第2話 エイト、アヌスを守る。

 こ、この女……今、アナルとか言わなかったか?


「アヌスタシア? 知らねぇな、何者なにもんだ?」


 あ……アナルじゃなくて、アヌスだった。


 俺の後ろに立つ黒服の大男が、金髪美少女をにらんで尋ねた。


 アヌスは首を回して金髪の巻き毛を振ると、斜め上に向いた顔の視線だけ黒服の大男に向ける。

 下賎げせんな者をめ付ける様に上から目線でまぶたを薄く開けながら微笑む。


「そうね……フルネームを名乗ってやってもいいけど……」


 アヌスは微笑むのをやめた。


「やっぱり犯罪者に聞かせるには、高貴すぎるからやめとくわ」


 うわ……お高くとまってんなあ、こいつ。

 きつい性格してそう……アヌスだけに……。


「そうだ! イカサマ野郎! 大人しく捕まりやがれ!」

「そうだ! そうだ!」


 賭博とばくに参加していた客達が、口々に金髪美少女に賛同する。

 それは怒号どごうの波となって店の従業員達を飲み込もうとしていた。


 しかし、当のアヌスはキョトンとしている。


「なに言ってんのよ? あんた達も逮捕に決まってんでしょ?」


 俺を含めた客達は、一斉に三人のアホ女達を見た。


「あんた達、闇カジノで遊んでおいて、まさか自分達は犯罪者じゃないとでも言うつもりなの?」


 正論だ。


 おまえらもやんけ!


 ……という部分を抜かせばの話だが……。


 しかし、ガバガバなアナル……じゃない、バカなアヌスだ。

 店の従業員だけじゃなく、客達も含めた全員を相手にして勝てるとでも思っているのか?

 俺は参戦しないけど……。


 形勢逆転した従業員達と、犯罪を見咎みとがめられた客達が一斉に殺気立つ。


 俺は、そーっと後ろに下がって事の成り行きを見守る事にした。


 アヌスタシアは右手を前に向かって振る様に伸ばすと言った。


「カクさん」

「はっ!」


 三つ編の騎士が、返事をしてこぶしを握りファイティングポーズを取る。


「スケさん」

「あいよ」


 ロングヘアーの騎士が、返事をしてさやに納めたままの剣を構える。


「懲らしめて、おやりなさい!」


 二人の女騎士達は群衆に突っ込んだ。


「馬鹿め! この人数相手に勝てるわらばっ!」


 カクさんに殴られた真っ赤なディーラーが、色々とギリギリな叫び声をあげた。

 数人を巻き込んで向こうの壁まで吹き飛ぶ。


 なんつー馬鹿力だ……。


 三つ編みが宙に舞い、うなじが見えた。


 げっ!?


 そのうなじに、この世界の者なら誰でも生まれた時から肌に刻まれている黒い刻印を見た。

 位置は違うが転生してきた俺にも、もちろん刻印がある。

 その刻印は位置にも種類にも個人差はあるが、刻まれている数字が示すルールは、たったの一つだけだった。


 レベルである。


 カクさんのうなじには「50/99」と刻まれていた。

 つまり彼女は現在のレベルが50で、この世界によって定められた上限値は99という事になる。


 はっきり言って、人というより化け物に近い。


 人が一生を賭けて頑張った所で、レベルなんて20まで上がれば良い方だ。

 上限値だって似た様なものだ、普通の人間であれば、せいぜい30くらいを持って生まれて来るのが関の山。


 若くて可愛らしいのに今まで、どんな修羅場を神に愛されつつもくぐって来たんだか……。


 現在のレベルの刻印は、レベルアップ事に自然に刻み直されるが、上限値は一生変わる事は無い。

 上限値に達すれば幾らスキルを磨こうとも、それ以上レベルアップする事はありえない。


 因みに俺は現在レベル3だ。

 しかも、戦闘には全く役に立たないであろうチートのスキルだ。


 そう、このレベルというのはスキルレベルの事なのだ。


 カクさんは見た通り徒手空拳としゅくうけんによる攻撃が得意な様子だ。

 持っているスキルは、恐らく格闘系だろう。

 恐らく、というのもスキルレベルの数値は刻まれるのだが、スキルの種類は刻印に現れないので、見た目で判別できないからだ。

 たとえ本人でも鍛錬たんれんを積んで徐々に自分が何のスキル持ちなのか、やっとの事で分かるのである。


 何故、経験値を積めば分かるのか?


