第95話「晩ご飯」


 ガチャ


「ただまー」

「お兄ちゃん、おかりー」


(妹の奴、兄が帰ったというのになんと怠惰な返事だろうか……)


(怠惰なお兄ちゃんのご帰宅だから返事なんて怠惰でいいよね~)


「お兄ちゃん、帰るの遅かったね。今日もサクラお義姉ちゃんの家?」

「ああ、朝倉さんのお父さんが中々将棋の相手から開放してくれなくてさ……マジで疲れたよ」

「お兄ちゃん……何で彼女の家に行ったのにそのお父さんの相手してるの?」

「俺が聞きたいよ。今日は俺が夕食の当番じゃん? だから、早く帰らないといけないんだけど、朝倉さんのお父さんは『勝つまで離さないもん!』みたいな顔するから――

 何度やっても無駄だって分からせる為に、手加減抜きで徹底的に叩きのめして帰ってきた」


「…………そこで、ワザと負けてあげるって考えにならないのが、お兄ちゃんらしいよね~」


(でも、あのお兄ちゃんが……私以外に『素の自分』をさらけ出せるほど、向こうの家族とは仲良くやってるんだね~)


「ふーん。そうなんだ……」

「でも、そしたら向こうのお父さんが泣いちゃってさ……」

「前言撤回! お兄ちゃん何やってんの!?」

「いやいや、仕方ねえだろ! だって、あの顔で誰が泣くほど悔しがると思うんだよ!」

「それでも、大人が泣くほど悔しがるってありえないでしょ! お兄ちゃん、一体どんな勝ち方したの!?」

「だって、向こうのお父さん負けるのが嫌だからって、殆どの駒を守りに回して穴熊の持久戦狙いだぞ! だから、こっちも『と金』で一枚づつ、じわりじわりと守りを剥がしていって……な?」

「それ、最終的に丸裸にされて、気付いたら囲まれて詰む状況だよね?」

「まさにそれな」


(流石は俺の妹だ。こいつ、将棋なら俺より強いからな)


(うわぁ……話を聞く限り、どっちも大人気ないな~)


「それより、お兄ちゃんお腹減った! 今日はお兄ちゃんが夕飯当番だよ!」

「はいはい……だから、帰ってきたんだろ。それで、父は?」

「うーん? いらない~」

「いやいや、だから我が家における『父親』の必要性を聞いたんじゃなくて――ってこのやり取り何回目だよ……だから、オヤジの飯もいるのか聞いてるんだけど?」

「うーん、どうせいてもいなくても作らなくて良いでしょ~? まぁ、ウチのお父さんならさっき地元の野球仲間と飲みに行くって言ってたけどね~」

「それを教えてくれればよかったんだよ……じゃあ、作るのは二人分でいいな?」

「オッケ~♪ お兄ちゃん、今日は何作るの?」

「あー、あんまり期待するなよ? お兄ちゃん、そんな料理上手いわけじゃないんだからな?」

「うん、知ってる~♪」


(じゃあ、何でそんなご機嫌なんだよ……まぁ、自分で用意しない飯ほど美味い理由もないか。ウチは父親がクズなのと、母親が働き詰めなのもあるから、朝とか昼飯なら母さんが作ってくれたりもするけど、夕食は俺と妹が当番制で作るからな。

 まぁ、そのおかげで簡単な料理くらいは俺も作れるが……)


「…………」 ジー

「フフン♪ フフン♪ お兄ちゃんの作るご飯はまだかニャー♪」


(料理なら絶対に妹が作った方が美味いんだよな……)




 ~テレッテレッテ~♪


 『ぼっち』の3分クッキング♪ 


「はい、では始まりました。今回作るのは冷蔵庫の中にあった食材を使った簡単『豚肉麻婆豆腐』です」

「わーい!」

「まず、長ネギをみじん切りにします」


 ストトトン!


「今回、私は食べる専門だね♪」

「そして、次は豆腐を適当に切ります」


 スパパパパ!


「お兄ちゃん、既にもう3分たっちゃうよ?」

「黙らっしゃい! タイトルに3分以内に作るとは書いてないから良いんだよ!」

「おうぼうだー」 ←棒読み

「一応、お前が手伝ってくれれば3分とは言わなくてももう少し早く食べれるんだけどな?」

「むぅ~もう、仕方ないな……今日はお兄ちゃんの当番だけど、私はお兄ちゃんの『妹』だから! 仕方なく手伝ってあげるよ~♪」

「はいはい、どーも……」


(まぁ、何だかんだ文句を言いつつも手伝ってくれるんだから……しかたねぇ! お兄ちゃん、可愛い妹のために『愛情』っていう隠し味、入れちゃうぞ♪)


「それで何したらいい?」

「じゃあ、豚バラ肉を適当に切ってくれ」

「適当って……お兄ちゃんの料理って調味料とか感覚で入れるし本当に適当だな~」

「男の料理なんてそんなもんだから、気にするな」

「はーい」


 トトトトン!


「あとはフライパンに切った食材を炒めて……」


 ジュワァー


「そこで塩を控えめに!」


 ファサ~♪


「お兄ちゃん、何でそこだけ『もこ●ち』なの……」


 ジュウジュウ!


「後は肉、豆腐の順番に加えて最後に市販の麻婆豆腐の素を入れてよく絡めれば……」


 ジャーーン!


「はい、豚肉麻婆豆腐の完成……おあがりYO!」


「お兄ちゃん、パックのごはんもレンジでチンしたよ~」

「よし、じゃあ食べるか」

「うん!」


「「いただきま――」」



「はぁ……ただいま」 ガチャ



「え、お母さん!」

「はぁ? 母さん! え、今日休み?」

「バカ言ってんじゃないわよ……少し仕事が速く終わったから、家のこと片づけに帰ってきたのよ」

「早く終わったって……お母さん、今は夜の十時だからね?」

「日付が変わってないんだから『早い』でしょ? あら、晩ごはんを食べていたのね。ちょうど良いわ。お母さんの分もあるかしら?」

「食べてこなかったのかよ……ちょっと待って、二人分しか用意してなかったから余った食材でもう一人分作るから……」

「急がなくても良いわよ? お母さんアンタの分をもらうから」 パク

「つまり、今から作るの俺の分ってこと!? って、もう俺の席奪われてるし!」

「お兄ちゃん、先に食べてるね~」 モキュ!

「妹、裏切ったな!」

「うーーん……まぁまぁ、合格かしらね? 普通に美味しいけど……それだけに普通の粋を出ないわ。よくある老舗の味? みたいな……アンタらしい適当な味付けね」

「しかも、感想が辛口!?」

「麻婆だけにね♪」

「おい、妹! 『上手いこと言った!』みたいな顔するんじゃねぇえ!」

「フッ……『美味い』だけにね」

「母さんも!」


(はぁ……なんで俺、料理作る前にこんな疲れてるんだろ?)


「そうだ! ところでアンタ……」

「ん、何だよ母さん? デザートなら冷蔵庫にプリンが――」


「『彼女』が出来たらしいわね……」


「え……な、何のことでしょう?」

「惚けても無駄よ」

「……………」 じー

「ひょ、ひょ~~♪」 ←口笛で誤魔化す音


(てへ、ゴメンね。お兄ちゃん♪)


(お・ま・え・かぁあああああああああああ!)


「どんな子か見たいから明後日の朝、ウチに連れて来なさい。お母さん、明後日は朝からお昼まで予定を空けといたから」

「は、はい……」


(まぁ、朝倉さんなら大丈夫――……か?)


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