第67話「無知」
「ふぅ……」
(なんかカフェテリアで安藤くんと二人っきりになっちゃったけど。これじゃあまるでサクラを撒いて、私が安藤くんと抜け出したみたいじゃんねー……)
(桃井さん、やっぱりさっきから元気ないよな?)
「それで、桃井さんはさっきから雰囲気が少し暗いけどどうしたの?」
「え、いや……ちょっと、さっき皆で見た映画が意外と面白くて……それがねーショックだったんだ」
「え、映画が面白かったのがショックってどういうこと?」
「あははーやっぱり、安藤くんだとそう思うよね。うーんとね……なんていうのかなー、正直私って今までアニメとかマンガとかー、少し下に見てたというか……どこか馬鹿にしていたんだと思う」
「あー……だから、SAOが面白くてショックというか……つまり、衝撃的だったんだ?」
「そう! なんか、今までこの気持ちを何て言えばいいのか分からなかったけど、多分それだよ! 流石、安藤くんだねー」
(そう言えば、桃井さんってライトノベルも知らないような普通の女子高生だもんな。一般的にアニメやマンガを見ない人からすればアニメ映画とかは子供向けってイメージも強いから、SAOみたいな一般層でも見て楽しめるアニメの存在は確かに衝撃的だったのかもな)
「私ね……なんていうか、今までドラマとかマンガとかの創作物で心から面白いって思うのあんまり無いんだよねー。だから、余計にアニメとか子供向けだと思って馬鹿にしていたんだよ。でも、その分今日見た映画は私が知っていた『アニメ』ってジャンルと違って凄く驚いた!『アニメにもこんなに面白い作品があったんだー』って……だから、今までそういう『アニメ』とかを馬鹿にしていた自分がちょっと恥ずかしく思っちゃったのかもねー……」
(それに、一番ショックだったのは、アニメ映画を見たいって言ってた安藤くんとサクラを見て私が二人を馬鹿にしていたこと……私は二人が『好き』って言ってた作品を知りもしないで、二人とその作品を下に見ていたんだもん……そんな自分自身の『無知』に私は心底嫌気が差したんだと思う。いつもそうだ。その場の空気を読むのが得意だから、周りから一歩引いて自分に仮面をしながら他の人をつい下に見る。
そんなんだから、私は誰に対してもこの仮面を外せないで……でも、そういえば安藤くんは、そんな私の素顔に気付いていたんだよね……)
「だから、落ち込んでたの?」
「まぁ、そんなところかなー」
「ふーん、なんか良く分からないや」
「あははー、だよねー」
(そうだよね……例え安藤くんでも、私の気持ちなんて――)
「何でアニメを馬鹿にしていたことを『恥ずかしがる』の?
むしろ『喜ぶ』べきだと俺は思うけど」
「え『喜ぶ』べき……って? つまり『わーい! アニメを馬鹿にしていてよかったー』ってこと?」
「いやいや……そうじゃなくてね。そもそも、それは『恥ずかしがる』必要は無いんだよ。だって、桃井さんは今まで今日見た作品を知らなかったんでしょ?」
「う、うん」
「なら、それは恥じる必要なんて全く無い。だって『無知』は恥ずかしくなんてないんだから」
「『無知』が恥ずかしくない?」
「そう、だって『知らない』んだからしょうがないじゃん! むしろ、桃井さんは『面白い』と思えるものを『見つけた』ことに喜ぶべきだと俺は思うよ。
大事なのは『無知』を恥ずかしがることじゃなくて『知ったこと』をこれからどう活かすかじゃないのかな?」
「知った事を……活かす?」
「うん! ほら、桃井さん今まで創作物で面白いって思える作品が少ないって言ってたじゃん? 例えば、アニメは馬鹿にして見なかったかも知れないけど、桃井さんは今日『面白いアニメもある』って知ったわけじゃん? なら、他にも桃井さんが『面白い』って思えるアニメがあるかもしれないでしょ? 例えば今日見た映画が面白かったんなら、その原作小説とかも気に入るかもしれないし」
(そうか、そういう考え方もあるんだ……『無知』を恥ずかしがるんじゃなくて『知ったこと』をどう活かすか……)
「桃井さんはきっと完璧主義すぎるんだよ」
「へ!? あ、安藤くん? 私が完璧主義って……どういうこと?」
「えーと、多分ね。桃井さんは全部なにもかもを知っていないと気がすまないんじゃないのかな? 例えば、今日のクラスの皆は誰が機嫌が良くて、誰と誰が機嫌悪くてーとか、いつも空気を読んで読んで読んで周囲にアンテナ張ってるじゃん? だから、少しでも自分の知らない事があると『何で知っていなかったんだー』って完璧じゃなかった自分を責めちゃうんだよ。 今回の映画の事だって『馬鹿にしていたアニメが面白かった』のがショックなんじゃなくて、本当は『サクラが好きな作品を知らずに馬鹿にしていた自分』にショックを受けたんじゃないかな?」
(うーん、本当なら「ぼっち」の俺が桃井さんほどの超絶リア充にいえることじゃないんだけど……)
「まぁ、あくまで俺が思う桃井さん像だけどね」
「ううん……そうだと思う」
(そうかー正直、私のそういう性格って上手く隠してるつもりだったけど、安藤くんにはバレちゃうんだねー。ふーん……じゃあ、安藤くんの前では仮面を付けてても、意味無いよね……)
「じゃあ、安藤くん。この気持ちが安藤くんの言うとおりだとしたら……私はこの気持ちをどう『活かす』べきなのかな?」
「うーん、そうだね……『知る』ことから初めて見れば? 『無知』だった事を知ったんだから、あとはそれを知るだけでしょ? 知らなかった事を後悔して落ち込むよりも、知らない事を喜んで大好きな親友の為に自分もそれを知ろうとする方が……『桃井さんらしい』と俺は思うな」
「安藤くん……」
(そうかー……『私』らしいかー)
「あははー、確かにそうだねー。あ! そういえばさっき言ってたけど、今日見た映画って原作は小説なのー?」
「うん、ライトノベルってジャンルの簡単な挿絵の付いた読みやすいタイプの小説だよ」
「へー、あ! もしかしてサクラが良く読んでいる小説ってその『ライトノベル』ってやつなのかな?」
「うぐっ!」
(やべ! 朝倉さんが今まで奇跡的に隠していたことが俺の所為で桃井さんにバレた!)
