第86話「朝倉パパ」


「…………」


(どうやら、娘に彼氏ができたらしい。

 ママから話を聞いた時は酷く驚いたけど、そもそも良く考えて見れば娘も高校二年だ。そういえば俺がママと付き合った時もそれくらいだった気がするな……)


「…………」


(なら、彼氏ができるのも仕方ないな)


「…………」


(だけど、流石にパパとしては娘の彼氏がどんな男なのかも気にはなる……いやいや! 娘はかなり賢い子だから、変な男に引っかかったとか心配はしていないぞ? それに、ママからも『あらあら~優しそうな子でしたよ』っと、お墨付きをもらっているしな。

 だから、ママがそう言っている時点で娘の彼氏に変な言いがかりをつける気も無い。むしろ……そんな事したら絶対に後でママに怒られちゃうに決まってるもん)


「…………」


(でも、一つだけ気に入らない事がある。それは――)


「…………ッ!」


(ママも会っているのに何で、俺はその彼氏くんに会った事が無いんだ!) ←仕事してるからです。


(ママも自分だけその彼氏くんに会うとかずるいぞ! だから、この前娘に――)


『今度、よかったらその彼氏くんを家に連れて来たらどうだい? パパもその彼氏くんがどんな子なのか気になるな』


(――って言ったのさ!)



・実際に言った台詞

『こ、今度……そいつをウチに……連れて来なさい』




「…………」


(そして、その彼氏くんが来るのが今日! はぁ~~娘の彼氏は一体どんな子なんだろうな?)


 コンコン!


「パパー? 安藤くんを連れてきたわ。ドア開けるわよー?」


「…………ッ!?」


(はぅ! つ、ついに……来た!)


 ガチャ


「失礼します!」


(お、なんだ。とても礼儀の良い好青年じゃないか!

 うんうん、やっぱり娘が選んだ子だけあってとっても気持ちの良い好青年だな。きっと、学校でもかなりの人気者なんだろう)


「パパ、この人が私の『彼氏』の安藤くんよ」

「は、始めまして! 娘さんと、ご交際させていただいています。

 名前は、安藤ぉ――っ!?」


 ムズムズ


(あ、ヤバイ。くしゃみ出そう……でも、今は彼氏くんの前だしこらえなきゃ……にゅん!)


「………………」 ギロリッ!


(ふぅ……なんとか治まったぞ。そうか、彼は安藤くんと言うのか。名前の部分はくしゃみで気を取られて聞き逃しちゃったけど、後で娘から聞けばいいだろう)


「あ、あ――……」


(……あれ? 安藤くんはいきなり固まってどうしたのだろう? ああ、もしかして彼女の父親の前だから緊張しているんだな~うんうん、わかるなー。俺もママのお義父さんに挨拶した時も凄く緊張したからな~だって、あの時は結婚する前に娘がもう出来ちゃってたし、お互い就職したばっかりで大変だったんだよな――でも、安藤くんはそうじゃないんだから、そこまで緊張しなくてもいいんだぞ♪

 そうだ! ここは、俺が何か気の聞いた冗談でも言って場を和ませてあげよう!)


「何をしている……名乗るなら早くしろ、でなければ帰れ」


(なんちゃって♪)


「は、はい! 安藤です! よろしくお願いします!」


(あれ? 何故か冗談だと伝わってないぞ? よし、ここは安藤くんに冗談だよってサインを送ってあげよう)


「…………」 ギロリ! 


(今のは軽いジョークだよ♪)


(ひぃいい! また睨まれた!? ヤバイ、緊張して苗字しか名乗らなかったから、それで怒っているのか……?)


「安藤くん、パパが座りなさいですって、座りましょう?」

「え、あ……う、うん。じゃあ、失礼します」


(よし、無事に伝わったかな?)


(よかった。とりあえずは大丈夫みたいだな)


「じゃあ、紹介するわね。安藤くん、この人が私のパパよ。ちょっと、無愛想なだけだから気にしないでね?」

「…………」 コクン


(安藤くん! よろしくね♪ ん……おや?

 よく見たら安藤くん汗をかいているぞ……そうか! 今は夏だし安藤くんは暑い外を歩いてここまで来たんだよな。それは汗をかいて当然だな!) ←ただの冷や汗です。


「…………」 ギロリ

「ひっ!?」


(娘よ! 安藤くんが汗をかいているじゃないか! さあ、一刻も早くこの部屋のクーラーを付けてあげるんだ!)


(な、何だ。また睨まれたぞ!?)


「あ、パパ。飲み物ね? お茶でいい?」


(え、クーラー……)


(え、朝倉さん……?)


「…………」 ギロ!


(違う! そうじゃない。クーラーを付けてあげるんだ!)


「今日は安藤くんがいるから紅茶がいいだろう? って、そういえばそうね。じゃあ、ママに入れてきてもらうわね」

「…………」 ギッ!


