第3話 エイト、アヌスに助けられる。

 カクさんがメイドの頭に向かって正拳突きをする。

 だが、そのこぶしくうを切った。

 スケさんがメイドの腕を掴んで引き寄せ、カクさんの一撃を回避させていた。

 カクさんの放った拳の先の壁が、遠くにあって届く筈も無いのに大きくへこんだ。

 まともに喰らっていたら、メイドは即死だっただろう。


「邪魔をするなっ! アシスタ!!」


 カクさんはスケさんを、そう呼んだ。

 その顔は怒りと殺意で歪んでいる。


「落ち着け、コルネア」


 スケさんはカクさんを、そう呼んだ。

 先程も呼んだカクさんの本名だ。


 ……という事はスケさんの本名は、アシスタなんだな。


「落ち着いてなどいられるかっ! 姫様が危うく傷付けられる所だったんだぞっ!?」

「ああ、その通りだな。だが、こうして、そこの少女のおかげで事なきを得ている」

「だから、なんだ!? そのメイドを許せとでも言うのかっ!? 死罪が妥当だっ!」

「それを決めるのは、お前じゃない……姫様だ。俺も思いは同じだが、ここはこらえろ」


 姫様を持ち出されて冷静にさとされたカクさんは、構えをほどくと大きく息を吐いて落ち着こうとした。


「……悪かった。元はと言えば親衛隊にも関わらず姫様のおそばを離れた私の失態しったいだ。済まなかった……」

「いや、こちらこそ姫様から離れないように、お前を注意するべきだった。申し訳ない」


 そんな様子を見ながら俺は、金髪美少女による治療ちりょうを受けていた。

 アヌスタシアは右手を俺の手の甲にかざして呪文を唱え続けている。

 薬品のせいで火傷やけどを負った俺の手の甲は、少しずつ元の色を取り戻しつつあった。


「どうして、こんな無茶を……」


 呪文を唱え終わり手をかざすだけになった姫様は、俺を責めるように見つめながら呟いた。


「なるべく女の子の肌は、こんな風になって欲しくないじゃないですか……」

「貴女だって女の子じゃない……」


 ……そういや、そうだった。


「駄目……これ以上は、元に戻せない……」


 アヌスタシアは悔しそうに唇を噛む。

 俺は手の甲を確認する。

 うっすらと茶色く変色した部分が、肌の上に少しだけ残ってしまった。


「ごめんなさい……私に代わって、こんな……」


 アヌスタシアの瞳がうるんでいた。

 女の子としては、とても重要な事らしい。


「気になさらないで下さい。ありがとうございます」


 個人的には本当に気にならないので俺は、そう答えた。


「姫将軍様、この者をいかがいたしましょうか?」


 スケさんがメイドを抑え込みながら尋ねてきた。

 アヌスタシアは厳しめの表情をしながらメイドに近付いていった。

 その様子をカクさんがすきのない眼差しで見守る。


 アヌスタシアはメイドの被っていた帽子を取った。

 中から髪の毛と同じ茶色の猫耳が現れる。


「やっぱり……獣人じゅうじんだったのね」


 やっぱり?

 獣人の女性はアヌスタシアをにらんでいたが、震えている様子だった。

 アヌスタシアは彼女に尋ねる。


「貴女、名前は?」

「キアン……キアン=フォーム」

「なぜ私を狙ったの?」

「……父と母の仇だからだ」

「私が殺した訳では無いわ」

「……お前ら王族が殺したようなものだ」

「それなら私も獣人達に母を殺されたようなものだわ」


 アヌスタシアは見下ろし、キアンはうつ伏せに抑え込まれて見上げながら、互いを睨み合った。


「……キアン、貴女が私を恨みたければ好きなだけ恨むといいわ」


 アヌスタシアはあわれみの視線をキアンに送る。


「でも私は、獣人達を憎んだりしない。それが母の遺言だから……」


 アヌスタシアはキアンに背を向けると二、三歩だけ俺の方に向かって歩く。

 そして立ち止まって顔だけ振り向き、もう一度だけキアンを見つめる、


「貴女に私の、母の考えを押し付けたりはしないけれど……私を狙うにしても自分が死んでしまっては、つまらないと思わなかったのかしら?」


 アヌスタシアの、その一言にキアンは死を覚悟してしまったのか、がっくりと項垂れた。


 アヌスタシアはシェリーの側へと歩く。

 途中で俺は彼女に小さく声をかけた。


(お手柔らかに頼みます)


 彼女は立ち止まると驚いた表情で俺を見た。

 そして、にっこりと微笑む。


 シェリーがアヌスタシアに近付き、その唇に耳を寄せる。


「シルバから事情は聞いていると思いますが、私達は、お忍びの任務があります」

「伺っております」

「この場の裁きは貴女に全て、お任せします。キアンの件も含めて……」

「分かりました」

「私が危ない目に遭ったと国王陛下……お祖父様には報告しないで下さい」

「よろしいのですか?」

「……報告をしてしまえばコルネア達も何がしかの罰を受けねばなりません。任務を遂行する為には少し厄介な事になるので、なるべく避けたいのです」


 アヌスタシアは、お姫様らしい丁寧な口調でシェリーに指示を出した。

 俺は、そんな彼女を縄をかけられながら見つめていた。


 ん?