(あー、この反応はアタリだなー? そうかそうか、だから二人がこんなに仲良しだったんだねー。でも、安藤くんのこの反応を見るとどうやらサクラは私にその趣味を隠しているのかなー? まぁ、そうだよね。私だって実際に今日の映画を見る前だったらそんな趣味は下に見ていたと思うし……でも、今の私は違う。だって、もうそれが『面白い』って知ったんだから!)
「あははー、安藤くんそんなのに怯えなくても大丈夫だよ? 私、サクラには気付いてないフリしてあげるから♪」
「う……あ、ありがとうございます」
(そして、これからその趣味を隠しているサクラの反応を見て楽しむんだー)
(うぅ……桃井さん! 俺のミスをかばって気付かないフリをしてくれるとは……なんて、おっぱいの器が大きい人なんだ!)
「そういえばさー、実は結構前から私気になっていたんだけどー?」
「ん、何かな桃井さん?」
(ふー、結構話したら疲れちゃったな。コーヒーも冷めちゃってるよ……) グビッ
「安藤くんってサクラのこと好きでしょう?」
(何言ってんだこの女(おっぱい)は!?)
ブフゥーーーーーーーーーーーーーーーッ! ←コーヒーを噴出す音
「わぁ! 安藤くん汚ーい」
「げほ! げほ! うんも、ももも!? 桃井さん何をおっしゃっていますの!?」
「安藤くん、落ち着いて? なんか、喋り方がジュリエットになってるよ?」
「ん、んん……桃井さん、大体なんで俺がそんな事を思っているんなんて――」
「あははー、そんなの態度を見ていれば分かるよー♪」
「マジで!?」
「って、ことは――本当なんだねー?」
「あ…………」
(しまったぁ……まんまと桃井さんの罠にハマってしまった)
「…………誰にも言わないでね?」
「あははー♪ 大丈夫ー、大丈夫ー。この桃井さんがチャチャっと安藤くんの恋が実るように協力してあげるからー」
「そういうのを止めてください! いや、マジで!」
(あはは……そうかー、やっぱり安藤くんはサクラが好きなんだねー。
もし、もしも……私が、サクラより先に安藤くんへ話しかけていたら……何かが変わっていたのかなー……)
「あははー♪ 大丈夫ー、大丈夫ー。もし、安藤くんがサクラにフラれたら、お詫びとしてー、この私が変わりに安藤くんの彼女になってあげるからーね?」
「うえ!?」
「あーっ! もしかして、本気にしたー?」
「っ! も、桃井さん!」
「キャー、ごめんなさーい♪」
(でも、知った事実を『後悔』するのは私らしくない。だから、私は『安藤くんがサクラを好き』という知ってしまった事実を活かして前に進もうと思う。
だって、それが『私らしい』って、彼が言ってくれたから)
「安藤くん。そう言えば一つお願いがあるんだけどいいかなー?」
「何? 桃井さんのためなら何でも聞くよ?」
(もーう、安藤くんたらー。じゃあ、私が『付き合って』って言ったら本当に付き合ってくれるのかなー? 本当に、バカ…………)
「えへへー、実はさっき見た映画の小説を読んでみたいんだー。だから、貸してくれる?」
「うん、もちろん!」
(サクラは私の大事な親友だ。だから、二人のことは精一杯応援しようと思う。だけど……少しくらいなら、私も安藤くんに甘えていいよね?)
その頃の朝倉さん。
「あ、安藤くん……ど、何処にいるのー?」 プルプル
【おまけss】「巻」
「はい、桃井さん。これこの前言ってたSAOのラノベだよ」
「わー! 安藤くん、本当に持ってきてくれたのー? ありがとうねー♪」
「うん、大丈夫だよ。それよりもSAOの一巻は結構設定が盛りだくさんだから最初は読むの時間かかるだろうけど大丈夫?」
「そうなんだー、うーん……でも、サクラが好きな作品だし頑張ってみるよ♪」
三日後
「安藤くん、これありがとー♪」
「あ、桃井さん。SAOもう読み終わったんだね。どうだった?」
「うん! とっても面白かったよーでも、安藤くんこれを貸してくれた時に『一巻は結構設定が盛りだくさんだから~』みたいなことを言ってたけど、これって続きの巻も出てるの?」
「出てるよ。一巻で話は完結してるけど、二巻は一巻の内容の短編集だし、三巻からは新展開で次のストーリーが始まるんだ。よかったら次の巻も貸そうか?」
「うーん、流石に何冊も借りるのは気が引けるかなー。だから、続きは自分で買うことにするよ♪」
「そう……? うん、わかったよ。でも、気が変わったらいつでも貸すから言ってね?」
「うんうん、大丈夫ー大丈夫ー♪」
(ふむふむ、つまりあと三、四巻くらい続きがあるんでしょー? それくらいなら私のお小遣いでも買えるよねー♪)
(桃井さん大丈夫かな……SAOって今、本編で二十巻……外伝で十一巻の計三十一冊も出てるんだけどな……)
その後、現実を知った桃井さんが改めて続きの巻を借りに来たのは言うまでもない。
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