第5話 なんで速いだけのアイツはモテてたんだろう
「たく、アイツを信じた俺がバカだった」
ウッズはため息をついて、空を見上げた。
瞬いていた星々は徐々に光を取り戻し、ウッズたちの世界を淡く照らす。今は朝、眠る時間は終わり、サメたちが起きる時間だ。
家に帰り、親に二三小言をもらったウッズは逃げるようにいつもの場所へ。ウッズ、ビリー、ジョージがいつも集まる岩の上にいた。
されど今、ジョージはいない。いったい、どこへ消えたのだか……
「まっすぐに進めばもっと広い世界があるはずだ、なんて嘘じゃねぇか」
ウッズがぽつりとつぶやくと。ビリーは消え入りそうな声で。
「ほんとうにウソなのかな……」
「俺だって最初は期待したさ。大人たちは嘘をついているんじゃないか。この群れから離れたはるか向こうにはステキな世界が広がってるんじゃなかって行ってみたらどうだ……壁じゃねぇかぁ!」
ウッズは叫んだ。まるで袋につめた怒りの水が破裂してしまったかのようだ。
「期待してたんだ……」
「べつに期待してねぇよ。ただ、あったら面白れぇよなって話だよ!」
ビリーの言葉にウッズは照れたように目をそらした。すると、真っ暗な海の奥から白い点が見えた。白い点が見えるよりも先にやってくる強い水圧。
「ゲッ……」
と、つぶやき終わるよりも先に現れるニタニタ顔の嫌な奴。弾丸のような速さで、ウッズの目の前に不快な顔が現れた。
「いよぉぉぉぉ! ウッズゥゥゥゥゥ! 久しぶりじゃねぇぇぇか!」
ニタニタ笑顔の嫌な奴。早くなるために生まれてきたような魚雷のような円錐の頭。抵抗の薄いしっぽに近い細い尾。灰色のサメ。ダンテールシャーク、マックスである。
「やっぱ、マックスかよ……」
「なんだよ、つれねぇなぁぁぁぁ!」
そう言って、マックスはニヤニヤと笑いながら二人を見回した。
「お前ら、群れから離れようとしたんだろぉぉぉ! バカだなぁぁぁ。ジョージなんてカスにフンみてぇに従ってよぉぉ!」
ジョージと鼻で笑うように言った。
「ガキの頃、テメェだって下っ端引き連れてたろうに。アイツらどうしたよ……」
「アっ……アイツラはよう。使えねぇから俺っちが捨てたんだよ……」
「捨てたって……ガキのノリをいまだに続けているから誰も慕わなくなったんだろ……カスはどっちだよ……」
「ハッ? うるせぇよ。いいか! 群のボスになるのはジョージじゃねぇ……俺だからな。今のうちに俺っちについたほうが利口だかんな」
「いいから、帰りやがれ。またボコボコにされてぇのか」
ウッズはにらみつける。ウッズの睨みにマックスの瞳に怯えの色がやどった。怒気はありながらも。目はギョロギョロと動いている。恐怖が、彼にはあるのだ。
「テメェ見てると殺したくなるんだよ……さっさと、俺の目の前から消えてくれよ……」
「へっ……カスが、バカが。もう知んねぇからな」
そう言って、マックスは弾丸のように走り去った。
マックスは消えたとたん。海は一層静かになった気がした。ここはずっと静かなはずなのに。煮えくり返るような苛立ちがウッズに流れた。
「あ~、アイツ殺してぇぇ~」
「嫌いなんだね、マックスのことが」
「嫌いって? そりゃ嫌いだよ。あんなバカ野郎のことなんか。お前も嫌いじゃねぇのかよ、ビリー。お前、アイツにいじめられてたじゃねぇか」
「うん、そうだよ……」
ビリーの答えに、ウッズは上を見上げた。まるで涙をこらえるために上を向くように。過去から目を背けようとしているかのようだった。
「アイツ見ているとさ。イライラするんだよ。ガキの頃……マックスは今と同じようなテンションで、偉そうにしててさ。下っ端とか引き連れてたじゃねぇか。でっ、ゲームだっつって、お前を追いかけまわしててよ」
「うん……」
「俺もやっててさ……」
「うん……」
「ジョージだけだったんだよ。あのバカを面と向かってバカだって言えて。アイツに一杯食わせられたのは。俺はなんもしなかった。できなかった。だって逆らったら同じ目に合わせられるじゃんか。それが怖かったんだよ。今は逆だけどよ」
「この前、目が合うなり体当たりしまくってボコボコにしてたよね」
「まったく成長せずにいまだに偉そうにしようとするアイツ見ていると腹立つんだよ。何もできなかった自分のことを思い出してよぉぉ! アイツもアイツだよ! 自分が上に立てそうな話聞くたびにつっかかってきやがって! Mかよ! クソが!」
ウッズは叫ぶだけ叫ぶと。上を見上げる。すると、上には白いサメが泳いでいた。
「なあ、あれ。ジョージじゃね」
「ホントだ。あんなところに何してるんだろ……」
見ていると、白い後ろ姿はどんどん小さくなる。
「あのバカ! まさかっ!」
ウッズは慌てて上を目指す。
「どうしたの?」
「ビリー! アイツを追いかけるぞ! アイツ、レッドワームのいる空を目指す気だ!」
「そんな追いかけたら、僕らも殺されちゃうよ!」
「だから! そうなる前に追いかけんだよ! アイツは、大事な友達じゃねぇか!」
そう言って、ウッズはジョージの背を追った。
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