3.異世界の子供達にも色々あるようです

「俺、ラノベも買おっかな~」

「ラノベとか読書のうちに入らねえし」

「お前、漫画しか読まねえくせに、偉そうに言ってんじゃねーよ」

「ヒューマ君も漫画読んでみる? 面白いよ。今度僕が持ってるの貸してあげよっか?」

「いいの? ありがとう!」


 人と魔物と亜人種の少年達が騒ぐのを、美晴は家紋入りのハタキで彼らの頭を払いながら「店内は静かにね」と注意する。エルフとサキュバスの少女達はファッション誌やアイドル誌を見せ合っては、クスクスと楽しそうに笑い合い、その傍らでは、ザハーがおっさんに静かに語りかけていた。


「聞き飛ばしてもらってもいいのですがね、この世界は【混沌の海】から生えた【元始の樹】の枝の上にあるのですよ」

「はあ……」


 生返事のおっさんに、緑色の小柄な老人は苦笑しつつ、話を続ける。


「【元始の樹】には二本の太い枝が生えてましてな、上方の枝の先に広がる大地が【光の世界イルミナティ・メルヴェイユ】、下側の枝に広がる世界が【闇の世界ウロボロス・アルケー】と呼ばれておるのです」

「それぞれ人族と魔族の住み処って感じだな」


 少年達の乗ったリヤカーを引いてきた獅子のような大男・ガラの言葉にザハーが頷く。


「左様。私やガラ殿、あの子供達の中ではケンタウロスやスケルトンの少年、サキュバスのお嬢さんは【闇の世界ウロボロス・アルケー】出身ですな」

「人間やエルフ、ドワーフ、獣人の中でもあそこの犬耳の坊主なんかは【光の世界イルミナティ・メルヴェイユ】の出だな」

「ははぁ、なるぼど……」


 おっさんは圧倒されたように頷いた。


「さらに【元始の樹】の二本の太い枝の間に、細い枝が一本だけ生えてましてな。そこに広がる小さな土地が、今我々のおる【狭間の地ヘヴンリー・アーク】というわけです」

「はあ……。つまり、ここは二つの世界の緩衝地帯と……、だから、二つの世界の種族が集まっていると……?」


 おっさんが恐る恐る発した言葉に、ザハーが相好を崩した。


「左様です。さすが、あちらの世界の方は理解がお早い」

「つっても、ここがこんなにノホホンと平和になってんのは、ここ十年くらいなんだけどな」


 ガラの言葉に、ザハーは感慨深げに頷く。


「そうですなあ。有史以来、【闇の世界ウロボロス・アルケー】は下賤の世界とみなされ、【光の世界イルミナティ・メルヴェイユ】の住人達から少々不当な扱いを受けてましてな。我々も反発して、小競り合いから戦争規模まで色々やらかしまして」

「はあ……」

「十年ほど前に大きな戦争がありましてな。それが終結して、二つの世界の間で和平条約が締結されるまで、ここは二つの世界が前線基地とすべく陣取り合戦をして、酷い有様でした」

「ははあ……。どこの世界も戦争やら差別やら、嫌にやりますなあ」


 しんみりするおっさんに、美晴がニヤリと笑いかける。


「馴染んでるじゃないっすか」

「いや、まだ夢じゃないかと疑ってるがね。もし現実だとしたら、どうしてこの人達と会話が通じるのかね?」


 疑り深い目のおっさんに、美晴は少し考えてから答える。


「うーん。それはまあ、アレじゃないっすか。異世界に転送される瞬間に、我々の言語基体がこちらのものに自動で書き換えられる的な」

「なんだね、そのガバガバな考察は……」


 美晴は「まあ、結果オーライってやつですよ」と笑うが、おっさんはさらに言い募る。


「だいたい、なんだって、異世界なんていう場所に来ることになったのかね!」

「それは死んだうちのじーさんが、昔こっちに来たからだと思います」

「はあ?」


 話の飛躍に、おっさんが目を見開く。


「二十数年前、うちの父ちゃんと叔母さんが結婚して独立した頃のことなんですど、駅前開発するってんで、うちの商店街じゃ、ヤクザな地上げ屋が酷かったらしいんですね。でも、うちのじーさんは商店街の皆さんとも協力してかなり反抗してたんだそうで」

「うむ」

「業を煮やした地上げ屋の奴ら、うちの店にトラック突っ込ませたらしいんですよ。でも、うちのじーさん、更生したとはいえ愚連隊上がりの気合い入った頑固者なんでね。ハタキ一本でそのトラックに立ち向かってしまって」

「ハタキ一本って……」


 目を点にするおっさんに、美晴は苦笑いで頷く。


「信じられないっすよね? でも、何がどう作用したのか、トラックはコースを反れて道路に横転。商店街に被害はありませんでした。その代わり、うちのじーさんはしばらくの間、ハタキと一緒に行方不明になりまして。地上げ屋が拉致ったんじゃないかとか、すごい騒ぎになったらしいんですけど……」


