第88話「お家デート」


「どう? 安藤くん、宿題は進んでる?」

「うん、朝倉さんが見てくれるおかげで残った夏休みの宿題もバッチリ終わりそうだよ!」

「それは良かったわ。だって、安藤くん電話であんなに言ったのに残りの夏休みの宿題まったく手を付けていなかったんですもの……あれじゃあ別の意味で安藤くんの宿題は終わっていたんだからね?」

「あはは……朝倉さん、せっかくの夏休みなのに俺の宿題なんか見てくれて……朝倉さん、ありがとう」

「ふ、フン! これくらいどうってこと無いわ。だ、だって……私は安藤くんの『彼女』ですからね!」


(パパが安藤くんを認めてくれて、これで夏休み中は安藤くんとデートが出来ると思ったのに……安藤くんったら宿題を全然やってないんですもの!

 もう! 仕方ないから、あれから毎日私の家で安藤くんの宿題を見てあげているけど……でも、毎日好きな人と一緒にいられるんだからこれもこれで悪くはないわね! しかも、これって……良く考えれば『お家デート』ってやつじゃないかしら! そう考えると私達って十分に『カップル』っぽいわ♪)


「これで今日の分の宿題は終わりね?」

「うん、これならあと一週間もすれば夏休みの宿題も全部終わりそうだよ」

「じゃあ、安藤くん……宿題も終わった事だし……そ、その――」

「うん、朝倉さん……」


(宿題が終ればあとは私達の『デート』の時間……)


「安藤くん…………」

「朝倉さん…………」


(付き合い始めたカップルが恋人の家ですることなんて言ったら、

 それは――)


「じゃあ、これからは読書の時間ね!」

「うん! 朝倉さんはもう『その最弱、女神の間違いで異世界へ』は読み終わったんでしょう。今日は何を読むの?」

「むふふん! 安藤くん、良く聞いてくれたわね! 実はそろそろマイナーな『なろう』作品じゃなくて、一度初心に返って王手レーベルの人気作品に手を出そうと思って『ダンジョンにて、出会い系サイトを始めるのは間違っているだろうか?』を読もうと思うのよね!」

「おお! あのアニメも大好評だった超有名なラノベだね!」


(あれ? でも、あれも元々は『なろう』だったような……まぁ、いいか)


「それで、安藤くんは何を読むの?」

「俺はつい最近、新刊が出た『乙女ゲームのBLフラグしかない悪役令嬢に転生しやがった!』を読む予定だよ」

「安藤くん、それは一体どんな内容なの……?」


「えーと、確か……妹に頼まれて乙女ゲームを買って帰ろうとした主人公の男の子が、帰り道でロードローラーに押しつぶされ死んでゲームの世界に転生する話かな。それで、転生したゲームが妹のために買った乙女ゲーで、主人公の『男』はその世界で『女』としてヒロインの敵である悪役令嬢に転生しちゃうんだよ。

 転生したのは悪役令嬢だから、主人公はその世界でヒロインの女の子を虐めなきゃいけないんだけど、主人公は乙女ゲームなんかやった事が無いからその世界で悪役令嬢なのに人助けばっかりして……気付いたら乙女ゲームの王子様達とありとあらゆるフラグが立っていて、心は男なのに貴族の令嬢としてフラグの立ってしまった王子様の誰かと結婚をしなくちゃいけなくなっちゃうんだ。それで、主人公が婚約フラグを折ろうとして……結局、さらに王子様達にフラグを立てていくって話かな?」


「なにそれ……面白そう! 安藤くん、良かったらその小説の一巻があれば貸してくれないかしら……?」

「うん、いいよ! じゃあ、明日持ってくるね」


(こんな感じで安藤くんの宿題に一区切り付いたら、私の部屋で二人でラノベの話をして、自分の読みたいラノベをひたすら読み続ける。それが私達の『お家デート』)


「…………」 ペラ、ペラ……ペラ、ペラ……

「…………」 ペラ……ペラ……


(朝倉さんの部屋で二人、ただラノベを読む……部屋に響くのは彼女がページをめくる音と俺がページをめくる音だけ……互いにラノベが好きだからこそ、成立するこの時間が俺は好きだ)


「…………」 ペラ、ペラ……ペラ、ペラ、ペラ、ペラペラ~~

「…………」 ペラ……ペラ……


(安藤くんと二人で、ひたすらラノベを読む……部屋に響くのは彼がページをめくる音と私がページをめくる音だけ――って、あれ? なんだが安藤くんのページをめくるペース私より速くない!? て、早ぁああああ!?)


