第4話 エイト、アヌスと飯を食う。

 アヌスタシア達は後の事をシェリーにゆだねて、闇カジノがある建物から外へ出た。

 俺も後から続いて外へと出る。


「すっかり暗くなってしまったわね」


 アヌスタシアは周りを見て、そうつぶやいた。

 俺も見回すと、闇カジノに入った時には賑やかだった繁華街はんかがいも、ほとんどが店仕舞みせじまいいをしている事に気付く。


 カクさんがスケさんに向かって話しかける。


「どうするのだ、スケさん? 我々は、まだ宿も決まっていないんだぞ?」


 そういえば俺もだ。

 危うく牢屋ろうやが宿になりかけたが……。


「宿屋なら、まだ開いている所も多いだろう。適当に歩きながら探せば見つかるさ」

「お腹が空いちゃったわ」


 呑気のんきなスケさんにアヌスタシアが愚痴ぐちをこぼす。


「私に任せて下さい」


 俺は自ら申し出るとチートを使った。


「この先に美味しい店がありますよ」


 俺が先頭を歩いて三人を案内する。

 道の途中に淡い桃色の花びらと路面の土の色でまだら模様になった絨毯じゅうたんかれていた。


「この道には桜の木が並んでいるのね」


 桜の枝が、まだ肌寒い風に揺らされて花びらを散らしている。

 その様子を見るアヌスタシアの巻き毛も風になびいていた。

 寒いのか、ほおを紅く染めて顔にかかる巻き毛を微笑ほほえみみながら手探りで、かき上げる彼女。


 俺は、そんな彼女の仕草を可愛らしいと感じていた。


 夜桜を見物しながら桜並木を抜けていく。

 やがて大きな建物からなる一軒いっけんの料理屋が見えた。

 運が良い事に宿屋もいとなんでいる様子だ。


「シルバ、宿の方をとっておいて貰える?」


 アヌスタシアが命じると、シルバさんはうなずいて同じ大きな建物の宿屋側の入り口へと向かった。


「さあ! メシだ、メシ!」


 スケさんの号令のもと、俺達は料理屋に入った。

 店内は、まだまだにぎやかだったが、夕飯時と言うより酒を呑んでいる連中の方が多い時間帯に突入した感じだ。

 カクさんがウェイトレスに人数を伝えて六人掛けのテーブルに案内して貰う。


 六人?


 アヌスタシア、俺、カクさん、スケさん、後から来るであろうシルバさん、の合計は五人だ。

 俺が疑問に感じていると、後ろから女性らしき声をかけられる。


「みなさん、お待たせいたしました」


 振り返った先に巨乳が立っていた。


「お帰り! セヴェン!」


 アヌスタシアは、そう呼んで彼女を抱きしめて巨乳に顔をうずめた。

 うらやまけしからん。


 後から合流してきたセヴェンと呼ばれた女性は、なんというかれていた。

 チートを使って調べた感じでは、人妻で子持ちのようだ。

 俺を含めた男に好かれそうな、だらしないプロポーション。

 アメジストのように輝く綺麗な紫色の、ゆるふわなロングヘアー。

 黒い厚手の生地きじによるマキシワンピのような服を身に着けている。

 後ろから酔っ払いどもの視線がセヴェンの尻に、あからさまに集中していた。


 しかし、何というかすきがあるようで無いような、不思議な雰囲気を漂わせている女性だ。

 ぴっちりとしたマキシワンピを着ているにも関わらず、動きづらそうな気配が全くしない。


 セヴェンもアヌスタシアを軽く抱きしめると頭を撫でる。


「シルバから少し話を聞きましたわ。大変だったみたいですね、お嬢様?」

「どうって事ないわ」


 微笑みながら尋ねるセヴェンに、アヌスタシアは顔を上げて微笑み返した。


 お嬢様?