 縄?


「えっ!?」


 俺は後から部屋に入ってきたシェリーの部下に縄で縛られようとしていた。

 どうやら逮捕されて連れて行かれようとしているようだ。


 ……ようだ、じゃない!


 アヌスタシアも俺に縄がかけられているのを見て慌てる。


「ちょっ、ちょっと! 彼女は恩人なのよ!?」

「しかし闇カジノに参加していた犯罪者です」


 シェリーは、にべもなく答える。


「そ、それは、その通りだけど……」

「幸いケガも火傷のあと以外は大した事は無い様子、一度は牢屋に入る事になるでしょうが、姫様の恩人でもある事ですし、決して悪いようにはいたしませんので、私共わたくしどもにお任せ下さい」

「で、でも……」


 自信たっぷりに微笑むシェリーに困惑するアヌスタシア。

 俺は少しだけ怖かったが、シェリーは真面目そうだから仕事柄しょうがないのかな、とも思った。

 悪いようにはしないと言うシェリーの言葉を鵜呑うのみには出来ないが、無理に逃亡して罪を重くするより取りえず捕まって様子を見ようか、と考え始めていた時だった。


 アヌスタシアが何やらひらめいたかの様な表情になる。


「じ、実は、彼女は私の密偵みっていの一人で先に潜入捜査をして貰っていたのよ」


 俺も含めて、その場にいた全員が「はあっ!?」と言う様な呆れた表情をする。


 そんな嘘が通るわけがない。


 カクさんが片手を上げて、アヌスタシアに向けて話しかける。


「姫様? そのような話、私は初耳……ぐふっ!」


 スケさんの肘鉄ひじてつがカクさんの鳩尾みぞおちに決まった。

 余計な事を言うな、という事なのだろう。

 しかし、そんな注意をしなくても、こんな嘘は当然シェリーにはバレバレだ。

 シェリーはいぶかしむような視線をアヌスタシアに送る。

 アヌスタシアの瞳はシェリーかられて泳いでいた。


「アヌスタシア様は最初、客として入られたのでは?」

「そ、そうね」

「客として初めて参加した闇カジノを、摘発てきはつする為に事前に密偵を忍ばせていた、と?」

「そ、その通りよ?」

辻褄つじつまが合いません」

「そ、そんな事は無いわ。客として参加していたのだっていつわりの行為だし……」

「アシスタ殿は全力で楽しんでいた、ご様子ですが?」


 シェリーは部下が持ってきた帳面ちょうめんを確認する。

 それは客の名前とチップの換金履歴を書き込む為の帳面だった。

 もちろん書かれてある名前は、偽名のスケさんの方だろう。

 俺も遊ぶ前に自分の名前を書き込んだ覚えがあった。


 アヌスタシアは振り返って、キッ! とスケさんを睨んだ。

 カクさんは鳩尾を押さえながら、ジトーッとした横目でスケさんを見つめた。

 スケさんはカクさんとは反対の方向に首を回して、アヌスタシアの視線をかわす。


 その様子を見ていたシェリーは、微笑みながら溜め息を漏らした。


「分かりました。あまり厳密に裁いては貴女方まで逮捕せざるを得なくなってしまいそうです。あの者は闇カジノの調査をしていた姫様の従者……そういう事にしておきましょう」

「た、助かるわ! 今回の闇カジノの存在に気付かなかった貴女の責は不問にします!」


 アヌスタシアは花が咲くような笑顔になった。

 シェリーは苦笑しながら礼を言う。


「ありがとうございます」


 いや、俺も助かったけど……。

 周りの逮捕された客達からの殺意のこもった視線が、物凄い痛いんですが?


 その事に気づいたのかどうかは分からないが、シェリーはアヌスタシアに伝える。


「経営者や従業員達は無理ですが、他の客達も今回に限り書類の押印おういんだけで大目に見ましょう……構いませんよね?」

「もちろんよ! 以降の処理は貴女に一任するわ」


 縄で繋がれた客達から歓声があがる。

 アヌスタシアは片手を挙げて歓声に応える。


「みんなも、これから賭け事は国営カジノで楽しむのよ!? いいわねっ!?」


 客達が一斉に「はーい!」と、アヌスタシアに向かって返事をした。

 国営は儲けの取り分が低いから闇カジノを利用していたくせに、調子のいい連中だ。

 姫様も国営事業の宣伝をする辺り、ちゃっかりしている。


 でも俺は、そんな様子が何か楽しくて笑っていた。

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