第4話サメってなんだよ?

 ジョージ。白い肌に無機質な目。表情の変わらない死人のような瞳を持った白い肌のホワイトシャーク。陽の光、月の光さえあれば。海の中を漂うその姿はとても美しいだろう。

 そんな彼はポーカーフェイスの裏に秘めた熱き野心。それがこの“世界”彼出て広い海を目指すことだ。

 この壁の向こうには世界がある。そこには僕らの知らない未知の世界があるんだ。

 そこで……俺にはやらなければならないことがあったはずだ。

 生まれながらにして、ジョージは確信していた。

 だれも外の世界など。そもそも“外”という概念を知ることのできない狭い世界で彼は考えていたのだ。

 それはとてもおかしなことだ。地球はまるいと初めに言ったガリレオのように。リンゴ一つで重力の存在を見抜いたニュートンのように。一介の農夫の娘に過ぎなかったジャンヌがフランスという“国”のために戦うことができたように。

 知りえないはずの環境で。未知の概念を確信するジョージは他のサメから奇異な目で見られていた。

 今だってそうだ。大人たちから聞いていた壁の存在を確認して、家へと帰ったジョージを待っていたのは。彼よりもひとまわりもふたまわりも大きいホワイトシャーク。

 彼の名はルーカス。ジョージの父親で、サメたちの群れのボスだ。

「ジョージ、わたしは何度も言ったはずだ。勝手に群れからはなれるな、と」

 ルーカスは諭すように。されど言うことの効かないバカ息子を賢くすることをはんば諦めたような目で言った。

「ほんのちょっと離れただけだ。そう、自転車さえあればさっと帰ってこれる距離、隣駅まで歩いて帰ってきたようなものさ」

「トナリエキ? なんだそれは」

 ルーカスはため息をついた。コイツはいつもそうだ。わたしたちのわからない言葉を使う。しかも当の本人は誰にも教わったかもわからないときたもんだ。

「ジョージ、壁のところまで行ったのだろう。これでわかったはずだ。この世界の果てはあそこだ。あそこから先に世界なんてありはしない。お前の生きる場所はここにしかないし。ここから出るなんてことはあり得ないんだ」

「い~や、俺はまだ認めねぇよ。ここに壁があるとわかっただけだ。あの壁の向こうには誰も言ったことがないはずだ。まだ、下も泳いでないし。上だって……」

「上だとっ!」

 ルーカスは目をむいた。

「ジョージ! 上に行こうなんて考えるな! あそこにはレッドワームがいるんだぞ!」

 声に怒気がはらむ。怒りだけでなく、怯えも混じった声だ。荒々しげでありながらも震えている声。レッドワームの名を出した瞬間、ルーカスは魂までその名とともに吐き出してしまいそうな心地だった。

 まるで、名前を出してしまうだけで彼を呼び出してしまうのではないかと思っているかのように。

 レッドワーム、それはサメたちにとって恐怖の対象。抗うことのできない市の象徴。赤い管のような怪物はこの世界の星空から現れてはサメたちを吸い込んでいる。

 そのレッドワームの住処にジョージが行こうというなんて。

「冗談でもやめてくれ……」

「冗談でもねぇよ。あの怪物は何だよ! 俺たちが増えたのを見計らって現れやがる。明らかにおかしいじゃねぇか。そもそもだ! なぜ俺たちは自分をサメだと自称する!」

「それの何がおかしい。わたしたちの名じゃないか」

「違ぁぁぁう! いいか! 俺たち個人個人に名があるのはいい! だが、なぜ俺たちの総称をサメだと認識してる。それはなぁ! ある一集団に名前がつけられるときってのはな! ほかに比較対象があるからつくられるもんなんだよ! 俺たちにはあったはずなんだよ! 自分たちはサメだと認識する必要があったときがレッドワーム以外の生物がたくさんいたはずのときがあったんだよ!」

「バカも休み休み言え。お前の言っていることはわけがわからん」

「クソ! らちが明かねぇ」

 そう言って、ジョージは洞穴の中から出た。


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