよ。さっきのパンツも千五百円だったし、やっぱりメンズの夏物は安いのが多いよね~~」

「そ、そうなのか……?」


(うーん、残念ながらどの服がいいのか何てさっぱり分からん。やっぱり妹についてきてもらって正解だったな)


「これで、パンツとシャツは決まったからあとは上に羽織るジャケットかベストがあればいいんだけど~……ん! お兄ちゃん、このベストならこっちのパンツとシャツに合うんじゃないかな?」

「どれどれ――って、何これ……手ぬぐい? てか、ただの布切れじゃねえか!?」

「『ベスト』だよ! シャツの上から羽織るの! ほら、色もグレーで白いシャツと紺のパンツに合うし、お値段もお手頃な二千五百円!」

「さっきのズボンとシャツより高いじゃねぇか! え、何……この布切れだけでラノベが四冊も買えちゃうの?」

「だから『ズボン』じゃなくて『パンツ』だってば! それに『布切れ』じゃなくて『べスト』だよ! はぁ……とりあえず、予算はそんなに無いんだしこのパンツとシャツにベストで合わせてみて……ほら!」

「お、おう……こうか?」

「ふむふむ」


(うーん、少し味気ないかな~? でも、お兄ちゃんだしなぁ……ここでヘタに小物を合わせてもお兄ちゃんのレベルだと逆にバランスが悪くなるような……小物のアクセ付けたお兄ちゃんとかサクラお義姉ちゃんが見たら絶対に噴出しかねないよね? 

 なら、このレベルが一番かな~? それにお兄ちゃんも予算は残したいみたいだしね~)


「うん! ブタにも真珠――じゃない、コホン……馬子にも衣装だね♪」

「おい、ちょっと待て! 妹よ。お前今なんて言おうとした!?」



「ありがとうございました」

 カランカラン~♪



「ふぅ~これで夏服はバッチリだね♪」

「ああ、お前のおかげだよ。意外と安く買えたし、晩飯は外で食べていくか?」

「ホント! お兄ちゃんのおごり!?」

「ああ、任せろ!」

「やったーっ!」


(まぁ、飯代は立て替えておいて、後で母さんに請求するんだけどな……)


「そう言えば晩飯でお前と外食するのって久しぶりだな」

「そうだね。最近、お兄ちゃんはサクラお義姉ちゃんの家で食べて帰るのが多いもんね~?」

「うっ……そ、それは――」


(ふん! 夏休みは、お兄ちゃんのことだし、どうせ家で一日中ラノベ読んでると思ったのに……お兄ちゃんてば毎日外出するし~? 帰りも遅いから思ったより一緒にいられないし~~? べ、別に、お兄ちゃんと一緒にいたいとかじゃなくて――こ、これは『妹』として! 『お兄ちゃん』のことを心配しているだけなんだもん! だから、仕方ないもんね!)


「…………」 

「…………」 


(もしかして、俺が朝倉さんの家で食べてくるのが多くて拗ねてた? まさか……な)


「……ねぇ、お兄ちゃん」 

「ん、何だ?」 


(今はまだ、こうしてお兄ちゃんの買い物に付き合っているけど……

 それも――)



「こうして、お兄ちゃんと一緒に出かけることも……

 いつかは無くなっちゃうのかな?」



(お兄ちゃんだって、いつまでも家にいるわけじゃない。いつかは『ウチ』を出る時がくる。そして、それは確実に私よりも先のはずで――)


「…………」

「…………」


(必ず『別れ』の時は訪れる)


「まぁ、そうだな」

「…………」

「……なぁ、少し寄り道していかないか?」

「え」





「お兄ちゃん、寄り道ってここ?」

「ああ、この公園……覚えているか? 小さい頃はお前にせがまれてよく一緒に遊んだんだけど?」

「え、私がお兄ちゃんを誘ったの?」

「そうだよ。インドア派な俺が公園で遊びたがるように思えるか?」

「全然……」

「だろ?」


(確かあれは小学一、二年生くらいまで続いたかな? 家はつまらないからって妹の奴が『おにいたん、おにいたん! こうえんであちょぼ!』ってうるさかったんだよ……)


