異世界に行ってもモブのままの俺が主人公に一矢報いる話

じぇみにの片割れ

彼の世界

第1話 目覚めの朝

 電子音で目が覚める。寝台の傍に置いてある時計の音だった。

 重たい瞼を中途半端に開けつつ、記憶を頼りに腕を伸ばして適当なところを手で叩く。空振り、空振り、三度目でやっと時計に当たって、うるさい音が消えた。


 そのまま起きずに俺は寝台に身体を沈めた。二度寝をする気はなかったがすぐに起きる気もなかった。

 自分が使っている寝台は一応高級品らしく、沈み具合が心地良い。といっても子供の頃から使っているので特別感はないのだが。

 眠気に抵抗もせず、夢と現を行ったり来たりしているうちに少しずつ目が冴えてきた。瞼を開ける気にもなり、次第に目が慣れてきて自室がはっきりと見えるようになっていく。


 部屋は薄暗かった。なんということはない、部屋の窓についているカーテンを、全て閉め切っているせいだ。俺は朝日が苦手だったが、それ以上にこの部屋が外と繋がっているのが嫌だった。


 自室は広い。畳数で言えば軽く二十畳ぐらいある。もっとも洋室なので畳数で言うのが正しいかは分からないが。部屋の床一面には濃い赤の絨毯。廊下にも似たようなものがあるが、こちらの方が高いらしく歩き心地はそれなりに良い。カーテンに遮られている窓も壁一面に広がるほどの大きさだった。本来の役割を果たさせてやれば、十分な陽光をこの部屋に注ぎ入れてくれるのだろう。


 部屋のそこかしこには品の良さげな調度品もあったが、俺が使っているのは精々本棚と勉強用の机、椅子ぐらいだった。本棚の中身は哲学のやたらと難しい本や経済、経営について書かれたなにか、洋書やらなにやらがあって、もう長いこと手をつけていないものばかりだった。どれもこれも、親に読めと強要させられたものだ。


 自分がよく読むものはそれらの本の後ろに隠してあった。大衆向けの娯楽本に、漫画、小説とは名ばかりの読んでも役に立たなさそうな内容のもの。親に見つかってしまえば低俗だなんだと言われて捨てられるので、一応隠してあるわけだ。その低俗さが俺にとっては非常に良い。それらを読んでいる間は俺は見たくないものを見ずに済んだし、自分ではない誰かになる気分が味わえた。


 勉強机の方にはもちろん、教科書類が並んでいる。それから学校へ行くための鞄も──そう、どうでもいいことなんだが、俺は学生なんだった。だから、今から学校へ行かなくてはならない。


 気怠かったが時計を見る。針は程良い時刻を指していた。

 寝台から降りて室内靴を履き、着替えを始める。学校に指定された制服に袖を通す。身嗜みにはかなり無頓着なので制服があるのは楽でいい。いちいち格好を考えずに済む。


 洗面台へ行って歯を磨き顔を洗い、最後に髪を整えるために姿見の前に立つ。そこに映っていたのは陰気な男だ。気怠げな目、何を考えているか分からないと言われる顔、洒落っ気が欠片もない黒髪。背丈は平均的で、部屋の中に居てばかりなせいで筋肉は殆どない。どこを見ても良いところが全くなくて大勢の中に入ってしまえば埋もれてしまうような奴。居ても居なくても誰も気にしないような人間が俺だった。今まで毎日見てきて、これからも毎日見ることになると思うと嫌気が差してくる。そんなことを思っていても仕方ないので、感情を隅に押しやって忘れることにした。


 手で適当に髪を整えた後、服装のどこかがおかしくないか確認。こういう細かい部分についても両親はうるさかった。そのことに疑問や苛立ちや、煩わしさはなかったが。幼いころからそう言われていたし、そういうものなのだと諦めていた。

 結局、問題は見当たらなかった。強いて言うなら鏡に映っているのが俺だということぐらいだ。


 準備を終えてから扉の前に立つ。憂鬱な気分が心に広がった。安心していられるのはここまでだ。外に出れば否が応にも現実が襲いかかってくる。その全てに俺は晒されることとなる。気持ちを落ち着かせるために深呼吸をした。これもいつものことだと諦める気持ちが戻ってきてくれて、俺は扉に手をかけた。

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