第4話

 清水寺に紅葉を愛でての帰り道。

 九郎と白月丸は、賑わういちの端で白拍子の二人組と出会でくわした。

 白い水干、紅袴。射千玉ぬばたまの長い髪には立烏帽子……

 どうやら姉妹らしく、その内の一人は胸に鼓を下げている。

 妖しげで美しかった。

 白月丸が足を止めて、あんまり長い間見つめているので、業を煮やした九郎が早く行こうと急き立てた。

 すると、蓮の花が咲くようにパッと髪を振って振り返った白月丸、満面の笑顔で囁いた。

「九郎、あいつらを呼んで来い。 邸へ連れ帰って舞わせよう」



 白拍子の姉妹は姉を青蓮しょうれん、妹を丹菓たんかと名乗った。

 九郎のおかげで今ではすっかり整えられた白月丸の邸で、姉妹は華やかに舞い、歌った。

 夜が更け、九郎が燈台を立てて回った際、白月丸はまたしても悪戯っぽく笑って耳打ちした。

「おい、私は妹を誘うから、おまえは姉で、どうだ?」



「若君はすっかり丹菓に夢中のようねえ? でも、私は構わない。私はハナからおまえ様の方が好みだもの……!」

 姉の白拍子は九郎にしがみついて離れなかった。

 ところで、この白拍子は体だけでなく全てにおいて貪欲だった。何でも、知りたがった。

 九郎の上で激しく動きながら、口も動かし続ける。

「ねえ? あの端に置いてある長櫃は何?」

「……俺の荷物さ」

「何が入っているの?」

「……俺が盗んだ財宝さ」

「素敵! でも、一番素敵なのはおまえ様の体……」

「そいつは、どうも」

「ねえ、ねえ?」

「まだ、どうして欲しいんだ?」

「いえ、そっちは……このままで……凄くいい……でも」

 青蓮は糸のように目を細めて、

「ここ、何か匂わない? 妙な匂いが籠っている気がしてならぬ……」

「俺じゃないのか?」

 これには、九郎はせせら笑った。

「そう言えば──俺はよく獣臭い・・・と言われたからな」

 青蓮は体を倒して九郎の逞しい胸に鼻を擦りつけると、

「違う。おまえ様じゃなくて──邸じゃ。この邸中に染み付いている匂い。これは何?」

「ならば、香だろう。そもそもこの室は、昔、白月丸様の母君の室だったそうだから。

 俺たち下臈には馴染みの無い、唐渡からわたりの高雅な香の匂いだろうよ」

伽羅きゃらとかか?」

「多分な」

 青蓮は腰を振って舌なめずりをした。

「ねえ? 一体……おまえ様たちはどう言う関係なの? あの若君とおまえ様……だって、主人と従者にしては、ちょっと……」

「五月蝿い!」

 とうとう九郎は白拍子を振り落とした。

 ねっとりした肌も、甘ったるく執拗な睦言もこれ以上我慢できない。

 そして、何よりも──

 渡殿の向こうから漏れ聞こえてくる妹の白拍子の喘ぎ声が総毛立つほど耳障りで仕方がなかった。




 白月丸が九郎に頻繁に金品を強請ねだり出したのはそれからだった。

 今までは、自分から催促することはなかったのに。

 白月丸の身の回りの物のためなら、九郎は喜んで財宝を出してやったが、それらが全て、あの白拍子の元へ渡るのだから面白かろうはずがない。

 それなのに白月丸は次から次へと──多分、乞われるままに──丹菓に贈り物をした。

 二人して始終、寝所に籠ってしまうので、以前のようにズカズカと入って行くこともできなくなった。




 大晦日の追儺ついなの夜。

 遂に思い立って、九郎は邸から帰る丹菓を追った。

 その日は、冷たい九郎に傷ついて姉の青蓮は早くに帰り、妹だけ長居したのだ。

 闇に紛れて、追儺の面をつけた者たちがせわしなく行き来する中、いくつも辻を過ぎ、鴨川を渡り、六条河原は市堂の辺りで声をかけた。

「おい、丹菓……」

「あら、九郎殿?」

 すぐ横の社の暗がりに引っ張り込むと、九郎は言った。

「白月丸様と別れろ!」

 もらうものはもう十分にもらっただろう? この上はさっさとこの地を去り、諸国を回って稼ぐのが賢明だぞ。

 白拍子はまだあどけなさの残る顔をきっぱりと横に振った。

「嫌じゃ」

 金品が目当てではないから。私は本気で若君を好いているの。

「生憎だな? 白月丸はおまえに飽きている。惨めに捨てられない内に消えろ!」

「嘘じゃ! 何よ、おまえ様こそ──従者の身で私たちの仲に口を挟まないで!」

 両者、一歩も譲らなかった。

「白拍子風情ふぜいが、いい気になるなよ!」

「それはこっちの台詞じゃ。おまえこそ、自分を何様だと思っている?」

 フフフ、と丹菓は妙な笑い方をした。

「若君がおまえのこと、なんと言っているか知っているか? ねやで私を抱きながら言っておったぞ?」

「へえ? 何と?」

「『九郎は頭がイカレてるんだ』って!」


 ── あいつな、どうも、自分を私が前に飼っていた犬の生まれ変わりだと思い込んでいるらしい……


「当たり! よう言った!」

 今こそ、口に出せなかった全てが明らかになった、と九郎は思った。

 

 そうとも・・・・……!

 

 俺は自分を白月丸の犬だと思っていた。今も──思っている。

 クロの化身だと。

 何故なら、そう思えば、心が安らかに澄み渡るから。

 白月丸の傍にいる時の、痺れるような思いの全てが整然と型がつく。しっくりと収まる。

 

 やはり、俺はクロ・・・・だったのだ・・・・・……!

 

 身内から湧いて来るこの歓喜……至福……充足……!

 白月丸は〈愛物〉でも、〈友〉でもない。

 ああ、そんな、下卑た言葉では到底言い表せない──

 俺がこの身を尽くして奉仕するべき〈御主人〉なのだ!

 白月丸こそが今生無二の〈主〉……

 絶対の宝……

 護るべし!

 


 九郎は今日ばかりは自分の刀を使う必要がなかった。

 可愛い白拍子が差している白鞘巻の脇差を、目にも止まらぬ速さで抜き取ると、その、柔らかな乳房に深々と突き立てた。





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