(うーん、やっぱり書籍版とは言っても、前半部分は一度『なろう』で読んだ話だから一時間もしないで読み終わりそうだな)



 そして、夕方



「…………」 ペラ……ペラ……

「――zzZZ……」 スピー スピー


(朝倉さん、すっかり寝ちゃったな……)


「――っは! わ、私……寝ちゃってなんか……にゃ、にゃいわよ!?」

「うん、おはよう。朝倉さん。良く眠れた?」

「安藤くん! おはよう――って、だ、だから! 寝てなんか無いわよ! ま、まさか、この私が『お家デート』で爆睡するような女だとでも思っているにょ!?」


(朝倉さん、全然誤魔化せてないよ……でも、うっかり寝ちゃってよだれを垂らしながら寝ぼけ眼で必死に言い訳する朝倉さんなんて、普段じゃ中々見れないからしばらくはこの光景を楽しむのも悪くはないな)


 コンコン、ガチャ!


「入るわよ~~? あら、あらあら……もしかして、お邪魔だったかしら~~? ウフフ♪」

「ちょ! ママ何を言っているのよ! それにノックしてから開けるのが早すぎるでしょ! べ、別に~いきなりドアを開けられても困ることなんて何もして無いけどね!」

「あらあら~~その割にはお洋服が少し乱れているようだけど……? ウフフ♪」

「ちょ!? こ、これはさっきまでうっかり寝落ちしちゃっただけよ!」

「ほら、朝倉さんやっぱり寝てたんじゃん?」

「ぬな! あ、安藤くんは黙ってて!」

「あらあら~~『寝てた』って……あらあらあらあら~~ウフフ♪」

「ふにょおぉおおお! もう、ママも黙ってて! 大体、ママは何の用事があって私の部屋に来たのよ!」

「ああ、そうだったわ……安藤くん。いま丁度、晩御飯の準備しているから安藤くんもどうかしら? って、誘いに来たのよ~ウフフ」


(そうか、晩御飯ってもうそんな時間か……最近は何だかんだ言って朝倉さんの家で晩御飯をご馳走になるのが多いからな……)


「流石に、今日もご馳走になるのは……」

「えー、そんなこと気にしなくてもいいのよ? それに、安藤くんがいるってパパにメールしたらパパも喜んでいたわよ?」

「メール……あ、本当だお父さんからメールが来てる」

「安藤くん、パパは何て?」

「絵文字が多くて読みづらいけど『直ぐに帰るから待っててね? いっぱいお話しよう♪』みたいな事が超デコデコしく書いてあるね」


(いつの間にか朝倉さんのお父さんとはすっかり『メル友』みたいな間柄になっているな……メールを交換してから毎日のようにたわいもないメールを交換したり、朝倉さんの幼少期の写真を送ってもらったりと、気が付けば家族よりも彼女よりも、お父さんとのメールのやり取りが一番多い……)


「じゃあ、ご馳走になります」

「そう、じゃあ、安藤くんの分も用意するから出来たら呼ぶわね? それまではさっきの続きをしてもいいのよ……ウフフ♪」


「つ、続きって!? だから、私達は……ま、ままま! 『まだ』そう言うことは全然してないわよ!」


「あらあら……あらあらあら~~そうなのね~~ウフフ♪」

「ううぅ……」

「…………? ママ、何でそんなにニヤニヤしているの? それに、何で安藤くんはそんなに悶えているの?」

「朝倉さん、止めて……そういう素の自爆が一番恥かしいから……」



(この夏休み。俺と朝倉さんは健全な男女交際を順調に進めていた)


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