第2話 午後五時三十分 今日は定時なので必ず帰宅できるはず
今日は久々に異世界への出張だった。
この間、終電にギリギリ間に合ったあの夜から二週間くらい、僕はずっと日本での勤務だったが、件のルビーさんからまた依頼があったという事で、また
要件は、この間納入した
それは気楽な仕事のはずであった。システムは、納入された後に、受け入れ先の大手
ところが、説明会は結構紛糾した。実際の使用者の要望が拾いきれていなかった
しかし、結局システムそのものを直すまでは必要なく、マニュアルの強化などで対処を行うことになるとなり、それは僕の仕事ではなく、の運輸先の
と言うわけで、結果的に何事もないまま、ほっとして、説明会のあったビルから帰る俺とルビーさんであった。
時間は午後五時三十分。定刻通り。
出張先だから今日はこのまま直接帰っていいよね?
帰宅絶対間に合うどころか途中で寄り道して飲んで行ったって良いよね?
と言っても一緒に飲みに行くような同僚は今日も残業のはずだし、それくらいで友達呼び出すのも大げさだな?
ならば、このまま東京に帰ったら立ち飲み屋にでもちょっと寄るくらいにするか?
僕はそんな風に思っていたのだけれど……
「あの、もしこの後、ちょっと時間があれば……」
「……?」
「ちょっとどこか寄っていきませんか?」
まるで俺の心を読んだかのように、俺は
*
俺の今いる異世界。そう言う話でありがちな中世風世界といっても、地理的な事を言うと、ここは極東の島国——日本にあたる場所だ。
そそして、東洋の中に独自の文化をもった国であった日本が文明開化——近代科学のイノベーションを受けて変わったものとよく似た、近代魔法のイノベーションを受けて変わった国であって……
つまり、何が言いたいかと言うと、
「このもつ焼き美味しいですね」
「そうでしょ。この値段でこんな美味しいもの食べれるのはこの王都でもそうはないと私が保証します……とホッピー中身なくなってしまいました」
「あ、ホッピーの方は残っていますね。勿体無いですね。中身注文しちゃいますか」
「こうやって……相互に注文して永遠に終わらないんですよね」
「——ははルビーさんも飲み助ですね」
「そういう……」
なんというかまるで日本の大衆居酒屋の様子であった。
本日のストレスフルな説明会がなんとか無事に終了したお祝いに二人で軽く飲み会のつもりが、結構いける口だったルビーさんと気づけばどんどんと杯を重ね、あっという間にグデングデンであった。
なので、
「……タコワサお願いします」
「えっ、こっちにそんなものまであるんですか?」
「こっち……?」
うわっ、うっかり禁則事項に触れてしまった。
「それは、僕の田舎が……タコが有名で……タコがタコで……そう東京もタコがあるんだなって……」
「東京?」
「東京じゃなくて……時に……ときどきタコ食べたいくなるので……タコワサ」
どんどんしどろもどろになってしまう僕であった。
僕が異世界からの出張SEであると言うのは秘密にしないといけないことであり、これがバレた場合は相当の始末書とその後のめんどくさい対応を覚悟しないといけないのだが、
「ふふ、大丈夫ですよ。私知ってますから……」
焦って一気に酔いも覚めてしまいそうな様子だった俺に向かって、優しく微笑みかけてくるルビーさん。
「日本から来ているんですよね……」
「へ?」
「私もですから」
「え……ルビーさんも……」
異世界出張SEなのだろうか?
「といっても、私は
じゃあ、どうやって……? まだ僕が知らない
それは、
「……私転生者なんです……つまり生まれ変わったんですよ……この世界に」
ルビーさんは語り始めたのだった。
ある日、ふと全て思い出したこと。
日本の埼玉県の普通の家庭に生まれて、すくすくと育った普通の幼年時代と、それなりに楽しい青春時代を過ごし、そこそこの大学を出が、押しの弱い性格とプレゼン下手のせいか、やっと就職できたのがいわゆるブラック企業。そこでいつのまにかシステム開発のプロジェクトマネージャーの仕事をさせられるようになったルビーさん。
「ある日、疲れ切って深夜の帰宅の途中……朦朧としてしまってそのあとの記憶がないんです……」
多分そのあとに倒れてしんでしまったのか……赤信号に気づかずに飛び出してしまってトラックにでも引かれたのか……ともかく彼女の日本での記憶はそこでぷっつりときれるそうである。
「そのあとは
こっちの世界は日本と違って今ぐんぐん経済成長中とのことなので、就職難なわけではないようだが、気づけば前世と同じような仕事に付いていて、同じように苦労している我が身の業に呆れる彼女であったが、
「でも今の
まあ今回の人生はなんとか許容範囲になっているかなと思っているようだった。
「で、私がそんな自分の転生に気づいたのは……」
「はい、タコワサとホッピー中身です!」
「うわっ……ホッピーの中身、二つたのんだっけ?」
「あれ……? 間違いましたか?」
「いや……いいよ。どうせなら二つ飲んじゃうか……」
「じゃあ、ホッピーももう一つ頼んだ方が良いかもしれませんね」
「はい! 承知しました! 毎度あり!」
異世界でも変わらないやたらと元気な居酒屋店員の介入で、話が途中になった僕らだったが、まずはせっかく来たの食べてしまうかと、話す前に食べて飲む。
するとなんだか細かい話はどうでもよくなって、出てくる言葉はしどろもどろ。そのままチューハイだハイボールだと酒が進み、ほんと今異世界にいることを完全に忘れて、単に妙齢の可愛い女の人と飲み屋で気のおけない会話をしていると言う状況を楽しんでいるうちに時間もわすれ……
「あっ終電!」
「あら……もうそんな時間……?」
気づけば今日も終電ギリギリ。正直ルビーさんとかなりいい感じなっていて、これはなんか、もしかして彼女はもっと話したいのでは。もしかしてさらに親密に……
とか思いつつも。
絶対帰宅マンの俺は、少し後ろ髪が引かれる思いがありながら、今日も結局慌てて東京へと
でもまさか、異世界出張、それがすぐ明日のことになるとはこの時は思いもしないまま、僕はたまたま座れた山手線で寝てしまって乗り継ぎ駅を過ぎてしまわないように必死に目をこすりながら、ルビーさんが転生者であるので僕がパソコンを見られたことが不問になったのだとすれば、あの世界にはそう言う人がいることを自分の会社は認識している。ならば、それは、たまたまルビーさんがそうであると会社が知ると言う偶然は考えにくい。
もしかして、あの異世界にはもっと転生者がいて、その人たちが同じように仮想魔導技術の発展に寄与しているのだとしたら? 僕はそんなことを寝むりかけのぼんやりした頭でずっと考えてしまっていて……
うっかり目黒駅の乗り換えを忘れるが恵比寿から地下鉄で東横線に接続して、なんとか今日も絶対帰宅の異世界出張SEなのであった。
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