(いや、だからクーラーを――)


「え、その必要は無いって?」


 ガチャ


「あらあら~~、お待たせしてごめんなさいね~? お飲み物お持ちしましたわよ~~はい、パパ。今日は安藤くんが来てるからいつもの渋いお茶じゃなくて、甘めの紅茶でいいのよね?」


(え! えぇー……?)


「…………」 コクン


(……まぁ、いいか)


「流石ママ! 何も聞いてないのにパパの言いたい事が分かるのね!」

「ウフフ~~パパとは長い付き合いですもの。ウフフ~♪」


(…………)


「…………」 ズズ ←お父さんが紅茶を飲む音

「…………」 ズズ ←安藤が紅茶を飲む音


(今、俺の目の前で一体何が起きたんだ? クーラーを付けるように言ったら紅茶が出てきた……まるで、俺の言葉が聞こえないのかと思えるような会話……いやいや、そんな事あるわけないじゃないか! だって、ママとは長い付き合いなんだぞ?)


(今、俺の目の前で一体何が起きたんだ? 睨まれたと思ったら紅茶が出てきた……まるで、俺にしかお父さんの言葉が聞こえないのかと思えるような会話? の流れだったけど――はっ! いや、まさか……?)


「ウフフ~じゃあ、ママは席を外しますね~♪」


 バタン


(ママ行っちゃったな……あ! そういえばもうお昼の時間だけど、安藤くんはご飯を食べて来てるのかな? もし、食べていなかったら大変だ!)


(朝倉さんのお母さんは行ってしまったか……さて、俺の考えが正しければ)


「…………」 ギロン!

「!?」


(安藤くん! ご飯は食べてきたのかい? もし、食べてないのなら今すぐにお寿司でも頼んじゃうよ! それとも今の若い子はピザとかのジャンクな食べ物の方がいいかな?)


「安藤くん、パパが『それで、二人はいつごろから付き合っているかな?』ですって」


(え! ちょ、娘よ!?)


「え、え! え? あ、えっと……付き合いだしたのは夏休みが始まる少し前からです」

「…………」 ギロロ?


(いやいや! ちがくて俺は安藤くんがご飯を食べていたのかを――って、なんだ。つい最近付き合ったばかりなのか……)


「っ! もう、ヤダ! パパったら、そんな恥かしいこと聞かないでよ~♪」

「え! 朝倉さん、お父さん何て言ったの……?」


(え! 俺、何か言った……?)


「え、えっとね……『因みに、安藤くんは娘の何処が好きなんだい?』ですって……キャーッ! 恥かしい! もう!」


(ちょ! 娘ェエエ!? パパそんな事言ってないよ! あれ、でも、それは少し気になるな……安藤くん、因みにどうなんだい?)


「…………」 ギロ?


(あ、これは俺でも分かる。きっと『それで?』って、返答を催促されてるな)


(まぁ、でもこんな恥かしい質問を親の前でされたら、流石に答えにくいよね――)



「はい『全て』です」



「……ブバッ!?」 ズッキュゥーーンッ! ←朝倉パパの心に安藤の言葉が響いた音


(――て、答えちゃうのかよ!?)

 

「ふにゃ! あああ、安藤きゅん! そんな……何もかも『全て』だなんて!」 テレテレ

「え、いや……だって言えって聞かれたから……」


(いや、聞かれたからと言っても、普通はそんなハッキリと答えられないだろう……まして彼女の父親の目の前でね。それでも、安藤くんはちゃんと答えてくれた……つまり、彼が娘をそれほど大事に思っていると言う事だな。

 うん! パパ、安藤くん気に入ったぞ!)


「…………」 コホン

「も、もう! 安藤くんたらパパの前でなんてこと言うのよ……」 テレテレ♪


(おお! 娘がこんな嬉しそうな顔をしている! 安藤くんやるじゃないか。

 そうか! きっと、安藤くんはこうして毎日、娘に好意をハッキリ伝えているんだろう。だから、今の言葉もあんな簡単に言えたに違いない。

 うんうん、こうして好意をハッキリ言える彼氏なら、付き合っても娘を放置とかし無さそうだし安心だな!)


「…………」 ソワソワ


(パパ、安藤くんともっとお話しがしたいな♪)


「ほら! パパも安藤くんが大胆な事を言うから少し気まずくなっちゃったじゃないのよ」

「うん、ごめんね。朝倉さん」


(間違いない。一見すると、超恐そうゲン●ウ風のお父さんだが……『ぼっち』の俺には分かる。

 朝倉さんのお父さんは極度の『コミュ症』だ!)


(あ、安藤くんが俺をあんな真剣な目で見てる……パパ、なんだか照れちゃうな~)


「…………」 テレテレ


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る