第12話 エイト、アヌスに向かって正座をする。

 俺は……かろうじて生きていた。


 アヌスタシアに殴殺おうさつされそうになったのだが、カクさんが慌てて止めてくれた。


 今は正座をしながらアヌスタシアにヒーリングの魔法で治療して貰っている。

 彼女も正座をし、目を細めて口をとがらせながらブツブツ言いつつも、治療の為に手をかざしていてくれた。


 それにしても……。


「アヌスタシア様……」

「……あによ?」

「アヌスタシア様は治癒魔法も使える上に格闘もできるんですね?」


 俺は不思議に思った。


 完全とは言えないまでも火傷の治療すら可能な魔術師としての能力。

 そして男を簡単に殴り倒し地に這わせる事のできる格闘術。

 ……後者は俺が弱すぎたにせよ、見た目の若さからは考えられないセンスの持ち主だ。

 どちらか片方であれば、どちらかのスキルを持っているからだと考えられるのだが……。


「……私は、お母様と同じ戦闘のスキル持ちだって、子供の頃に城のお抱え魔術師が教えてくれたわ」

「お抱え魔術師?」

「魔法の中には誰が何のスキルを持っているのか見通せる術があるそうよ?」


 アヌスタシアは、そう言うと不機嫌な顔から、やっと少しだけ笑顔を見せてくれるようになった。


「そんな便利な人がいるんだ……戦闘のスキル持ちって?」


 アヌスタシアはスケさんとカクさんの方を見た。

 カクさんは右手の人差し指と中指で眉間を押さえて目を瞑りながら渋い顔をしていた。

 スケさんは……やれやれ、もう、そこまで言っちゃったんだから全てを話してしまいましょう……という感じの表情をしながら頷いた。


 スケさんが俺に向かって戦闘のスキルについて説明してくれる。


「戦闘のスキルというのは、剣術、武術、魔術が複合されたスキルらしい」

「えぇっ!」


 聞いた事が無い。


「通常、スキルは一種類だけなんだが、まれに数種類のスキルを同時に持っているかのようなスキルを持つ者達がいる」

「そんな人達が?」

「まあ魔術師の話によれば、スキルとしては単独のもので関連する広範囲をカバーしているから数種類あるように見えるだけらしい」

「つまり?」

「お嬢は戦闘に必要な技を多く使えるスキルを持っているということさ」


 スケさんは誇らしげにアヌスタシアを見る。


「俺は剣術スキル持ちだ。剣を使って戦うのが一番得意だ。格闘術のセンスは無いし、回復や強化は魔術師やアイテム頼みになる。でも、お嬢は……例え剣が折れても拳で、拳が潰れても足で、足を挫いても、それらを魔法で回復させて戦う事が出来る」


 俺は驚愕の表情のままでアヌスタシアを見た。

 彼女は恥ずかしそうな、でも少しだけ寂しそうな表情で視線を俺から逸らすように顔を伏せる。


「剣術はスケさんから、格闘術はカクさんから、回復や防御や支援、状態異常解除の魔法なんかは、ウォータードアの方の城にいる魔術師達から習ったわ」


 アヌスタシアは顔を上げると俺に向かって笑いかける。


「でもね……器用貧乏なだけなのよ。レベルだって、まだ30そこそこだし……二人には遠く及ばないわ」


 30で、そこそこ?

 その若さで常人の到達できるレベルじゃないってのに?


「お嬢様! そのような事はありません! 確かに我々の方がレベルは上ですが、多彩な術を組み合わせて戦う貴女に勝てる者など、ウォータードアの城内には殆どいなかった」

「……その、殆どいない枠の中にいる人に言われてもねえ……」


 アヌスタシアは自嘲気味に溜め息を漏らすと、カクさんを見る。


「でも、ありがとう……お世辞でも嬉しいわ」


 アヌスタシアが、改めて俺に向き直る。


「それに、どんなに頑張っても母様には届かないの……レベルの上限値が違い過ぎるもの……」

「アヌスタシア様の上限値は幾つなんですか?」

「……99よ」

「……充分すぎるじゃないですか」

「でも、お母様は999だったのよ?」


 ……えっ?

