6.唐突に山賊が表れるが……?

 伊海渡書店に残された面々は、嵐が去ったような気持ちで親子の消えた方角を見つめていたが、再び元の落ち着きを取り戻す。


 しばらく経った頃、ザハーが感慨深げに口を開いた。


「いやあ、それにしても強力なご母堂でしたな」

「今日はルイ君とお母さんと、二回も突撃があってびっくりですよね。うちの世界じゃ『二度あることは三度ある』って言葉があるんですけど、まさか三度目なんてものは……」


 美晴がそう言った瞬間、伊海渡書店の扉が乱暴に開けられた。


「金を出せええええ!」

「命が惜しけりゃ、店のもん、全部寄越せ!」


 総勢五人、毛皮や皮などワイルドな服を着た男達が雪崩れ込んでくる。人間・亜人種・魔族と入り乱れた編成で、それぞれ手に鉈や斧、棍棒などの武器を持っていた。


「げ……! マジで三度目ってあり……?」


 美晴が顔を強張らせたのを、山賊は恐怖によるものと認識したらしい。


「フハハハハ! どうやら俺達『サーペント一家』のことは知ってるらしいな!」

「この辺を荒らし回ってる最強の山賊グループよ!」


 ハイテンションな彼らに、美晴はじっとりとした冷たい目線を向ける。


「いや、知らんし」

「は……?」

「というわけで、出てってくださ~い。営業の邪魔~、撤収撤収~」


 口をポカンと開けて固まる山賊達に、美晴はまとめて「よいしょ! よいしょ!」と何度か突っ張りをかます。すると、体格のいい五人があっさりと出口に向かって押され始めた。


「ちょ、なっ……やめろぉ!」

「くっ……! こ、この女……なんでこんなに力が強いんだ! ただの本屋のくせに!」


 山賊達は本気で抵抗するが、まったく歯が立たない。その様子に、店内の少年少女達から歓声が上がった。


「ミハルさん、スゲー!」

「ミハルちゃん、がんばってぇ!」


 長身とはいえ細身の美晴は、倍くらい体重がありそうな五人をまとめて押し切り、ついにはポイっと店の外に放り出す。


「じゃ、そういうことで!」


 美晴は片手を上げながらピシャリと扉を閉めた。


「ってなるかあ!」


 山賊の一人が怒りに震えながら、再び扉を開けて入ってこようとする。だが、美晴は慌てず、家紋入りのハタキを構えた。山賊の眉間を狙い、彼女はそれを思い切り突き出す。


「とりゃあ!」


 完璧に美しいフォームでハタキは狙いどおりヒットした。山賊は美しい弧を描きながら吹き飛ぶと、草むらの上を転がり、白目を剥いて気絶した。


「ミハル様、素敵ですわぁ!」

「うわ~! 強え!」


 子供達の歓声に包まれながら店の外に出た美晴は、ニヤリと笑う。


「怪我してもいいなら、かかってきてもいいっすよ? 全員一緒でどうぞ」

「舐めるなああああ!」


 一人の山賊が額に青筋を立てながら棍棒で殴り掛かった。残りの三人も武器を振りかぶり、ほぼ同時に美晴に斬撃を見舞おうとする。


 その瞬間、美晴は大きく一歩踏み出した。


「うぉりゃああああ!」


 大股で踏ん張りながら、美晴はハタキをダイナミックに一閃させた。


「ぐわあああああ!」


 その猛烈な打撃に、盗賊達は武器ごと吹き飛ばされ、地面に激突し、転り蹲る。


「うちは万引きも強盗もお断りなんでね」


 ニヤリと笑う美晴の姿に、店内では喝采の嵐だが、おっさんは恐々と問い掛ける。


「こ、殺してないよな……?」

「打撃系なら手加減できるんで大丈夫です。その代わり魔術は苦手で……」

「ホッホッホ! ミハルさんはおじい様の才能を受け継いでらっしゃいますからな。以前、私と森で魔術を練習された時には驚きしました。そちらの世界風に言うと、一瞬で東京ドーム二つ分の広さが爆散しましたからな」


 ザハーの言葉に、美晴はしゅんと下を向く。


「加減の仕方が全然わからないんすよ。すげー反省して、今のところ魔術の習得は諦めてます……」

「おいおい……」


 おっさんは顔をひくつかせながら美晴を見つめる。その間に、ガラが手早く山賊達を縄でふん縛っていた。


「さて」


 ザハーは咳払いしてから、山賊達のうちで意識のある者に視線を向ける。


「今回の襲撃、黒幕がおるな?」

「え! どういうことですか!」


 美晴は驚いてザハーの方を向くが、おっさんは当たり前だというように頷く。


「常識的に考えて、さっきのおばさんが『山賊に襲われても知らない』と言った直後に彼らが来るというのは、おかしくないかね?」

「じゃあ……!」

「キミら、本物の山賊かね?」


 おっさんの問い掛けに、山賊の格好をした男は顔色を変える。


「早いとこゲロッた方がいいんじゃねえのかい? 全身の骨を折られる前にな!」


 ガラがいかつい顔で指をポキポキと鳴らすと、男は諦めたように項垂れた。


「ディリーチェ家に今回のことがバレたと、伝えて来なされ」


 ザハーの言葉を受け、縄を外された偽山賊は、脚を引き摺りながら草原を去った。


「ルイ君のお母さん、まさか……」


 美晴は山賊の後ろ姿を見ながら、憂鬱な顔で呟いた。

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