Look at me!

ふだはる

桜吹雪の章

第1話 エイト、アヌスを見る。

 困った。


 俺は顎に手を当てて考えていた。


「また、外したな。おじょーちゃん?」


 下品なディーラーが楽しそうに言いつつ、俺の賭けたチップを回収してゆく。

 奴の視線が俺の肢体を舐め回してくる。


 このスケベ爺がっ!


 内心の気持ち悪さを隠して、俺は糞爺に天使の微笑みをくれてやった。


 奴が俺を見つめてくるのも致し方無い。


 栗の様に淡いブラウンヘアーのツインテール。

 人形の様に青い瞳。

 まだ口紅を塗った事のない淡いピンクの唇。

 白い肌、細い腰と手足、華奢な身体。

 それらを包み込む苺の様に赤い水玉模様の白いワンピース。


 どこから見ても完璧な美少女。


 それが、俺。


 俺の名前はエイト。


 異世界に転生してきた元日本人だ。


 現在の年齢は十八歳、転生前の年齢は秘密だ。


 この異世界に転生したついでにチートを得て、自由気ままに暮らしている。


 今は理由があって美少女の姿をしている。


 ここは俺が転生してきた世界の、とある国の首都にある闇カジノだ。


 国の名前は、ヴァーチュリバー。

 首都の名前は、ジアングドア。


 俺は結構ギャンブルが好きだ。

 だが運が悪い。

 ヘタクソでは無い。

 運が悪いだけなのだ。


 賭け事で転生前も、転生後も、人生が失敗している。

 それにも関わらず賭け事から離れられず、今は自分の身体をチップに変えてまで挑んだ賭けに負けた所だ。

 負けた分は当然、身体で支払わないといけない。

 身体で支払うと言っても前世の様に臓器を売るとかは出来ない。

 この世界は、そこまで医療技術は発達していない。

 こんな中世もどきの異世界で美少女が身体で支払うと言えば一つしかない。


 春を売るのだ。


 俺は転生してから美少女として性行為に挑んだ事は無い。

 出来る事なら、やられたくない。


 後ろから黒服の大男が近付いて来る。

 男は俺の左肩に右手を置いた。


「じゃ、こっちに来て貰おうか?」


 いやだ。

 そっちに行ったら、きっと怪しげな娼館に売り飛ばされてしまう。


 しかし、俺には切り札があった。

 俺は、しなを作るとディーラーの糞爺に向かって言った。

 可愛らしい、はちみつボイスで指摘する。


「ねえ、おじさ〜ん。もしかしてイカサマしてなぁい?」


 虚と図星を突かれた糞爺は、一瞬だけ固まる。

 そこから立ち直ると俺に向かって怒鳴った。


「なんだとおぉ!? このクソアマっ! ちょっとばかし可愛いからって、くだらねぇ言い掛かり付けてると承知しねぇぞ!?」


 うむ、やはりな。

 俺は可愛い。

 いや、そこじゃない。


 この焦っている様子。

 間違いなくイカサマをしている。


 ディーラーの糞爺は賭け事に使っていた六面ダイスを歯で砕いた。

 そのダイスの断面を俺に見せて自信ありげに語る。


「ほら、これを見てみろ! 何処にイカサマをした跡があるんだ!? 証拠があるなら見せてみろっ!」


 このギャンブルのルールは単純だ。

 六面ダイスを不透明な白いカップに二個入れて振る。

 丸いテーブルのマットの上に伏せて置く。

 中の見えないコップに入れたダイスの目を合計した値が、奇数か偶数かを予想して一方に賭けるだけ。

 数人の参加者達と一緒に賭けを行う。


 当たれば外れた奴からチップを取って店の取り分を差し引いた分が分配される。

 つまり予想した人数が少ない方に賭ければ、儲けが大きくなる。


 俺は、ずっと人数が少ない方に賭けていた。

 結果、連敗し続けてスッカラカンになった。

 しかし幾らなんでも一回も当てられないのは、おかしい。


 店の儲けは一律では無く、当てた奴からチップを一枚ずつ取り分として持っていく。

 つまり当てた人数が多いほど店が儲かる仕組みだ。


 余りにも露骨過ぎる。

 イカサマの匂いしかしない。


 ディーラーがダイスを割ったのは、ダイスにイカサマの仕掛けが無い事を証明する為だ。

 例えば、この中に重い鉛の塊なんかを仕込むと、鉛が寄っている面が下を、その反対が上を向きやすくなる。

 そうやって出る目を操作していませんよ、と言いたい訳だ。


 俺がイカサマを指摘して、他の参加者達は騒然となり、今またディーラーが無実を証明して騒然となっている。


 騒めきの渦中で、俺はニッコリと微笑んだ。


 そしてクロスの掛けられた丸テーブルを、思いっ切り蹴り倒した。

 テーブルクロスで隠された空間には何も無かった。


 ディーラーの糞爺は一瞬だけ焦った顔をしたが、何も無いのを確認するとニヤついた。


「見ての通りだ! 何もねぇよ!? おじょーちゃん? この落とし前、どう付けてくれるんだっ!?」


 俺は何もない空間を思いっ切り蹴った。


「あいたっ!」


 手応え、いや足応えと共に何も無い筈の空間から声が聞こえた。


 やっぱりね。

 お天道様は騙せても俺のチートは騙せない。


「何だ!? 今の声は!?」


 一人の参加者から疑問の声があがった。