 あり得ない……。

 亜人や獣人ですら100より、ちょっと多いくらいの上限値を持っていれば良い方だ。

 それを超えるとなると魔族か……あと一つしか思い当たらない。

 まさか……。


「お母様は異世界転生者だったの……」


 やっぱりかー!


 実のところ異世界転生者という存在は、この世界では珍しいと言えば珍しいのだが、誰もが知っている存在でもある。


 そして、その特徴としてレベル上限値が異様に高い点があげられる。


 その為か異世界転生者達の多くは、この世界の歴史上で重大な場面において、めざましい功績をあげて名を残している人が多い。


 あまり役に立たないチートスキルしか持っていない俺にしてみれば……余計な事をしやがって……としか思えない話なのだが……。


 しかし、幾らレベル上限値が高くてもスキルを鍛えなければレベルは上がらない。


「お嬢様……今は亡きお母上と御自身を比べ悲観なさらないで下さい。それにアクメサンドラ様は、最終的なレベルこそ100を超えておられますが、お嬢様くらいの歳ではレベルが25程度だったと伺っております。成長速度でいえば貴女の方が上ですよ」


 ……あれ?


 カクさんがアヌスタシアを慰めようとした言葉に、俺は引っ掛かったので尋ねてみる。


「魔将軍って魔族ですよね? レベルは、どのくらいあったんです?」

「詳しくは知らないが物凄く強かったらしいから、200……いや、300以上はあったんじゃないか?」

「それでレベル100くらいのアクメサンドラ様が、どうやって勝つ事が出来たんですか?」


 俺の質問にアヌスタシアが一瞬だけ驚いたが、その直ぐ後に納得したかのような表情を見せる。


「そうか、エイトはベイエイ出身だから、あの剣の事は知らないのね……」


 アヌスタシアは自分の荷物に駆け寄ると二本の剣を取り出し、こちらに戻って来て俺に見せてくれた。


「お母様が魔将軍に勝てたのはパーティメンバーである、お父様やカクさんとスケさんのお母様達の活躍のおかげもあったって聞いているのだけれど……もう一つは、この二本の剣たちのおかげでもあるの」

「……これは?」

「インローソード……この世界で、ただ一つ……レベルドレインの力を持つ剣。この国では結構、有名な代物しろものなのよ?」


 レベルドレイン?

 それって、まさか?


「この剣はヴァーチュリバー王家に代々伝わる宝剣で、お母様から私が受け継いだ形見の品でもあるの」


 アヌスタシアは先ず短い方の剣を俺の目の前に出して良く見せてくれた。


 金でくきと葉のような装飾がなされた白くて細い円筒の鞘に納められた短剣。

 同じく円筒の柄にはヴァーチュリバー王家の紋章である菊の花の模様が彫られ、花びら達が浮き上がるように金色に輝いていた。

 今は彼女のかたわらに置かれている長剣の方にも似たような装飾が施されている。

 鞘に納められたままだが、両方とも女性の親指程度の太さしか無く、折れそうなくらい細身の剣だ。


「長剣の名前はローソード。そして、この短剣がインソード。二つは対になっていて、まとめてインローソードと呼ばれているわ」


 そう言って彼女は短剣インソードを抜いた。

 インソードの刃は金属で造られた形として存在するものでは無かった。

 まるでガスバーナーの青い炎のように透き通って輝く刀身。


「えいっ!」


 アヌスタシアは不意に俺の肩へ素早く短剣を突き立てた。


 え?