 美晴がチラリとザハーを見やると、緑色の小さな老人はコクリと頷いた。


「十年ほど前の【闇の世界ウロボロス・アルケー】にミハルさんのおじい様、トメキチさんが現れたのです」

「トラック事故は二十数年前にあったのに、十年前のここに現れた……?」


 首を捻るおっさんに、ザハーも唸る。


「おそらく、異世界へ渡る瞬間に、時間の流れにねじれが生じるのでしょうな。トメキチさんは一年程こちらに滞在された後、異世界渡りの魔術を習得され、元の世界へ帰還なされました」

「ザハーさんやガラさん達には、うちのじーさんがお世話になりました」


 頭を下げた美晴に、ザハーが恐縮したように両手を振る。


「いえいえ、お世話になったのは、むしろ私どもの方です」

「トメキッつぁん、いい人だったんだよなあ。人情家で、喧嘩も強くてよ。俺も何度かタイマン張ったけど、結局一度も勝てなかったなあ……」


 巨躯の獅子男であるガラが懐かしそうに目を細めたので、おっさんは眉を顰める。


「この人に勝つって、キミのおじいさんは一体……?」

「トラックに跳ねられて異世界に行った人がチートな能力を得るって、お約束でしょ?」

「なんだかねえ……」

「で、うちのじーさんがこっちの世界に持ち込んだこのハタキに、どうやら魔力が宿ってるたみたいなんですよ」


 おっさんはバッタもののブランド腕時計を見るような目で、美晴の手にある家紋入りのハタキを見やる。


「元の世界だと行方不明から数日後にじーさんは戻ってきて……事情聴取とかはされたそうですけど、事故のせいで記憶がないってことで対処して」

「誤魔化すしかないだろうからね」

「じーさんはその後は元気に寿命まで本屋をやってたんですけど、亡くなって四十九日が過ぎてから、週に一回、閉店後に店ごとこっちに移動するようになっちゃったんですよね。どうやら、じーさんという制御がなくなって、魔力が暴走してるらしくて」


 美晴に視線を向けられたザハーが頷く。


「トメキチさんは無尽蔵の魔力をそのハタキに貯蔵してらしたので、そのせいでしょう」

「だから、せっかくなんで、こっちでも営業しようかなって」

「……どうにものん気だね、キミは」


 そう言って、おっさんが呆れ気味の溜め息をついた時、美晴の腕が軽くトントンと叩かれた。


「あのー……これください。おいくらですか?」


 ダークエルフの少年ヒューマが、一冊の図鑑を手に問い掛けた。美晴は慌てて書店員の顔に戻る。


「えーと、こっちの通貨だと、そこに書いてある日本円の七割三分なの。待ってて、今電卓で……」

「じゃあ、千五百三十三レイですね」

「すごい。暗算ですぐ出るの?」


 目を丸くする美晴に、漫画コーナーにいる少年達が声を上げる。


「だから、言ったろ、ミハルさん。ヒューマ君、すげー頭いいんだって! 何しろ、編入してすぐの試験でいきなり学年一位取っちまたんだから!」

「へええ。すごいんだねえ」

「たまたまですよ! 運よく得意分野が出たから……」


 ヒューマは照れくさそうな顔で、財布から取り出したコインを美晴に渡した。そのコインをおっさんが物珍しそうに眺める。


「支払いはこっちの通貨なのかね?」

「そうっす。ある程度貯まったら、ザハーさんに金か宝石に変えてもらうことにしてるんです。後で円に換えようかなって」

「税務調査に引っ掛かるのでは?」

「そう、その辺が心配なんですよね」

「キミはキミで大変だねえ……」

「いや~」


 美晴は図鑑を「伊海渡書店」のロゴが印刷された紙袋に入ながら、ヒューマに問い掛ける。


「この図鑑、気に入った?」

「はい! こういう風に体系的に分類したり、テーマ別にまとめたり、とても見やすい書物ですね! 絵も緻密で綺麗だし!」


 ヒューマは目をキラキラと輝かせながら、興奮気味に言う。


「僕も将来、こんな図鑑を作れたらいいなあって思いました」

「素敵な夢だね。ヒューマ君の図鑑が出来たら、是非うちで売らせてね」

「えへへ。お願いします!」


 ヒューマがはにかんで笑った。


 その時、書店のドアが開いて来客ベルが鳴る。現れたのは人間の少年で、金色の長い巻き毛に紫の瞳、一目で上等とわかる服を着ていた。


「地味軍団なキミ達、こんなとこにいたんだ?」


 開口一番、彼はニヤついた顔でそう言った。途端に、それまで笑顔だった店内の少年達の顔が緊張気味のものに変わる。


「何? 本屋? ずいぶん変な本ばっか並んでるけど」


 バカにしたような言い方に、美晴は内心カチンときたが、営業スマイルを纏って金髪少年に近付く。


「すみませんねー。うち独自の仕入れをしてるもんで」


 だが、金髪少年はつんとそっぽを向き、ずかずかと店内に入っていく。


「なんなの、あの子?」


 美晴が近くのスケルトンの少年に小声で尋ねると、その子もひそひそ声で答える。


「僕らの同級生のルイ・ディリーチェ君。ディリーチェ家っていう、ずっと昔から代々この辺を仕切ってるギルドマスターの家のお坊ちゃまなんだ。体術も魔術の出来も学年一で、学問もヒューマ君が来るまでは一番だったっていうすごい優等生なんだけど……」