「彼女に助けてもらったのよ?」


 アヌスタシアは俺の方を見る。

 セヴェンも彼女に釣られて、こちらを見た。


「ありがとうございます」


 セヴェンはアヌスタシアを抱いたままで俺に向かって頭を下げた。


「いいえ」


 俺は、そう答えて軽く会釈えしゃくする。


「お嬢! 積もる話は後にして早く席に着いて注文しようぜ? 俺も腹が減ったよ」


 スケさんのアヌスタシアに対する呼び方も変わっていた。

 なるほど、お姫様だという事は人前では隠すつもりのようだ。

 俺が確認するようにカクさんの方を見ると、彼女は頷いた。


 でも不思議だ。

 お姫様なら国民に顔を知られていても良さそうなもんだが……?

 出会った時の彼女達はフードをかぶっていたが、今は外している。

 なぜ周りの連中は、誰一人として気づかないんだ?


 俺はアヌスタシアが姫である事をせながらスケさんに尋ねてみる。


「みなさんは、この首都に住んでいるわけでは無いのですか?」

「俺達は普段、ウォータードアに住んでいる」


 スケさんは、こちらの意図をんで答えてくれた。


 ウォータードアは、この首都であるジアングドアより北東に位置するヴァーチュリバー国の地方都市だ。


 それなら首都に住む市民が、アヌスタシアの顔を知らないのも納得はできる。

 お姫様なんて、そんなに間近で見られる機会なんて一般人にあるはずもない。

 顔なんて詳しく知らなくて当然だ。

 高価そうな白い鎧は、目立つ気もするが……。


 国王陛下は当然ながら首都に住んでいる。

 祖父と孫の間柄なのに、なぜ二人は離れて暮らしているのだろう?


 ま、あまり立ち入った事を聞くのも、なんだから……やめとこう。


 全員が席に着いてメニュー表を見る。

 途中でシルバさんも合流した。


 賭け金が戻ってきたとはいえ、あまり贅沢ぜいたくは出来ない。

 俺は安い鳥の唐揚からあげ定食を選んでカクさんに伝えた。

 それを聞いていたアヌスタシアが俺に向かって言う。


「助けて貰った御礼に何でもおごるわよ? 遠慮なく好きなものを注文しなさいな」


 なんでも?

 それじゃ君を注文しちゃおうかな〜?

 ……とは言わなかったが、少し高めのポークソテーを選んだ。


 各々の注文が決まった所で、カクさんがウェイトレスを呼んで、まとめて伝える。


 アヌスタシアが俺に尋ねてきた。


「この、お店には良く来るの?」

「いいえ、初めてです」

「……それでどうして、ここが美味しいって分かったの?」

かんです。良く当たるんですよ? 私の勘って……」


 一同が不安な表情になる。

 そりゃそうだ。

 誰だって他人の勘なんて、あやふやなものを信じられるわけがない。


 第一、勘なんて大嘘だ。

 本当はチートを使って探し当てている。

 時々よくやる俺の、ちょっとした悪戯いたずらだ。


 やがて料理が出来て運ばれてくる。


 アヌスタシアは俺と同じポークソテーを注文していた。

 美味しそうな匂いをいで、うっとりしながら彼女は肉を一切れだけナイフで切ってフォークに刺した。

 セヴェンがアヌスタシアに向かって、あーんをする。

 アヌスタシアはセヴェンの口の中に切った肉を入れた。

 どうやら毒見をして貰っているようだ。

 俺のチート……じゃなかった……勘は信用されていないらしい。

 俺は苦笑いしながら、その様子を眺めた。


 肉を噛みしめているセヴェンの目が、大きく見開いた。

 彼女は指でアヌスタシアに向けてグッドのサインを出す。


 アヌスタシアは、もう一切れの肉を今度は自分の口の中へと運んだ。

 楽しそうに良く噛んで飲み込むと、彼女は喜んで俺に伝える。


「ホントだ……美味しい! 凄いじゃない!」


 これこれ。

 この表情の移り変わりのギャップが見たくて、この悪戯を時々やってしまう。

 今回も成功したぜ!


「貴女の勘って凄いわね! えーと……」


 アヌスタシアの表情が固まる。


「そういえば名前は、なんだっけ?」

「えーと、エイトです」

「いや、駄洒落だじゃれはいいから……」

「本当にエイトなんですよ」

「……面白い名前ね?」


 ほっとけ!

 あんたに言われたくないわっ!