 それはスキルとして持っている技能は、上達が異常に早いからだ。


 例えばカクさんだって経験を積めば、魔法くらい使えるかも知れない。

 しかし、その伸びは魔術のスキルを持っている者には遠く及ばない。

 簡単な回復魔法くらいなら覚えられても、高度な攻撃魔法は一生かかっても唱えられないだろう。

 料理では調理スキル持ちに、罠解除では盗賊スキル持ちには、余程の事がない限り勝てない。


 スキルレベルの刻印は、生まれながらに持つ才能に関して、その限界と今を数値で肌に刻まれたものなのだ。


 ちなみにぃ、わたしはぁ、どこに刻まれているかというとぉ……。


 な・い・しょ♡


 そんなキモい解説をしている内に今度は、スケさんが剣のつかで客達の鳩尾みぞおちを突いて回っていた。

 たぶん彼女は剣技のスキル持ちなのだろう。

 突かれた奴は一撃で気を失い倒れていく。

 彼女の通った後に立っている者は、皆無かいむだった。


 シリアナ……じゃ無かった、アヌスタシアは高みの見物をしている。

 強力無比な家来を持つ、お嬢様は楽でいいな。


「スケさん! カクさん! もう、いいわ!」


 そうアヌスタシアが声を張って伝えると、二人の女騎士達は彼女の元へ戻ろうとする。


「控えい! 控えおろう!」


 カクさんが周囲を視線で威圧しながら、俺から見てアヌスタシアの右側に立つ。

 スケさんがアヌスタシアを挟んでカクさんの反対に立った。


 アヌスタシアは腰に着けていた長剣と短剣のうち短剣の方を手にした。

 鞘を右手で持って、柄を群衆に見せつける様に腕を伸ばす。

 その柄の部分には、花の模様が彫られていた。


 カクさんが高らかに群衆に告げる。


「貴様らっ! このキクモンが目に入らないのかっ!」


 なん……だと……?


 群衆の動きが止まってざわめき始める。


「……菊門?」

「アヌスに菊門だってよ」

「あいつら……頭が、いかれているんじゃないのか?」


 群衆達がコソコソと話し合う。


 カクさんは顔面が真っ赤だった。

 彼女がスケさんに小声で話し掛ける様子が、俺の耳に届く。


(スケさんや)

(なんだい? カクさんや)

(この口上こうじょうを言うの、たまには代わって貰えないだろうか?)

(だが、断るっ!)

(そんな殺生せっしょうな……)

(キクモンじゃ無くて、はっきり菊の紋章だと言えば良かろうが?)

(……あ、そうか)

(ポンコツ脳味噌筋肉女め)

(やかましい! どうして今まで指摘してくれなかったんだ!?)

(聞かれなかったし)

(……)

(面白かったから)

(……貴様……)

(いーじゃんかよ、一連托生いちれんたくしょうで、こっちにも飛び火してんだし)


「……あんた達、聞こえてるわよ?」


 アヌスタシアがジト目で交互に二人の女騎士達を睨んだ。


「こほん!」


 アヌスタシアは軽く咳払いをした。


「私の名はアヌスタシア=ヴァーチュリバー!」


 カクさんが気を取り直してアヌスタシアの台詞の後に続く。


「姫将軍様の御前ごぜんである! が高い! 控えおろう!」


 ヴァーチュリバー?