「なーるほど。性格がちょっとねって感じ?」

「うん……そうなんだよね……」


 その声音からは色々と苦労している様子が窺われた。

 金髪少年ルイは狭い通路を我が物顔で歩き、他の少年達を突き飛ばしながら店内を物色する。最後にヒューマに近付き、彼に密着するようにしてうろついた。


「ルイ君、何か……?」

「別に? ヒューマ君みたいな頭いい子もこんなくだらない場所に来るのかと思って」

「そんな言い方、お店の人に失礼だよ」

「そう?」


 すっ惚けるルイからヒューマは気まずそうに離れ、美晴に頭を下げながら仲間のいる漫画コーナーに向かおうとした。その瞬間ルイが大声を上げる。


「あー! 店員さん、ヒューマ君が今、本を万引きしました!」

「え……?」


 美晴もヒューマもびっくりして目を丸くする。


「ほら、これです!」


 ずかずかとヒューマに近付いたルイは、ヒューマのコートのポケットに手を突っ込むと、中から何かを取り出した。時代小説の単行本だった。


「う、嘘! 僕、そんなことしてない……!」


 ヒューマは困惑の表情で頭を横に振った。


「素直に白状しろよ、コソ泥め!」

「本当に、僕は万引きなんてしてません!」


 責めるルイと、否定するヒューマ。美晴は二人を見比べながら、厳かに宣言する。


「監視カメラの映像で確認しようか」


 美晴は狭いレジスペースに収納してあるノートパソコンを取り出した。アプリケーションを立ち上げると、リアルタイムの監視映像が画面に映し出される。


「うわ~、俺達がいる~!」


 画面を見た少年達が目を丸くした。ザハーも興味深げに覗き込む。


「ほう、面白いですな。あちらの世界の魔術ですかな?」

「まあ、そんなとこです。巻き戻してみますね」


 ルイが指摘した瞬間を再生したが、ヒューマに怪しげなところはなかった。


「ふむ……」


 唸った美晴はさらに巻き戻し、ルイが店内に入って来たところから再生する。すると、彼が店内をずかずかと歩いている時に棚から一冊の本を抜き取ってジャケットの内側に隠したのがわかった。さらに、ヒューマに近づいた瞬間にそれを彼のコートのポケットに滑り込ませる様子が映し出される。


「ルイ君、これは一体どういうことかな?」


 美晴の指摘にルイは一瞬怯んだものの、すぐに威勢よく反論する。


「な、なんだその幻術は! こんなの、嘘のまやかしだ!」

「え? まやかし? いや、だって、これ、撮ったばかりの映像だし、加工なんてできないよ」

「何を言ってるのか、意味がわからない。そうやって煙に巻いて僕を陥れるつもりなんだろ!」

「いや、そんな……。監視カメラの映像っていうのは、つまりね……えーと……」


 美晴は説明しかねて、言葉の歯切れが悪くなる。


「ほら、やっぱりな。まやかしの幻術だから反論できないんだ!」


「むむむ」と唸る美晴に背を向け、ルイはヒューマに人差し指を向ける。


「ヒューマ、表へ出ろ! 決闘で決着をつけよう! 当然、魔術あり何でもありだぞ。僕が勝ったら僕が正しいってことだ。学園中にお前がコソ泥だって広めてやる!」


 ヒューマは険しい顔だが、覚悟を決めたように頷いた。


「わかったよ。何でもありだね? その代わり僕が勝ったら、キミのついた嘘をちゃんと謝ってほしい」

「いいぜ。ま、僕が負けるわけないけどな」


 ルイに続いてヒューマが店の外へ出る。同級生の少年達は心配そうにその背中を見つめた。


「大丈夫かな、ヒューマ君……」

「心配?」


 問い掛けた美晴に、犬耳の少年が言いにくそうに口を開く。


「ヒューマ君、頭はいいけど……その……魔術実践とか体術とかの授業はからきしで……」

「そうなの? なら止めないと。犯人はルイ君の方で間違いないわけだし……」


 二人を追いかけようとした美晴の肩を、ガラが掴む。


「ミハル坊、待ちな。男同士の決闘ってのは止める方が無粋だろ」

「でも、ガラさん、魔術ありの決闘なんて危険なんじゃ?」

「大丈夫大丈夫。あれくらいのガキの魔術なんて喧嘩の延長でしかねえ。そうやって人付き合いを学んでくのも男には大切なのよ」

「うーむ」

「それに、あのガキの目を見てみな。まったく勝機がねえってわけじゃ、ねえんじゃねえのかい?」


 ガラに言われてダークエルフの少年の青灰色の瞳を見ると、確かに、闘志の炎と思考の煌きが輝いているように見えた。


「ま、ヤバそうな時は俺が学童保育の責任者としてちゃーんと止めっからよ」


 お茶目にウインクをするガラを見て、美晴も黙って少年達の対決を見守ることに決めた。

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