 ディーラーは今度こそ本気で焦り始めている。

 俺は凶悪な堕天使の微笑みで爺を見つめた。


「どんな魔法や道具を使ったのか知らないけど、お客様を舐め過ぎなんじゃないですかぁ〜」


 俺は倒れているテーブルの側面に回り込むと、表面に貼られている円形のマットの中心を爪先で横向きに蹴った。

 裏側からテーブルと同じ木材で出来た蝶番付きの小さな扉が飛び出す。


「あいたっ!」


 飛んで行った木製の小さな扉が、何も無い筈の空間で何かに当たって跳ね返った。


「テーブルの下にコソコソ透明人間を忍ばせて、必要に応じて扉を開けて、針か何かで出目をいじっていたんでしょ?」


 俺はテーブルのマットを剥がすと、裏側から覗く。

 案の定、そのマットは特殊な構造のメッシュになっており、表からは全く見えないが、裏からは向こう側が透けて見えた。


 参加者達の騒ぎ方が次第に大きくなる。


「……イカサマ?」

「イカサマだ……」

「イカサマだーっ!」


「ぬぅわぁんだぁとぉうぅ〜!?」


 別のテーブルから、女の怒声が聞こえてきた。

 あまりの声の大きさに、俺もディーラーも参加者達も、そっちの方へ顔を向けてしまう。


 そこにはフードを頭に被ってマントに身を包んだ何者かが三人いた。

 その内の一人が、怒りに任せてマントを脱ぎ捨て、テーブルを蹴り倒す。


 どうやら、そいつが怒声の主の様だった。


 そいつは女で赤い鎧を装備した騎士の格好をしていた。

 闇カジノには身分を隠して遊びに来る高貴な立場の連中も多いと聞く。

 きっと、こんな場所にいても珍しくは無いのだろう。


 珍しいのは、その声の大きさと美しさだ。


 年齢は二十歳はたちそこそこだろうか?

 やや紺色に近い黒のロングストレート。

 手の甲を見れば分かる陶器の様に滑らかな白い肌。

 涼しげながらも冷たさを感じさせない美しい切れ長の目。

 深緑色の神秘的な瞳。


 そんな髪の色や目の色をしていても、異世界において彼女は人間だと言う事は、転生後の俺なら常識で知っていた。


「お、おい! スケさん!?」


 フードとマントを着けた残り二人の内の背の高い方が、片手を伸ばして女を抑えようとする。


 ……は?

 スケさん?


「うるせえ! 偽名ぎめいで呼ぶな、コルネアっ!」

「ばっ、馬鹿! 本名で呼ぶな!」


 背の高い方がフードとマントを取って、スケさんとやらに注意する。


 同様に騎士の格好をしている女だった。

 でも鎧の色は黒く、型も全く違うようだ。

 冒険者なら不揃いなのも理解できるが、物凄い高価そうな装備をしている。


 美人なのも一緒だったが、こちらもタイプは丸で違っていた。


 だいだい色の暖かそうな髪は、前は短く後ろが長く三つ編みで纏められている。

 瞳の色は水色で、切れ長に比べると比較的丸い形の目をしていた。

 優しそうで人懐こい顔をしている。

 いかにも物を知らないウブな感じだ。

 例えば、本名で呼ばれて「本名で呼ぶな」と答えてしまう感じの……。


「じゃあ、カクさん!? いいか!? 俺達はペテンにかけられていたんだぞ!? 真剣勝負だと思っていたのにイカサマされていたのだ! これが怒らずにいられようかっ!?」

「……こっちのテーブルまで、インチキされているとは限らないんじゃないか?」

「お前はボンクラか!? 向こうのテーブルと似たようなテーブルを用意しておいて同じイカサマをしていない訳なかろうがっ!?」

「おい! ボンクラは訂正しろ! そもそも闇カジノで遊びたいと駄々をこねて、挙句に自分の給金だけでなく旅費の一部や私から金を借りてまで負け続けた上に、今の今までイカサマに気が付かなかった貴様の方がボンクラだろうがっ!?」


 二人の女騎士達の不毛なののしり合いを真ん中で聞かされていた、残った一人のフードの中から盛大な溜め息が聞こえてきた。


「もういいわ、カクさん……。スケさんが、どうしても遊びたいと言うから入ったのだけれど……これも何かの縁と言うか……悪い事は出来ないものね、お互い……」


 最後の背の低い一人がフードとマントを取った。

 向こうのテーブルでコップを振っていたであろう別のディーラーを睨む。

 彼女は自分の持つコップに入っているトマトジュースを、テーブルの近くの何も無い空間へと撒き散らした。

 何も無かった筈の空間に真っ赤になった人型が現れる。


 俺よりエゲツないイカサマの見破り方しやがる……。


 俺は何故か彼女の気風きっぷの良さが気に入ってしまい、もう一度その少女を良く眺めてみる。


 滑らかに輝く金髪は左右で軽く巻かれている。

 捉えた者を逃さないかの様な凛々しい白銀の瞳。

 まだ何者にも奪われてなさそうな、しっとりと濡れた薄赤い唇。

 先の二人よりも更に高価そうな白い鎧。


 それは俺の様な美少女ですら裸足で逃げ出すであろう程の、息を呑むかの様な美しい少女だった。


 その少女が一際高く朗々と告げる。


「我が名はアヌスタシア! 貴様ら全員ここで召し捕るっ!!」


 ……アヌス……なんだって?

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