「うぎゃああああぁぁぁぁーっ! ……あれ?」


 俺は条件反射で思わず叫んでしまったが全く痛くない。

 突き立てられた場所から血が流れる事も無かった。


 アヌスタシアはクスクスと笑った。


「ごめんね、驚いた? 実はインソードでは相手を傷つける事はできないの。このインソードは主に自分に刺して相手のレベルを吸う為に使うのよ?」


 アヌスタシアはインソードの鞘だけを傍らに置いて、代わりにローソードを手にとって俺に見せる。


「このローソードを抜いてレベルを吸いたい相手に向けて構えるだけで、吸った相手のレベルの分だけインソードを刺した者のレベルを増やす事が出来るらしいわ」

「ただし限界はあるそうだけどな」


 スケさんが説明に加わる。


「インソードを刺した者のレベルの上限値を超える事は出来ないらしいし、もし上限値に到達してしまったら、それ以上は相手のレベルを吸う事もできないそうだ」


 スケさんが俺の肩に突き刺さったままのインソードの柄の先端を右手の人差し指で触れた。

 そして真剣な眼差しで俺を見つめながら言う。


「もし、無理にでも吸おうものなら……」

「……吸おうものなら?」


 スケさんの珍しく真面目な表情に、俺は息を呑んだ。


「インソードを刺した者の精神が崩壊する……」


 ひいぃっ!


「い、今すぐ抜いてっ!? 抜いてくれっ!」


 俺はインソードの柄を掴んで自分の肩から引き抜こうとした。

 スケさんがニヤニヤしながら物凄い力で、それを抑え込む。


 ひ、人差し指一本で!?

 分かってはいたけど、この人も化け物だ!


 アヌスタシアが再びクスクスと笑いながら話す。


「大丈夫よ。ローソードを抜いて誰かに向けない限りはレベルドレインはされない筈だから……。それに、直ぐに上限値まで吸えるわけでも無いって話しだし……」


 そ、そうか……。

 慌ててパニくったけれど、考えてみれば大丈夫だった。


 スケさんは俺の肩からインソードを引き抜くとアヌスタシアに渡した。

 アヌスタシアはインソードを鞘に納めながら俺に向かって話す。


「私のレベルは30、上限値は99、差し引いて69レベル分しか相手のレベルをドレインは出来ない筈よ」

「じゅ……充分過ぎません?」


 上限値でなく実レベル69の相手なんて、そうそういるわけがない。

 それに何も全部のレベルを吸い切る必要は無い。

 アヌスタシアのレベルが相手より上になれば、勝機が訪れるわけだから、今なら実レベル168までの相手なら彼女は対等に闘えるという事になる。

 それ以上のレベルの相手となると……。


「そうね……魔将軍みたいな奴が再び現れなければ、その通りだわ……」


 アヌスタシアは何故か、とてもツラそうな顔をした。


「それに……」

「それに?」


 俺は先を促すように尋ねたが、アヌスタシアは微笑むだけで続きを話してはくれなかった。


 少しだけ沈黙している四人の間に静かな時間が流れたのだが……。


 俺は、ふとした事を思い出して彼女に質問をしてみる。


「そう言えば……アヌスタシア様のレベルの刻印は、何処にあるんですか?」


 何故だか顔を真っ赤にするアヌスタシア。


「ど、どこだって、いいじゃない! ……エイトこそ、どこにあるのよ?」


 逆に質問をされた。


「太腿の内側の付け根の辺りです」

「あ、そこだったんだ。見つからないもんだから、てっきり私と同じ位置なのかと思った」

「……えっ?」

「……あっ!」


 ……ちょっと待て?

 夢の中で俺のレベルの刻印を探していた三人は、あと身体のどこを探していないって言ってたっけ……?

 確か、太腿の付け根とタマタマの裏、それにお尻の穴の周りだとか言ってたな。

 アヌスタシアは本当の女の子だからタマタマは無いはず……。


 ……尻の穴?


「あの……もしかして、アヌスタシア様のレベルの刻印って尻のア……」

「ち、違うわ! あれは……び、尾骶骨びていこつ……そうっ、尾骶骨にあるのよっ!」

「ああ、なるほど……尾骶骨か……」


 ……ん?


「それって結局、尻の穴の周りにあるという事では?」


 俺が尋ねた後で、アヌスタシアは唐突に素早く立ち上がると……。


「き、記憶が無くなれええぇぇーっ!!!」


 ……ゴスッ!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る