 この国の名前と同じ苗字みょうじ

 ……って事は、もしかして?


「あれはインローソード!? まさか、本物の王族っ!?」


 黒服の大男が叫んだ。


 そうだ……菊の紋章と言えば、この世界ではヴァーチュリバー王国の王家の紋章でもある。


 つまり姫将軍と呼ばれたアヌスタシアは、本当の……お姫様?


 周囲の従業員どもや客達が、一斉にアヌスタシアに向かって土下座どげざをし始める。

 この場は俺も、その行動にならった。


 その時だった。


 外から扉が蹴破けやぶられて、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの男と眼鏡を掛けた可愛らしい女性が入ってきた。

 俺のチートが警戒する様に自分自身に伝える。

 恐怖で身体が震えてくる。


 なんだ、あの化け物は……?


 俺は一刻も早く、この場から逃げたかったが、身体が動けなくなっていた。


 やがて男はアヌスタシアに近付き、片手を床に着いてひざまずく。


「ご苦労様、シルバ」


 アヌスタシアは男を見て微笑むと、そう言ってねぎらった。

 男は一段と低く頭を下げる。


 眼鏡を掛けた女性は、アヌスタシアに近付いて片手を胸に置き一礼する。


「アヌスタシア姫様、お初にお目にかかります。私は首都北方警備隊隊長のシェリーと申します」


 群青色の鎧と黒いマントを装備した眼鏡の女性は、シェリーと名乗った。


 警備隊!?


 平たく言えば、この国における俺の世界で言う所の警察の様な連中だ。

 どうやら、このままでいたら本当に逮捕されてしまうらしい。


 跪いていたシルバと呼ばれる男も、立ち上がって二人の間から外れる。

 どうやらシルバがアヌスタシアの為にシェリーを連れて来たらしい。


「ご苦労様と言いたい所だけど、なってないんじゃない? 首都の中で闇カジノの存在を許しているなんて……」

「面目次第も御座いません」


 アヌスタシアはシェリーを一瞥いちべつすると小言を言った。


 シェリーは美しく輝く紅い瞳を持つ目を閉じて、深々と頭を下げた。

 長い黒髪が頭と一緒に前にれる。


 二人の女騎士達は犯罪者達を縛り上げている途中だ。

 シルバも、それに加わる為にアヌスタシアから離れる。

 扉が無くなった出入り口の向こうから、シェリーの部下達のものらしい靴音が聞こえて来た。


 そんな時だった。


 先程まで部屋の隅で怯えていた筈の帽子を被ったメイド姿の給仕が、いつの間にかアヌスタシアの背後に近付いていた。

 彼女は蓋付きの純金製のコップを手にしていた。

 そして蓋を開け、アヌスタシアに向かって中身の液体を、ぶち撒けようとする。


 俺のチートは、その液体の正体を知ってしまった。


 おい、待てよ!

 そんなもん、女の子にかけたら駄目だろ!?


 俺は手近にあったテーブルクロスを掴んでアヌスタシアに駆け寄る。


「アヌスタシア! 覚悟!」


 メイドが、そう叫んでいた時には中身は既に、ぶち撒けられていた。

 アヌスタシアは叫び声のした方へ振り向こうとする。

 スケさんとカクさんとシルバが、慌ててメイドを取り押さえようとした。

 シェリーは素早くアヌスタシアの片手を引っ張って液体から遠ざけようとする。


 だが、気付くのが少し遅かった。


 ……間に合わないっ!?


 俺はテーブルクロスを広げてアヌスタシアと液体の間に割り込んだ。


 液体はテーブルクロスに降りかかると、その布を溶かし始める。

 液体の正体は、とある薬品だった。


「うおっ! 痛っ! あつつっ!!」


 自分の手の甲にもわずかに液体がかかってしまった俺は、そんな風に可愛くない声を思わずあげてしまった。

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