第2話 境界線
部屋の扉を開けると、視界一杯に広がる陽光に目が眩んだ。
自室は廊下に繋がっている。廊下は中庭に面していて、中庭側には窓が連なっていた。それらが外の明かりを取り込んでいるのだ。窓の周囲や、反対側の壁は白を基調とした色合い。至る所が綺麗に磨き上げられていて陽光を反射している。おかげで廊下は俺の部屋とは正反対に、押し付けがましいほどに開放感に満ち満ちていた。
窓から外を一瞥すれば広大な中庭が見える。緑の茂みに色とりどりの花が飾ってあって……まぁ、どうでもいい。花の種類も教えられたがとっくの昔に忘れた。俺には色が沢山ある、程度の感想しか出てこない。今日も庭師が朝から働いていて、この風景も昨日と今日では違うらしいが俺には違いが分からなかった。昔から興味がない。
廊下の赤絨毯の上をゆっくりと歩いていく。足取りが重い。これもいつものことだった。外にいるときはほぼ常に気分が悪いがそのせいなのか、それとも元来の気質なのかもう区別がつかなかった。
しばらく歩くと使用人と出くわした。比較的最近入った、若い女の使用人だった。彼女は俺の姿を見ると深々と頭を下げてきた。
「雄二様、おはようございます」
こちらも会釈をして返す。こういうやり取りは苦手で、相手からすれば顔を軽く傾けた程度にしか見えないかもしれないが。
挨拶でさえ億劫だ。だから使用人と遭遇するのも嫌だった。彼女は少しの間、俺の顔色を伺うとそそくさと仕事に戻っていった。
廊下を進み、階段を降りて、また廊下を進むと食堂に到着した。何とか二人目の使用人と遭遇せずに済んだ。
食堂は二十畳ぐらいの広さで、中央に長テーブルが置いてある。十数人で食事をしてもなんら不自由ない構成だ。キッチンにも直結していて、必要なときには使用人が配膳をしたり、あるいは待機したりする。
すでにテーブルの上にはひとり分の食事が置いてあって、俺は席について食べ始めた。別に暮らしてるのが俺だけってわけじゃない。他の住民はもう出かけてしまっているだけだ。
家族は両親と妹が一人。両親は家にいることが少なく、妹は部活に入っているらしくて朝が早い。結果として、ここ最近は食事をひとりで取ることが多かった。少し前までは妹と二人だったのだが。
食事の気分はいつも複雑だった。この家に生まれて良かったと思える点があるとするなら、寝台の質が良いことと、食事が美味しいことぐらいだ。だから食事そのものは好きだったのだが、環境は良くなかった。妹と食べるのは少し辛いし、ひとりで食べるというのも、このいやに広い空間が孤独感を煽ってきて鬱陶しい。ひとりでいるのは好きだが、ひとりだということを意識させられるのは嫌いだった。
そういうわけで、俺は手早く食事を終えた。もしもなにも気にすることなく食べられるのなら、きっともっと美味しいのだろう。
席を立ったところで使用人が皿を下げるためにキッチンの方から出てきた。会話も面倒なので、俺はさっさと食堂を出ることにした。
足早に玄関へと行って靴を履き替え、扉に手をかける。後ろから気配がして、もっと急がなかったことを後悔した。
「いってらっしゃいませ、雄二様」
見送りにきたのはまた使用人だったが、初老の男だった。所謂執事というやつでこの家でもっとも長く勤めている。俺が子供の頃から居たはずだ。
正直言って、あまり好きではなかった。
「くれぐれも、外での振る舞いには気を遣われますように。雄二様の行いがこの家の名に影響を与えますことをお忘れなく」
このように毎朝毎朝律儀に俺に注意を促してくる。昔からこうだった。もっとも、彼としては職務を全うしているだけなので怒りは起こらない。確かに俺は注意されなければならないような人間だった。
「……いってきます」
小声で答えて今度こそ俺は外に出た。扉は重かった。まるで牢獄の入り口のように。
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