第3話なぜ外を目指すのか?

 ジョージ、ここが世界のすべてなんだ。

 幼いジョージに、呪いのように繰り返された言葉。

 そう、お父さんはいつもボクに言うんだよ。ジョージ、世界に外があるなんて考えちゃダメだよってさ。

「そりゃそうだろうよ」

 自嘲気味に言うジョージに、まるでトンカチのような頭部をもつサメ、ウッズはヒレをすくめた。

「俺たちのじいじいさんも、言ってるんだぜ。この果てまで泳いだって、どこへも行けないってさ。みんな言ってる」

ウッズは噛みしめるように言って、続ける。

「群れからはぐれたら死ぬだけだ。どこかに行こうなんて考えちゃいけなかったんだ。なあ、ビリー?」

 ウッズは振り返って、背後のビリーに同意を求めた。

「そうそう、みんなのところに帰ろうよ。あそこには美味しい海藻がいっぱいあるよ」

 ウッズの言葉に、ビリーはそうだそうだと言わんばかりに頭を上下に振る。ジョージやウッズよりもひとまわりもふたまわりも大きな体で、周囲に波ができた。

「ほら、みろよ。星々がまたたいている。もうすぐおねむの時間だぜ。ベイビー?」

「お父さんは言っていた。ジョージ、外の世界なんてあるわけないって」

ジョージは唱えるように呟いた。確認するように。逡巡するように。

「ああ、そうだ。外の世界なんてない! 目の前にあるこの壁が何よりの証拠だ」

 そう言って、ウッズは目の前の壁をヒレで示す。

 3匹のサメの目の前には黒い壁があった。

「なあ、ジョーズ、話を整理しようぜ。家出した俺たちは旅に出た。ほんの2時間程度の旅だ。群れから離れ、この海の向こうのさらに向こうへ行こうとしたんだ。きっとこことは違う別の世界があるってな。俺も考えていた。このまま群れの中で大人になって、そのへんの地味なメスといくっつき、子を産み、つまんねぇオヤジになって一生を終えるくらいなら、いっちょ、ピー!(自主規制)をかけがいのあるメスを探しにお前の旅に同行してやろうってな。なあ、ビリー?」

「ぼくは海藻以外のおいしいのがたべたかっただけだけどね」

「だけど、どうだ? むこうのむこうまで泳いで見つけたのはこのデカい壁だ。諦めきれないお前はどこかに出れるところがあるはずだ、と言って、壁沿いをずっと泳いだ。でもどうだ? 泳いでも泳いでも、ず~と壁だ! もうついてけねぇ! 群れのもとに帰るぞ! 俺たちの故郷へ! あそこが俺たちのいるべき場所だ! ここが世界の果てなんだよ!」

「ここが世界の果て……ホントにそうか?」

ジョージの言葉に、ウッズの眉間にシワがよる。

「そうだよ! これ以上先は進めない! それが事実だっ!」

「いや、違う……」

そう、違う。違うはずなんだ。生まれた時から、ジョージには違和感があった。この世界はこんなに狭いものなのか? この先が、この先があるはずなんだと。ジョージのなかにいるなにかがささやいていた。

この世界はおかしい。こんなはずではない。

「なにが違うって言うんだっ!」

「たとえば、そう……星だっ……」

「いつものように綺麗じゃねぇか……」

「違ァァう! 星っていうのはな! もっと変わってなきゃいけないんだよ! すべての星が動かずに同じとこにありつづける……それはおかしいんだっ!」

「星が動かないのがおかしい? なんでそんなことがお前にわかるんだよ。それこそおかしいゼ」

そう、ジョージはここで生まれ、育った。この星しか知らないはずの彼が。この星はおかしいと言うのはおかしいのだ。比較対象があるわけでもないのに。だが、心の中から湧き上がるこの違和感はなんだ?

「そもそも、なぜ暗いままなんだ?」

「暗い? ホワイ?」

「なんでずっと夜なんだってことだよっ! 太陽がないだろうがァ!」

 ジョージの言葉にウッズは首をかしげる。

「タイヨウってなんだよ?」

 そう……太陽っ! ここには太陽がない! 太陽を見たことがないはずのジョージは確信するかのようにそう言った。

 ウッズはやれやれと言いたげなようすで言う。

「ジョージ、もう帰るぞ。俺は帰るぞ。置いてくぞ」

 そう言って、ウッズはビリーとともに群れのもとへ。シャークワールドの中心へと戻っていった。

 その後、ジョージは何分も何十分も何時間もそこをうろついた後、諦めたように背を向けると、

「俺は絶対に諦めねぇからな」

 と言った。

 独り言でなく、誰かに言ったかのように、彼は言ったのだ。

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