第2話『探索』-2

11月、会議の翌日。青森署の一室に、桃色の髪飾りを光らせた女性が姿を現した。

「装備開発・分析担当として着任する、科警研の櫻井一紗です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします、櫻井さん」

部屋の中には川島と津島巡査長、そして、先ほどまで二人と談笑していた棟方という若手の巡査部長がいる。棟方と挨拶を交わした櫻井主任は二人に向き直る。

「あなた方が、異生物を見たという二人ですね」

「ええ。津島です。こっちは部下の川島巡査」

「よろしくお願いします」

「…班員は揃ったようだね」棟方が口を開いた。

「このチームを任された棟方だ。今日からここにいる私たち4人が、八甲田事件関連対策本部の異生物部門、その本格的な調査を担当することになった」

新たな班長は三人に視線を向ける。「よろしく頼む」

敬礼。新体制が始まる。


情報をまとめながら、川島が不安を口にする。

「山火事を起こして死者まで出した異生物、その直接的な対策に当たるのが4人チームというのはいささか心もとない気もします」

棟方が答えた。

「調査の進行に応じて、必要な人員は適宜補充されていく予定だ。今は私たちが体制の土台を築くしかない」

「ですが聞きましたよ。民間人捜索班の方が規模を大きくしてるとかいう話」と津島巡査長。

「二トントラックを叩き壊すバケモノを、一撃で仕留めた…とかいう奴のことか」

「…まさかと思いますが、上の方は怪獣に恐れをなしたわけじゃないでしょうね。民間人一人の捜索と怪獣退治、同じどころか民間人側がやや規模の大きな体制だなんて」

 櫻井の言葉に川島が反論する。

「いえ…そういうことではないと思います。異生物のほうは物証がないんです、今のところ。現状陸自の捜索隊が入っているから、僕らが山中に行くこともできない。人員を割こうにも限界があって――」そこまで口にして、川島は気付く。「というか、異生物がいるって信じてくれてるんですか。僕らの目撃したものしかまともな情報がないのに」

「随分なことを聞くのね。――嘘だと思ってる事案のために、わざわざ東京から冬の青森に進んで飛んでくる物好きなんていないわよ」

「――ありがとうございます」

「それに」櫻井はノートPCを開く。「証拠を拾ってきたからね。見せようと思ってここに来た」

「へ?」

現れたウィンドウの中には、青森県全域の地図が表示されていた。「直接的な手がかりがないなら、諸々の機材設備を活用してデータを集めればいいだけです。これを見て」

櫻井がキーボードを叩くと、電子音とともに赤色をした同心円状のエフェクトがまばらに広がった。地図上の各所に表示された円形の効果線は、生物の瞳孔のようにその径をせわしなく変えている。川島は視覚情報の密度がむやみに引き上げられたようなマップ画面に困惑する。

「何ですか?これは」

「県内に設置された、|EMCSの観測結果、その可視化チャートよ」

「えむ…何だって?耳慣れない言葉だ」と津島。

EMCSエムシス。EMコーション・センサ。簡単に言うなら、電磁波のモニタリングを行うセンサポッドのような代物です。以前に各種電磁波障害等の調査・対策用として各所に設置されたもので、現在も全国規模でリアルタイムな観測を継続・結果を公表中。そのログデータを引っ張り出して私独自のエンジンで動画化させてみたのだけど――ここです。10月28日夜から、この一帯」

櫻井の指した地点で、円状パターンがその動線の数を増やしたとともに、収縮の速度を速めた。

「やはり、八甲田山…」

「このラインパターンは、その本数とアニメーション速度でそれぞれ磁場強度と発信源の微小な位置変化を可視化させたものです。つまりこの日以降の当該ポイントでは、強い磁場が長時間にわたって発生していたってことになります」

「強い磁場――そうか」川島は事件当夜のことを思い出す。「あの日、携帯通信機器が軒並み使えなかった。でも、このデータの通りなら」

「磁気嵐が起きてた、か。あの晩はまさかと思ったが…お前の言ったその通りだったとは」

「それと、この可視化パターンから読み取れることがもう一つ。磁場の発信源はその位置を微小に変化させた…正確には、EMCSで検出された磁場の大きさが短いスパンで変化し続けていた。一般的な設置型の大型機器類ならば、その地場強度は高いままで長時間一定に保たれるはずでしょう。でも、この大岳の発信源は微細な変化を起こし続けていた」

「ということは…この強磁場発信源は移動し続けている、ということになるのかな」と棟方。櫻井は頷く。

「あの山中で動き回る、磁場の発信源か。櫻井くん、君の見解は」

「言うまでもありません」櫻井女史は立ち上がって言う。

「異生物です」

「そんな…いや、ちょっといいかな。そんな生物が存在しうるのかい。電子機器に異常を起こすレベルの磁場強度だ。普通の生物が出すと思うかね」

「…そこなんですよね、やっぱり」櫻井は腕を組む。

「現場で津島さんと川島くんが見た通りなら、その生物は高い機動力を有していてもおかしくない。だから、仮にこの生物が磁場発信源だと考えるならば、説明がつくかなと思ったんですが。…やっぱり、もう少し情報が欲しいところです」

「面目ない。気が動転していて見えるもんも見えてなかった」

「いえ、状況が状況だから仕方な――いや、そうか」櫻井は津島に迫る。「目撃証言です。今一度思い出してください。あの日見た異生物、その外見的な特徴です」

「外見的特徴か。それなら俺より川島に訊いてくれ。最も間近で異生物を見ていたのはこいつだ」

「わかりました。――教えてくれるわね、川島くん」

「あ…はい。ええと…黒い花、です。その根元に細い足がびっしり生えてて…」

「それは何度も報告書で見たわ。もう少し、覚えてないかしら。例えば…そう、変化よ。体が伸びたとか、羽を広げたとか、そういう動的な特徴が思い出せればかなりの情報になるの」

「動的な、特徴…」


 川島は記憶をたどる。黒い花、その触手が僕を打ち付ける前。

 やつは何をしていただろうか?

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