第6話 エイト、アヌスとマズい状況になる。

 ヴァーチュリバー王国が魔将軍に支配されていた暗黒時代いぃ〜?

 聞いた覚えだけは、あるような?

 転生後の子供の頃に歴史の授業か何かで……。

 爆睡していたからなあ……憶えてねーや。


 俺はコルネアに申し訳なさそうな顔をして答える。


「すみません。無学なもので……」

「ああ、いや……エイトのいたベイエイ帝国から見れば、他国で昔に起きた事件だから詳細を知らないのも無理はないさ」


 コルネアは、そう言って微笑んでくれた。

 アヌスタシアが話しかけてくれる。


「元々、ヴァーチュリバーは人間が多く住んでいた事もあって、昔から私たち人間による他種族への差別が少なからずあったわ」

「そうだったんですか」


 俺は適当に相槌を打つ。


「私が生まれる数年前に突然、魔将軍ラック=ゾングと名乗る魔族の女性が現れたの……」


 アヌスタシアは怪談でも話しているかのような真剣で恐ろしげな表情になる。


「彼女の力は凄まじくて、その圧倒的な侵攻に屈する都市が続出……瞬く間にヴァーチュリバー国の全土は支配されていったわ」

「たった一人で、ですか?」

「もちろん仲間達がいたわよ? 四柱と呼ばれる幹部達に今まで虐げられてきた魔族達、それに……」

「一部の獣人や亜人、それに人間達ですか?」


 アヌスタシアは、こくりと頷いた。


「特に魔将軍側についた獣人達の数は、半端じゃなかったらしいわ」

「……らしい、ですか?」

「私も生まれていないから、当時を知っている人達から聞いた話なのよね」


 アヌスタシアは、ちらりとセヴェンを見る。

 セヴェンは当時の事情について語ってくれた。


「半ば魔将軍に脅されて仕方なく協力させられていたという場合が殆どでした。けれども、その時点までの種族の違いによる待遇の差がなければ、ああも見事にクーデターは成功しなかったでしょう」

「それを教訓として私の母親が、魔将軍を討ち倒した後に人間と他の種族の間で格差が無くなる様に、あらゆる面から尽力したわ」


 アヌスタシアがセヴェンの説明を補足してくれた。


「お嬢様の、お母様が魔将軍を倒されたのですか?」


 俺の質問に答える前に、アヌスタシアは周囲を見回した。

 酔っ払い達が誰も、こちらに注目していない事を確認すると、彼女は口に片手を寄せて小声で囁く。


「実は、そうなの」


 そしてアヌスタシアはドヤ顔をして胸を張る。

 ちょっと可愛かった。


 アヌスタシアはアシスタの方を見る。

 アシスタは手の平を上に向けて、どうぞのサインを出す。

 恐らくアヌスタシアの出自を含めて、詳しく俺に説明しても良いというサインなのだろう。

 コルネアは目を瞑り片手で額を押さえて少しだけ渋面になっていたが、反対はしなかった。


 アヌスタシアは語り始める。


「魔将軍は王家を根絶やしにせずに統治に協力させたわ。ヴァーチュリバーは魔族や獣人や亜人、そして一部の人間が重用される国へと変わった。彼らにとっては暗黒時代というより天国よね」


 セヴェンも続きを話してくれる。


「ですが魔将軍が倒されると、私達と彼らの溝は暗黒時代以前に逆戻りするどころか、より深くなってしまいました」

「虐げられていた者達が虐げる立場になり、また虐げられるようになって、更に悪化してしまったのですね?」


 俺のセヴェンへの問いに頷いたのは、アヌスタシアだった。


「母様も頑張っていたんだけど、溝は埋まらなかった。祖父や他の王族達は、彼らの地位向上に消極的だったわ。また魔将軍のような者が現れるかも知れないと、彼らに権力の一部でも握らせるのを躊躇った。本当は、そちらの方こそ再び魔将軍が現れた時にマズイ事になるって言うのにね……」


 アヌスタシアは溜め息を漏らす。


「お嬢、魔将軍のような者が現れた時に……ですよ?」

「え? あっ……え、ええ……そうね」


 アシスタがアヌスタシアの言葉を訂正した。

 アヌスタシアは少し焦って同意する。

 やはり姫という立場の者は、ささいな言い間違いですら許されないらしい。


「それでキアンさんは、お嬢様を見て両親の仇だと言ったんですね?」

「たぶん彼女は魔将軍の治政だった頃に両親と幸せな暮らしをしていたんでしょうね。その後の獣人達の凋落振りを考えれば恨まれても仕方ないわ」

「王族が獣人達に狙われるのは、これが初めてというわけでも無いですしね」


 コルネアが、そう言って苦笑いをする。


「でも、あの時も言ったけれど……魔将軍との戦いで私の父は殺されて、母親は戦闘が激しかったせいで、後に身体が弱ってしまい、私を生んで育てて子供の頃に亡くなってしまったわ。獣人達が魔将軍に与しなければ、父や母が死ぬ事は無かったのよ。だから、こっちだって向こうが親の仇みたいなものよ」


