4.異世界にて、書店員は少年二人の決闘を見守る

 伊海渡書店の建つ草原に、二人の少年が対峙していた。一人は金髪巻き毛の人間、一人は黒い肌のダークエルフ。美晴とザハー、ガラ、おっさんの他に少年少女達も店の外に出て決闘の行方を見守っている。


「何でもありの決闘だぞ! 覚悟はいいか、ヒューマ!」

「いつでもいいよ。その代わり約束は守ってね、ルイ君」


 一迅の風が吹き抜け、暗緑色の草と二人の髪を揺らした。ルイは腕を上げ、空中に指を滑らせて魔法陣を描きながら呪文を唱える。


「炎の轍。舞い、飛び交う蝶の群れ。渦巻き、猛る嵐は荒れ狂う。現象名……」


 だが、すべての呪文を終える前にヒューマが動いた。コートの内ポケットから取り出した小瓶を開けると、中身をルイの顔面にぶちまけたのだ。もわもわと空中を飛散するそれは何かの粉末のようだった。


「な……?」


 一瞬呆けたルイだったが、すぐに正気を取り戻し、ムッとした顔で口を開こうとして、驚きに固まる。


「か……は……?」


 ルイは口をパクパクさせるが、声が出ない。


「音無草を乾燥させて作った粉末だよ。これでキミは魔術スペルを唱えられなくなった」


 ヒューマの言葉にルイは目を見開く。


「この花は宵闇の妖精に受粉を手伝ってもらう代わりに、彼女達に花の中を住処として提供する。そして、静寂を好む彼女達のために、周囲の音を奪う特別な瘴気を放出するんだ。その瘴気の元を抽出したのが、この粉末だよ」

「ほう。よく考えましたなあ」


 ザハーが感嘆の声を上げた。


「大丈夫、しばらくすれば効果は消えるよ。でも、粉末はまだあるし、体術をしかけてくるなら他の効力の薬草も僕は用意してる」


 ヒューマはコートの内側からいくつかの小瓶を取り出して見せた。


「僕は闘うことは苦手だけど、自分を守るための手段くらいは持ってる!」


 高らかに宣言するヒューマに、ルイが冷や汗を浮かべた。


「カッカッカ! 坊主、こいつは勝負あったんじゃねえのかい?」


 ガラが愉快そうに笑うと、ルイは悔し気に唇を噛んだ。


「坊主、素直に謝んな。そしたら、ヒューマも許してやるよな?」

「はい」


 皆からの視線を一身に浴びたルイは、口を一文字に引き結んで一瞬頭を下げたように見えた。だが、目をギュッと瞑ると、ヒューマに背を向けて駆け出していく。


「あ、逃げた!」

「決闘前の約束を破るなんて、ずるい!」


 少年達が騒ぐが、ルイの姿は森の中に消える。ガラは顎を撫でながら残念そうに溜め息をついた。


「男ってのは素直に負けを受け入れられねー時もあっからなあ。とはいえ、後で反省してちゃんと謝れればいいんだが……」


 ルイの去った森を複雑な表情で見つめるヒューマの肩を、美晴は優しく叩いた。


「お疲れ様、ヒューマ君。すごかったね」

「いや……かっこ悪いです、僕。こんな戦い方しかできないから……」


 ヒューマは恥ずかしそうに顔を俯かせたが、少年達が笑顔で寄ってくる。


「すごいや、ヒューマ君」

「頭がいいとあんな戦い方ができるんだね。僕もちゃんと勉強しようっと」


 彼らの言葉を聞いて、ヒューマはホッとしたように微笑む。

 美晴はルイのことは気になったが、とりあえず本屋の営業に戻ることにした。


「みんな、店に戻ろうか」

「はーい」

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