「くぁーダメか……結構暗くなっているから星が見えるかと思ったが全然だな」

「え、何? お兄ちゃん、この公園に星を見に来たの?」

「ああ、この公園なら周りに明りが強い建物も無いから見えると思ったんだが……」

「そんなのこんな都心で星なんか見えるわけ無いじゃん」

「いや、夜だと探せば結構見えるもんだぞ? それに、家族で流星群を見たのもこの公園だけど覚えてないか?」

「そんな小学生の始めの記憶とか覚えてないよ」

「マジか、俺は結構覚えているんだけどな……」

「お兄ちゃん、大体なんで星なんか見ようと思ったの?」


(こんなのまるで……)


「は? だって、お前『星』が好きじゃん」

「え……」

「昔に流星群を見に来たのだってお前が見たいって言ったのがきっかけだし、ここで星が見えるのも小さい頃のお前が最初に発見したんだよ。俺はお前の『お兄ちゃん』だからな……だから『おまえ』のことなら大体は知ってる」

「プッ……なにそれ?」

「因みにスリーサイズと体重も知ってるぞ。上から『ピーーーーーーーーーー』」

「ウギャァアアアアアアアアアア! なな、何で知っているの!?」


(お兄ちゃんキモい! マジでキモい! てか、今はもうちょっとスリムだから!)


「でもな……そんな、俺も『ぼっち』だから……正直に言って、妹以外のこと、特にファッションの事とかは全然分からん。

 てか、今まで『ぼっち』だったお兄ちゃんが『ファッション』とかそう簡単にできると思うなよ?」

「もう、何それ? お兄ちゃんマジでキモいよ」

「妹よ。いくら笑顔でもその『キモい』って言葉はお兄ちゃんに良く刺さるからやめような? ほれ……」 チャリン


(え、これは……星型のストラップ?)


「お兄ちゃん、このストラップは?」

「まぁ、何だ……その、今日の買い物のお礼だよ。実はあの店でお前が服を選んでくれているうちに買っておいた」


(お兄ちゃんが私にプレゼント……? あのラノベ以外にお金を使おうとしないお兄ちゃんが!? でも、この星型のストラップ……うーん)


「お兄ちゃん、何でこのストラップの星にはこんな気持ち悪い顔が付いてるの?」


(何この……スポ●ジボブみたいなのを紙やすりですり潰したような顔のキャラクターは……)


「え、ダメなの? お前って星が好きだから、これなら可愛いだろうと思って選んだんだけど……」

「か、可愛い……これが? お兄ちゃんにはこのクスリをキメすぎて目が血走ったようなキャラクターが可愛く思えるの?」

「可愛いだろ! サイコーにプリティーだろ!」

「はぁ……お兄ちゃんのセンスは期待してないけどこれほどとは……プッ、なんか本当にへんなストラップ……あははは!」


(なんかこのストラップを見てたらいろいろ考えてた自分がバカみたい)


「まぁ、アレだ。俺のセンスなんて、所詮はそんなもんだからさ……」

「ん、何?」


「朝倉さんの事とか服の事とか頼むと思うけど……

 頼りにしてる。だから、これからも助けてくれないか?」


「……はぁ~~~~、お兄ちゃんは本当に――――仕方が無いね♪」



(確かに最近、お兄ちゃんは家にいない事が多くなった。そして、いつかは家を出て行く日がくるかもしれない……でも、それでも、お兄ちゃんが私を必要としてくれるなら――)



「すっご~~く! 面倒くさいけどぉ~~? 私はお兄ちゃんの『妹』だから! 仕方が無いけど……『妹』だから! 本当に仕方なく『妹』だし! だから……私がお兄ちゃんを助けてあげるよ♪」



(私は『妹』として、お兄ちゃんを支えてあげようと思う)



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