第4話 声に出したい日本語、ゴミに出したい日本語

家を出ようとドアを開けた。アパートの二階に私室があるため、階段を降りないと外出できない。すると階段に向かう途中に夏の風物詩が落ちていた。セミだ。幼少期はセミ爆弾と呼んでいたのだが、一般呼称は知る由もない。こいつは厄介だ。他の虫なら問題ない。ところがセミなら大問題。セミ爆弾は生死が見えない。彼奴等はまるで静止画だ。動かざること山の如し。だからといってデッド・オア・アライブ。いやいやそんなわけにはいかない。はっきりさせねばならないだろう。近づいた瞬間に断末魔を残して逃走を謀られるのは心臓に悪い。こちらが生死を彷徨いかける。やらねばやられる。…やっぱ無理。どうしてだろう、僕の方がはるかに大きな体躯だしこの爆弾に殺傷能力はない。脳が分かっても心が引ける。そんな僕でもピアノは弾ける。今度セミ爆弾でも弾いてみようかしら。少しはましになるかもしれない。足がすくんで踏み出せないから一旦部屋に戻る羽目に。


虫を前にするとどうしても他愛のないことを考えてしまう。現実逃避が始まるのだ。かといってひねもす部屋で過ごすわけにはいかない。小人閑居して不善を為す。四書の筆者は遠い未来の僕を見据えて書いたのだろうか。やはり偉人はエライなあ。爆弾処理に必要なものはなんだ。玄関にあった長箒を掴んでいざ地雷原へ。こう見えてもマインスイーパは得意だ。高校の時にずっとパソコンとにらめっこしながら訓練したからだ。久々とはいえ解除できない爆弾はないと自負している。しかし見れば見るほど動いていない。やはり死んでいるのだろうか。箒のリーチを活かして遠くから仕掛ける。心の準備も万端だ。仮に生きていても大丈夫。箒の先が爆弾に触れるや否や、大音量の爆発音が鼓膜をつんざいた。やろう!さてこそ生きてやがったのか!片や飛び上がりながら空へ逃げていく。片や飛び上がりながら部屋へ逃げていく。動悸と箒を元に戻しながら考える。やつも怖かったのではないだろうか。やつからしてみれば肌を焼いてやろうかくらいの気分だったのかもしれない。セミ専用の日焼けサロンでも作ってやるか。妙なかたちで終幕を迎えたセミ爆弾事件。もう彼らを怖がらせるのは金輪際やめよう。そして彼らで悩むのはもうやめよう。これが本当のセミファイナル。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る