第1話『出現』-6

 「お前にはあれが――何に見える」

 班長が僕に問いかけた。

 「何って…見ての通りだ。見てわからないのか、班長」

 

 後ろで、爆発音がした。

 目の前で立ちはだかっていたシルエットが、炎のもとに照らされる。

 爆風ではためく暗い赤に染め上げられたスカートからは、黒布に包まれた細くしなやかな脚が二本伸びていた。

 鮮やかな紅のケープの下に見えた長袖の先には、黒い手袋で固めた拳がしっかりと握られている。

 やや伸びた前髪の下からは、長く伸びた左右の横髪が飾り布で細く束ねられて垂れていた。

 その場に不釣り合いな穏やかな表情を浮かべた口元の上、両目は花が落ちていった方角に向けて静かな視線を送っていて、すぐそこで煌々と燃える炎にはまるで気付いてすらいないかのようだった。



 「あれは――人間だろう…!」



 飛んできた救急車両のドアがすぐ近くの地面へと落ちて、潰れる。

 おもむろに少女が視線を逸らす。一瞬、視線が合う。目元は微かに笑っているようにも見えたけれど、黒い瞳からは心情の一切が感じられなかった。ブーツが地面を軽く蹴り、跳び上がる。ふわりと浮いた体が僕の頭上を飛び越えた。やがて舗装道に着地した少女は山頂方面を見据えたかと思うと、勢いよく駆けだした。班長が警告を口にするよりも先に、両足は路面を勢いよく踏み切っていた。

山道を覆うアスファルトが砕ける。跳躍した少女は瞬く間に高度を上げ、大岳方面へと一直線に上昇していく。ほんの数秒が経つ間に、風になびく赤色は夜空の中に溶け込んでいく。

 「待て!」班長が引き金を引いた。冷たい金属音。すでに弾倉は空だった。

 「酸ヶ湯の方向だ、…班長」僕はひりひりと痛む喉から声を絞り出す。

 「捜索隊の方角に飛んだ!」

 「向かうぞ、急げ!」

 僕はよろめきながら立ち上がる。班長が乗り込んだ車のエンジン音が響く。満身創痍の僕を乗せたスカイラインは酸ヶ湯方面へと急発進した。加速が傷にひどく響いたのを覚えている。

 

 

 

 あの夜に起こった出来事は、それ自体は確かに小さなものだったかもしれない。登山客の殺傷事件。夜間の山中での車両事故と火災。そして、未知との遭遇。

 でも、そこには大きな意味があった。

 あの夜には、人類の初めて経験する異生物との戦争、その口火が切られていた。

 そしてあの夜、僕たち青森県警が奴らとの戦いにおける最前線に立つ組織となることもまた、運命づけられてしまっていた。

 

 自分がどんな運命を辿っていくのか、そこにどんな意味があるかなんて、誰にも分かるはずはない。ただ、想像するしかない。

 僕の場合は、この2か月の間で自分がどうなるのかなんて、ずっと考える余裕すらなかった。

 

 けれども、もしかしたら。

 あのはじまりの夜。彼女と目を合わせた時に、心のどこかで理解していたのかもしれない。

 僕にとっての、この戦いが持つ意味を。

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