「俺の名前はアシスタ=スケルトーだ」


 スケさんが、お酒の入ったコップを片手に自分のフルネームを俺に伝えてきた。


「おいおい……スケさん……もう、酔っているのか?」


 カクさんが慌てて止めようとする。


「それも少しあるが……いいじゃないか、どうせ誰も聞いちゃいない」


 スケさんは周囲を軽く見回す。

 他の客達は、みんな自分達の席の飲みと会話に夢中の様子だった。

 セヴェンの尻をめるように見ていた連中も今は笑い合いながら、お互いに語り合っている様子だ。


「それに、こいつはもう俺達の名前や、お嬢の事を知っている」

「しかし……」


 カクさんはアヌスタシアの顔を見た。

 アヌスタシアは微笑んで頷いた。

 カクさんは苦笑しながらめ息をらす。


「……お嬢様の恩人おんじんだしな。私はコルネア=カクリコン。以後、よろしくな?」


 それでスケさんとカクさんか……。

 偽名ぎめいになっていないんじゃ……?


 巨乳さんが巨乳に右手を置いて後に続く。


「私はセヴェン=アロウ。お嬢様の小さい頃から身の回りの世話をさせて頂いているわ」

「……シルバだ」


 やわらかな挨拶あいさつの後に無愛想ぶあいそうな挨拶が続いた。

 シルバさんって無口な人だなあ……。


 スケさん……いやアシスタが俺に尋ねてくる。


「この店には初めて入ったって?」

「はい」

「じゃあ、エイトも首都に住んでいるわけじゃないのか?」

「……その通りです」


 さて……どこまで話したものやら……。


「私は遠い異国の地であるベイエイから来ました」

「……帝国から?」


 カクさんは俺に向かって露骨に目がわる。

 スケさんは表面上には変化がない。

 かえって、それが怖い。

 セヴェンさんは、それすら感じさせない笑顔だった。

 だから、もっと怖い。

 シルバさんは仏頂面ぶっちょうづらのままだ。

 なんだか安心した。


 マズい。

 ベイエイとヴァーチュリバーは友好的だと聞いていたのだが……。

 幾ら何でも王族に近づいてしまった奴が、出していい話題じゃなかった。

 スパイだと思われかねない。

 しかし嘘をついても、この人達にはバレそうな気がする。


 そんな事を考えていたら一人だけ身を乗り出して尋ね返してくる奴がいた。


「ベイエイですって!?」


 アヌスタシアだ。

 彼女は目を輝かせながら笑顔で尋ねてくる。


「ねえねえ、ベイエイでは様々な種族が、平等に暮らしているって本当なの!?」


 まあ、貧富の差はあるけれど……。


「ええ、本当ですよ。王様も純粋な人間ではありませんし、魔族や獣人、ダークエルフなどの亜人であっても悪い事さえしなければ罰せられる事もありません」

「へえ」


 アヌスタシアは羨望せんぼう眼差まなざしで俺を見てくる。

 正確には俺を通してベイエイの制度にあこがれているのかも知れない。


「それどころか他種族である事を理由に、経営者が従業員を閑職かんしょく左遷させんしようものなら、経営者の方が罰せられます」

「凄いわ……徹底しているのね」


 ヴァーチュリバーは違うのだろうか?

 先程の一件は俺にとって少しだけ疑問の残る余地がありはしたが……。


「ヴァーチュリバーも今は法的に差別が無いと聞いておりますけれど……?」


 俺がアヌスタシアに、そう尋ねると彼女は寂しそうな表情に変わる。


「建前の上ではね……でも、先程の事件を見ても分かるでしょ?」

「獣人が王家を憎んでいる事ですか?」

「それもだけど……そもそも彼ら獣人や魔族、一部の人間や亜人達は、あんな闇カジノみたいな場所しか勤め先が受け入れてくれないのよ……」

「どうして、そんな差別が?」


 何気ない俺の疑問の言葉に、一同が驚いた顔をする。


「エイトは知らないのか?」


 コルネアが俺に尋ねる。


「我がヴァーチュリバー王国の暗黒時代……事実上、魔将軍が国を治めていた黒歴史を……」

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