 アヌスタシアは少しだけ怒りながら愚痴をこぼした。


「でも私は母の遺志を継ぐわ。それが私を生んでくれた一番の恩返しになるはずだもの。私は決して自分から彼女達を憎んだりしないわ」

「……ご立派です」


 心の底から正直に言えた。

 本当に俺は、アヌスタシアの事を立派だと思った。


「そ、そうかな?」


 アヌスタシアは頰を赤らめ照れている。


「アヌスタシア様の、お母様の名前は何と仰るのですか?」

「アクメサンドラ=ヴァーチュリバーよ?」


 俺は吹き出しそうになるのを必死で堪えた。


 アヌスにアクメ?

 なんなんだろう?

 血筋なのか?

 こういう名前を付けなければならない家訓でもあるのか?


「お、お母様が直接、魔将軍を倒されたのですか?」

「最後にトドメを刺したのは、私の母親だと祖父から聞かされているけれど、その時のメンバーは私の両親と……」


 アヌスタシアはコルネアの方を見た。


「私の母親でアクメサンドラ様の親衛隊だったアンナ=カクリコンと……」


 コルネアはアシスタの方を見る。


「俺の母親で同じヴァーチュリバー国の軍人だったスティシア=スケルトーの四人だ。もっとも生きて戻られたのは、アクメサンドラ様だけだった、と聞かされているけどな……」

「そうだったんですか……」


 マズイ話を聞いてしまった。

 俺は自然と沈痛な面持ちになってしまう。

 アシスタが笑って声をかけた。


「お前が悲しむ話じゃないさ。こっちも、まだガキで物心がつく前の話だからな。はっきりとした事は覚えちゃいない。暗黒時代の事も含めてな」

「英雄の娘と呼ばれてもピンと来ないさ。偉大な母親を持ってプレッシャーを感じる事はあるが……」


 コルネアがアシスタに同意する。


「三人とも既に両親が他界して、その容姿も余り記憶に残っていない。お嬢様に至っては父上殿の肖像画すらないのだ。我々は、おそれおおい事だがアクメサンドラ様が母親の代わりで、お嬢様とは姉妹のように育てていただいた御恩がある」

「腐れ縁で、つるんでいるのさ」


 コルネアの説明にアシスタが少し付け足して笑った。


「つるんでいると言えば、スケさん達は何か目的があって首都に来られたのですか?」


 さっきの事件の時に聞こえたシェリーとアヌスタシアの話では、お忍びの任務だという事だが……。


「ん? まあ、ちょっと探し物をしていてな……」

「スケさんっ!?」

「そう怒るなよ、カクさん……何せ手掛かりが全く無い状態だ。少しでも情報が欲しいんだよ」


 アシスタはアヌスタシアの方を向いて確認をとる。

 アヌスタシアは今まで以上に真剣な表情で頷いた。


「エイト、お前が首都に来てから、誰かが何処かへ大きな箱を……そう、例えば人が一人くらい楽に入れそうな入れ物を他の都市から持ち込んだ、とかいう話を聞いた事はないか?」

「いいえ、まったくありません」

「そうか……」


 アシスタは少しだけ残念そうな表情をした。

 その後で笑顔になってアヌスタシアに伝える。


「お嬢、俺とセヴェンとシルバは、まだ少し呑んでいくから、先にカクさんと一緒に貴女の恩人を宿の部屋に案内してやってくれ」

「いいわよ。じゃ、行きましょうか?」


 アヌスタシアに手を引かれて、俺は店を後にした。


 ……え?


 次に気が付いた時には、宿屋の四人部屋の中にいた。


 ……あれ?


 アヌスタシアとコルネア……カクさんが服を脱ぎ始める。


「ここの部屋って露天風呂付きなんですって!」

「へえ、それは楽しみですね」

「ゆっくり浸かって、のんびりしましょ?」

「お嬢様、お背中をお流しいたします」

「ありがとっ」


 ……はい?


 俺は下着姿の二人に恐る恐る話しかける。


「すみません。私の部屋は?」

「……なに言ってんの? 一緒に同じ部屋に泊まるに決まっているじゃない」


 な、なんだってえぇーっ!!

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