第10話モニカとエリアル
エリアルは人魚だ。
人魚とは、人の顔に魚の尾をもった存在。
見惚れてしまう容貌と生物を惑わす歌声を持つ。そんな彼女たちの血肉にはある効能があった。食べたものに不老不死の力を与えるという効能が。
それに目をつけた海龍リヴァイアは彼女をさらったのである。
エリアルをさらったリヴァイアは神殿の地下に閉じ込め、カニたちに彼女の世話をさせていた。
モニカもその1匹である。
「いらっしゃい、モニカ」
「あら、わかったのね。エリアル」
エリアルの言葉にモニカは上機嫌になった。彼女は何十といるカニの1匹である。父にすらも名前で呼んでもらえないが、エリアルはそんな彼女を一個人として扱ってくれるそこが嬉しかった。
「歩き方よ、歌を聴いてリズムに乗ったように歩いてくれた。わたしの歌を楽しそうに聞いてくれるのはここではあなただけだから」
そう言ってエリアルは笑った後、ふと真面目な顔をした。
「でも、最初はどんよりと沈んでいたわね。一歩ずつ歩くのが億劫みたいに。なにかあった?」
エリアルの言葉に、モニカは心臓がつかまれたような心持ちになる。自分の中にある大切なものに触れられたようなそんな感覚が。
だからつい話してしまった。先ほど、自分が父とした会話を。彼女なら、どう思ってくれるのだろうと自分でも何なのかわからない期待を抱いて。
モニカが話し終わると、エリアルは数秒黙り込んだ後にこうつぶやいた。
「信じていれば、きっと明日はいい日になる」
「えっ?」
突然の言葉にモニカは動揺した。どういうことだろうか。彼女の励ましの言葉だろうか。そんな予感がした時、モニカはエリアルに少し落胆した。自分の悩みはそんな月並みな言葉で解決するものだと思われたのではないか、と。
「これ、さっき歌ってた歌の歌詞なのよ」
エリアルはなんてことのなさそうに言って、続ける。
「わたしの知り合いが好きだった歌」
そう言って今度はため息。
あまりその知り合いにいい印象を抱いていないかのように。
「いつかとつぜん幸せがやって来るなんて、聞こえはいいかもしれないけれど。わたしは嫌いだったわ」
「それじゃあなんで歌ったの」
「きれいだったから、あの子が歌えばね……」
そして、エリアルは唱えるように続けた。
「あの子は、生まれながらに陸の歌を知っていて、陸のことを知っていた。そして、いつかこの海を出て歌手として歌えればと願っていた。そんな幸運が来るはずよ、と」
また、ため息。そうしないと、彼女の中の苛立ちが身体の外に出ていかないんだとでもいいたげに。
「わたしはね、願っているだけで何もしないなんて嫌いだった。わたしはこんな子とは違うと思ったのよ」
「だから、人魚の国から出たのね」
モニカがそう言うと、エリアルはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「あの子がそういう夢を持つなら、わたしが先にそれをしようと思ったの。なんも考えずになんも知らずに。その結果、こうなっちゃった」
そう、人魚の国を出て、海を旅した彼女はこうしてリヴァイアに捕まってしまった。
「後悔してるの?」
「まあね……でも自分の気持ちに従ったことは間違っていないと思っている」
そう言って、エリアルはモニカに問う。
「モニカ、あなたはどうしたいの外に出て何をしたい?」
「わからない……わからないけど、あたしはあたしにだけにできることを外の世界で見つけたい」
「そう、それじゃああなたは神殿の外に出るべきだわ。わたしの代わりにね」
そう言って、エリアルは寂しげに笑った。
異世界シャーク 神島竜 @kamizimaryu
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