5.異世界にもモンスターペアレンツがいるらしい

 伊海渡書店の中では、少年少女達がそれぞれ好みの本を立ち読みする中、おっさんも暇を持て余したのか、子供の手前か、官能小説ではなくSF小説を手に取っている。


 そんな店内に、少年二人の決闘から三十分ほど経った頃、再び来客ベルの音が響いた。


「いらっしゃいま……」


 とびきりの営業スマイルを浮かべた美晴の前を、中年の女がものすごい勢いで走り抜けていった。派手な服にケバケバしい化粧というその人間の女は、ヒューマの前で立ち止まる。


「あなたね、うちのルイちゃんに酷いことをしたのは!」


 派手な女はそう言って、ヒューマの頬にビンタを張った。


「な……!」


 いきなりのことに誰も動けなかった。さらにダークエルフの少年を殴りつけようとする女を、ガラが慌てて取り押さえる。


「おい、アンタいきなりなんだ!」

「ちょっと離しなさいよ!」


 ガラの腕の中で尚も暴れる女性を、書店内の全員が呆然と見つめる。そこに遅れて、金髪少年ルイが駆けつけた。


「ママ、やめてよ!」


 声が戻ったらしいルイは、涙目で彼の母親らしきその女性に取り縋るが、目を吊り上げた女は止まらない。


「ルイちゃんは黙ってなさい! 卑怯な手段で勝ったこの子には、大人がきちんと怒らないとダメなの!」

「おいおい、子供同士の喧嘩にゃ、親は口出ししちゃダメじゃねえのかい? それに何でもありのルールを出したのはお子さんの方だぜ」


 ガラの指摘に母親はさらに目を吊り上げる。


「んまあ! あなた、学童の担当者のくせに、そんな無責任な考え方だなんて。学園に人員替えを指示しないと!」

「え? えええ……?」


 困惑顔になるガラを見かねて、美晴は口を挟む。


「でも、元はと言えば、ルイ君がヒューマ君に冤罪を着せようと卑怯をしたんですよ」

「あら、それはどういうこと?」


 母親からチラリと視線を向けられて、ルイは俯き、苦しそうに声を絞り出す。


「う……。僕、僕は……試験でヒューマ君に負けたのが悔しくて。それで彼に恥をかかせてやろうって……」

「決闘で負けたのに逃げ出したね?」

「うぅ……。今思えば、すごく恥ずかしいです……。ヒューマ君、ごめ……」

「待ちなさい、ルイちゃん。あなたは謝ることないわ」

「え?」


 不思議そうに顔を上げたルイに、母親はにっこりと微笑む。


「ルイちゃんはちょっと間違えちゃっただけよね?」

「え、で、でも、でも、僕……」

「ここはママに任せて」


 そう言うと、母親は笑顔でヒューマの顔を覗き込む。


「元はといえば、ルイちゃんに恥をかかせたあなたが悪いのよ。次からは気をつけなさいね」

「え……? ぼ、僕が悪いんですか……?」


 困惑と恐怖の混じった顔のヒューマを庇うように、美晴が前に出る。


「やめてください! ヒューマ君は何も悪くないじゃないですか。それに、せっかく息子さんががんばって謝ろうとしているのに止めるなんて!」

「うちの子は繊細だから親である私が守ってあげないと。それに、子供のちょっとした出来心を、そんなにクドクド怒るのはやめて頂きたいわ」

「さっきと言ってること違くないですか?」


 美晴が睨むが、母親は素知らぬ顔で店内を見渡す。


「だいたい、この店はおかしいわね。変な本ばかり並んでいるし、うちのギルドの加入証が掲示されてないのね」


 美晴は話題の転換を不審に思いつつ、そういえば、ルイはギルドマスターの家の子だったと思い出す。


「うちはギルドに入ってないんで」

「じゃあ、早く入りなさいよ。この辺の商人はみんな入ってるわ」

「え、強制じゃないですよね?」


 きょとんとする美晴に、母親は苛ついたように声を荒げる。


「ギルドの加入者同士で融通し合わないと、物の仕入れもままならないでしょ。冒険者達の開拓品も必要でしょうし」

「うちは独自ルートで仕入れてるんで大丈夫です」

「独自ルート? 美味しいところを自分だけで独占しようっていう魂胆ね。なんて協調性のない娘かしら」

「いや、ルートを教えようにも……ねえ? 教えたところでっていう……」


 美晴は困ったようにザハーとガラとおっさんに視線を向けるも、三人とも返答しづらそうに口をもごもごさせるだけだった。女はさらに言い募る。


「この辺には山賊や魔獣も出るし、ギルドからの護衛派遣がないと困るでしょ?」

「あー、その辺も自力でなんとかできるんで」


 あまりにも素っ気ない美晴の返答が気に入らなかったのか、母親はヒステリックに唸る。


「んまあ! せっかくこの私が心配してあげてるのに! 山賊に襲われても知らないわよ! もう行きましょ、ルイちゃん!」

「ママ、でも……!」


 母親はルイの手を掴み、引き摺るようにして店を出る。少年は後ろ髪を引かれるように何度も振り返るが、そのまま連れて行かれてしまった。

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